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弟の善行

山へ魔物狩りに行っていた弟が、大きな犬を連れて帰った。

銀と黒の美しい毛並みをした犬は、多分魔物にやられたんだろう、生々しい傷を太ももに負っていた。動けなくなって、うずくまっているところを弟に拾われたのだ。


「飼い犬ね」


犬の首にはピンク色のエナメル革の首輪がついている。ルナと刻まれている。この犬の名前だろう。


「ルナちゃん。女の子ね」

「うん。飼い主が無事なら、きっと迎えに来る。良い犬だもの」


弟はそう言って、毛布の上に寝かせているルナの頭を優しい手つきで撫でた。

怪我は弟が完璧に処置済みだ。魔物狩りの際、自身が怪我をすることもあるため、弟は薬や包帯を持ち歩いている。応急処置のスキルもある。

しかし怪我をした大きな犬を抱えて、魔物がウヨウヨする山を下りてくるのは、なかなか大変で骨を折っただろう。

見て見ぬふりをせず、助けて連れ帰った弟のことを誇らしく思った。


本当に逞しくて良い子に育ってくれた。早くに亡くなった両親代わりに、弟の世話をしてきた私は、しみじみと弟の背中を眺めた。


そのとき家のチャイムが鳴った。

はーいと返事をして、玄関に向かう。

山のふもとにあるこの家は人里離れていて、来客は珍しい。


「え……あの……?」


誰でしょう?

ドアを開けると、知らない男の人が立っていた。

騎士だろうか。弟のような『魔物ハンター』とはまた雰囲気が違う、美しい装飾が施された防具に刺繍入りの青いマント。綺麗だが、あちこち汚れている。

大きな剣を杖のように地面について、肩で息をしている。荒い息づかいで、その騎士が言った。


「ルナは無事か」

「えっ、あっはい、ルナちゃん。無事です。寝てます」


言い終わるか終わらないかの内に、ぐいと私を押しのけて、ルナの飼い主さんと思わしき騎士は、家の中にズカズカと入ってきた。

えっ、ちょっと! 何この人!?


「ルナっ……! ああ良かった、生きてる!」


ルナを見るなり騎士は剣を放り出して、駆け寄り、両膝を着いてルナの寝顔に顔を寄せた。

弟は突然押し入ってきた男に対し、咄嗟に剣を掴んだが、すぐに事情を察知したようで手を離した。


「ルナの飼い主さんですか?」


弟の言葉に振り返った騎士は、すくっと立ち上がり、名乗った。


「コーシアガル領主、ラウンズベリー伯の四男、シャルル・ラウンズベリーだ。ルナを助けてくれて礼を言う。褒美を授ける」


そういってマント留めのブローチを外して、弟に渡した。ブローチには深い青色をした大きな宝石がついている。


領主様のご令息!

どうりで偉そうだと思ったら、偉いのだ。

弟と2人、慌ててその場に膝を着いた。


「今は馬で来ている。馬車で出直して、ルナを連れ帰る」


ひれ伏していた弟が顔を上げた。


「あの、シャルル様。ルナちゃん今ぐっすり眠ってますし、移動が重なると傷に響きます。領主様のお城まで長い距離ですし。せめて明日まで、宜しければ二三日、うちで預からせていただけないでしょうか。責任を持ってお預りいたしますので」


善意の塊のような弟の言葉を、横で聞いていてひやりとした。

領主様のご令息に意見するなんて大胆だ。

この『シャルル様』はどう見ても私たちを見下しているし、性格も悪そうだ。平民に意見されて、素直に従うとは思えない。

そもそも貴族が大事にしている犬を何日も預かるなんて、プレッシャーが半端ない。


だから断ってくれたほうが良かったのに、シャルル様は少し考えた後、「分かった、そうしよう」と答えた。


「その方がルナのためになるなら、我慢しよう。明後日の昼イチで迎えに来る。ルナをよろしく頼む。精一杯の愛情で接してくれ」


このシャルル様のご判断がとんでもない事態を巻き起こすとは、このときは誰も知る由がなかった。


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