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新生活

弟はルナを返して私を引き留めようとしたが、ルナは意地でも弟に引っ付いて離れなかった。


「フレディと結婚できないなら、舌を噛んで死にますから! ルナは本気です。本気でフレディを愛しています。出会った時間の短さなど関係ありません!」


とても見ていられなくて、シャルル様に言った。


「なります、シャルル様。代わりにペットになりますから、連れ帰っていただけますか」


勢いに任せた部分はある。

馬車に揺られながら、どんどん不安になってきた。

隣に座るシャルル様は険しい表情のまま、無言でじっと前を見ている。考え事をしているようだ。

シャルル様も段々と冷静になってきて、思い直してくれるのかも?


横顔を盗み見ていると、ぱっとこちらを向いた。ルナを助けた褒美だといって弟にくれたブローチの宝石と同色の瞳だ。深い青。


「ん、どうした?ーー不安か? 新しい家だもんな」


シャルル様は私の顔を覗き込み、手のひらをぽんと私の頭に置いた。


「大丈夫だ、俺がついてる。何も心配はいらぬ。安心しろ」


馬車に乗る前までと打って変わって、とても優しい顔をしてシャルル様は口角を上げた。

まるで家族に語りかけるような、気負いのない自然な優しさ。

面食らったが、はっとした。これはペットへの接し方だ。

すっかり私を『ペット』と見なしたシャルル様は、ご主人様モードにチェンジしたのだ。


はいと頷いて、恥ずかしくなるのをこらえた。私はペット、ペットなのだと言い聞かせる。ペットは照れない。


休憩を取りながら馬車は進み、3時間ほどで大きなお城が見えてきた。領主様と奥様、シャルル様と3人のお兄様方が住むお城だ。

シャルル様のエスコートで馬車から下りて、後ろをついて歩いていると、シャルル様がぴたりと足を止めた。

前方から歩いて来る人物がいた。


「やあシャルル、いま帰って来たのか。ん? 誰だ、その貧乏臭い女は」


シャルル様の肩越しに、ジロジロとこちらを眺めてくる男性は、金髪蒼眼でシャルル様に似ている。シャルル様のお兄様のうちの1人だろう。


「新しいペットだ。ルナの代わりの」


シャルル様は素っ気なく答えた。


「ペット? 人間の女をか。お前も悪趣味になったもんだな。慰み者なら、もっと美しい女を選べばいいのに」


「侮辱するな。俺が選んだペットだ、アンドリューには関係ない」


ばっと私の腕を取って、シャルル様はずんずんと歩いた。

そして広いお城の中を歩いて歩いて、たどり着いた先で女中に引き渡された。


「よく身体を洗って、綺麗な部屋着に着替えさせろ。華美でなくていいが、ふんわりと肌触りの良い物を。俺が抱いて、心地いいように。良い香りにしてくれ」


女中は何も聞かず、はい畏まりましたと恭しくお辞儀をして、シャルル様の仰せのとおりに私を仕上げた。


『俺が抱いて、心地いいように』


シャルル様の言葉に私はひどく動揺していた。

『抱く』とはつまり、そういうことなのだろうか。さっきのお兄様も気になるワードを口にしていた。慰み者。やはりつまり、そういう行為をするペット?

シャルル様の溺愛するルナを奪った弟を憎んで、姉を凌辱してやろうと、そういうこと?


『貧乏臭い女』から、すっかり『抱き心地のいいペット』へと変貌を遂げた私は、女中に案内されてまた別の部屋へと移動した。


そこは広い広い、ほとんど何もない部屋で、真ん中にベッドマットレスを敷き詰めたスペースがあった。

ふかふかのマットレスと、大きなクッションが数個置いてある。

そのクッションにもたれたシャルル様が、私を手招きした。シャルル様もお着替えを済まされていて、ラフな服装だ。


「おいで、ローサ。長旅で疲れたろう。一緒に休もう」


女中は引っ込み、シャルル様と2人きりになった。

おずおずと歩み寄り、靴を脱ぎ、シャルル様が寛いでいるマットレスに膝から乗った。

おいでと広げられた両手の中に、恐る恐る体を滑り込ませた。

優しく抱き止められて、一緒にごろんと寝転んだ。横向きに転がり、背中から抱き締められている形だ。


「大丈夫、怖くない。リラックスだ」


耳元に当たるシャルル様の息がくすぐったくてビクッとした。

こんな状態でリラックスできるわけがない。


緊張して強ばっている私の頭を、シャルル様が柔らかい手つきで撫で始めた。


「ローサはいい子だな、優しくていい子だ。すべすべの髪で気持ちいいし、ずっと撫でてたい」


甘い声色で優しい手つきで、ひたすら私を撫でるシャルル様に、私の緊張はマックスだ。こんなん無理ですから。緊張しないの無理!


「ほら、力抜け。ローサはペットなんだから、ご主人様に全幅の信頼を置いて、身を委ねればいいんだよ。難しいことは考えないで、目を閉じてゆったりしろ」


シャルル様はそう言って、今度は私の肩に手を置き、まるで小さな子を寝かしつけるようにトントンし始めた。

そして囁くように歌い始めた。

知らない歌だが、どこか懐かしいようなメロディーで、シャルル様の少しハスキーな声によく合っている。

思わず聴き入った。歌に意識を集中することで、現状の恥ずかしさを忘れたい気持ちもあった。


で、気づいたら眠りに落ちていた。

目覚めて、そのことに気づいて驚いた。

あんなに緊張して眠れるわけないと思ったのに、あっさり寝てしまうなんて。

いやらしいことをされてしまうのかと警戒して怯えていたのに、すんごい無防備。


目覚めてすぐ自分の図太さに呆れていると、シャルル様がやって来た。

一緒に寝ていたはずのシャルル様は起きていて、室内をうろうろしていたのだ。


「起きたか。ローサ、そろそろ晩飯の時間だ。もうじき女中がここへ食事を運んでくるから、食べてくれ。俺もローサと一緒に食べたいが、晩飯は家族と同じ食卓につくのが義務なんだ。その部屋にペットは連れて行けない。悪いな。また後で来るから、いい子に待ってな」


マットレスにペタンコ座りしている私の元へやって来たシャルル様は、身を屈めて私の頬に手を添えると、チュッと唇にキスをした。


「ひゃっ!」


思わず飛び上がって、後ろへ尻餅をついた。幸いマットレスのお陰でばふんとなって、痛くはない。が、心臓がばっくんばっくんだ。


「何をそんなにビックリしてる」


シャルル様は目を丸くして、本当に不思議そうに言ってのけた。

もしかしてシャルル様の目には、私が本物の犬に見えているんじゃないだろうか。


「じゃあ行ってくる」


呆気に取られたまま見送った。



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