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血液

 俺は一度人間をおそっている。幼馴染のナオを襲い、吸血鬼みたいにアイツの血をすすっているんだ。

 今思い出しても吐き気がする光景。

 そんなことを考えていた時、唐突に俺の両脇から二本の腕が飛び出し羽交はがい締めにされた。


「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

「――……へっ?」


 工藤さんが体をガッチリと押さえつけている。今の今まで眼の前を歩いていたはずなのに何故か俺の背中に回って押さえつけているんだ。

 異常はそれだけじゃない、何でか体が異様に熱い。風邪をひいたように頭がぼんやりして、風呂上がりみたいに酷くのどかわいている。


「まだ先だっていうのに、とんでもない嗅覚きゅうかくだね」

「な……にが……?」

「何があるのかは君が一番分かっているだろう?」


 確かに分かる。この廊下の最奥の部屋の中に何かがあると分かる。それが何かは分からくとも、俺はそれが欲しくて欲しくてたまらない。


 このオトコの腕ヲ振りほどイテ飲みタイ、コロシてでも今直グノミたい。

 アレはなンダ……あノ、アカイ、血みたいミズは……


「僕たちは人間でも普通のゾンビでもない。人間の血を欲する特殊なゾンビなんだ」

「血……チ……チ……」


 血。真っ赤なアカイ美味しい。そウダ、ナオの血ハ美味かッタ……


「君は今から血を飲むんだ。そうすれば人間を襲うことも無く――」

「ギィィアアアアアッ!!」

「なっ!?」


 霧がかった視界が一気に晴れた。

 あの時の、何度も夢に見て二度と見たくない。

 血で汚れきったナオの顔がよみがえって視界を埋め尽くす。


「イヤダ!! 嫌ダ!! 飲ミたくナイ!! モウ飲みダぐないィィィッ!!」

「…………そうか。君も既に人間を襲っていたんだね」


 工藤さんが何を言っているのか聞き取れなかった。分かったのは必死に振りほどこうとしてもピクリとも体が動かなかったことだけ。首から下が地面に埋まってしまったように身動きが取れない。

 それが次の瞬間――


「それでも飲んでもらうよ。今回が最後だからさ。グイッと飲み干してきてね」


 優しく突き飛ばされる。

 体から百キロの重りが取れたかのように軽くなり、それと同時に俺の視界に広がっていたナオの顔が意識と共に黒一色に塗り潰された――






「――カハッ!?」


 跳ね起きた先の世界は純白だった。柔らかい布団の上へ大量の汗が雨粒みたいに落ちて灰色のあとを作る。


「おはよう。気分はどうだい?」

「工藤さん……? ここは一体」


 工藤さんがパイプ椅子に座って俺の顔を眺めていた。

 駄目だ何も思い出せない。この基地に連れてこらてれから俺は一体なにをした?


「医務室だよ。気を失った君たちを休ませていたんだ」

「君たちって――ナオッ!!」


 隣のベッドで寝かされている。慌ててベッドから飛び出してナオの体を揺するが返事がない。

 嫌な予感だけが体の芯から湧いてくる。


「俺たちに何をした!! クソがッ!! 起きねえぞ!!」

「直ぐに目を覚ますから大丈夫だよ」

「何が大丈――」

「んん……」

「ナオ!!」


 反応があった。より一層強く揺さぶって無理に意識を叩き起こす。

 ナオのまゆが怒りにゆがんだと気づいた時――


「うるっさいわね!!」


 心の底から不機嫌そうな声を上げて俺の顔面を狙って握り拳をふるう。


「ひっ――」

「おっと危ない」

「……へっ?」


 咄嗟とっさに逃げようとけ反った瞬間、工藤さんが拳を受け止めていた。

 何が起きた? 工藤さんはさっきまでパイプ椅子に座っていたはずだ。どうやってこの一瞬で近づいたんだ。


「危うく要救助者が一人増えるところだったね」

「……あれ? ここ何処?」

「おはよう。ここは医務室だよ」


 間抜け面で周囲を見渡しているナオの拳を工藤さんがそっと降ろす。俺は目の前で起こった不可解な出来事に唖然あぜんとするしかなかった。


「ささ、ボーっとしている時間はないよ。まずはこれに着替えてくれるかな」

「これって自衛隊の制服?」

「私服より動きやすいからね。靴もベッドの下にあるからそっちを使って。それと、着替えている間に何があったのか説明しよう」


 そう言って工藤さんがベッドを仕切る薄いカーテンを閉めた。

 プラスチックのカバーを外して取り出した服は、工藤さんや五十嵐さんの着ている迷彩服と同じようだった。

 言われた通りに渡された服に着替えていると、パイプ椅子のきしむ音が聞こえ、工藤さんが静かに話し始める。


「君たちは人間の血を飲んで意識を失ったんだ」

「血ィ!?」

「――うぷっ!?」


 驚愕きょうがくの声を上げるナオの隣で俺は込み上げる吐き気を必死に抑え込んだ。嫌でもナオを襲った時の記憶が蘇ってくる。あの時みたいに俺はまた血を飲んでしまったのか。


「仕方がなかった。僕たちは血を一定量飲まないと吸血衝動きゅうけつしょうどうが収まらないんだよ」

「どういう……ことですか……?」

「正確な理由は分からない。ただ、普通のゾンビと違って僕たちは血を求めるんだ」

「ゾンビは違うの?」

「彼らは仲間を増やすために人間を襲うと考えられているね。一定の距離まで人間に近づくと意識を失い、距離を離すか死ぬかするまで対象を追い続けるんだ」


 確かにゾンビに食い殺された死体ってのは一度も見たことがない。それなら仲間を増やすという理由は十分に納得できる。

 だけど、どうして俺たちは違うんだ? そもそもゾンビって何なんだろうか?


「俺たちとゾンビって何で違うんですか? 普通のゾンビに襲われたはずなのに」

「それも分からないんだ。分かっていることは、若い人間がなるってことくらいかな」

「若い人間?」

「君たちは十八歳、僕は二十一歳、五十嵐三佐は二十三歳。全員が若いだろ?」

「偶然じゃないの?」

「そうかもしれないね。けれどこれは他の国でも同じなんだ」


 外国の状況なんて耳にしたことがない。でもやっぱり何処の国も似たような状況なのだろう。

 そして何処の国にも俺たちみたいな特殊なゾンビがいるってことらしい。


「それと今日からゾンビという呼び方は止めよう。説明しやすいようにゾンビと呼んだけど、ゾンビじゃないからね」

「でもゾンビにしか見えないけど?」

「ゾンビってのは動く腐乱死体のことさ。でも僕たちは生きている。だから僕たちは感染者って呼んでいるよ」

「感染者ですか」


 呼び方なんて正直どうでも良いと思ってしまう。でもまあ、頭の良い人たちにとっては重要なことなのかもしれないな。

 話の終わりと同時に着替えも済んだ。ベッドの下に置かれた革のブーツにき替えてカーテンを開ければ丁度良くナオも着替え終わったところだった。

 迷彩服を着込んだ幼馴染に思わず吹き出しそうになる。こんなの不格好なコスプレだ、どう見ても服に着られている。


「何だお前それ、凄え似合わ……ねえ?」

「拓人だって間抜け……その目どうしたの?」


 ナオと向かい合った、と言うより瞳を見た時に不自然な点に気付いた。

 おかしい。まるでカラーコンタクトを付けているみたいにナオの瞳孔どうこうが青白い色に染まっている。


「ああ、大丈夫だよ。血を飲むとそうなるんだ。僕だって違うだろ?」


 そう言って話に加わった工藤さんがサングラスを外してみせる。

 そこには童顔で柔和に微笑む工藤さんの顔があった。サングラス一つでここまでイメージが変わるのかと思いつつ瞳を見れば、言葉通りに瞳孔が薄緑うすみどり色に染まっている。

 少し落ち着けた。工藤さんの言葉がなければパニックにおちいっているところだった。


「拓人と同じ色なのね」

「え? 俺も緑色なのか」

「何かドブっぽい色で臭そうな感じ」

「言い方!! もっと言い方あるだろ!!」


 辛辣しんらつな言葉を吐くナオの馬鹿に付き合っていると、この場に五十嵐さんの姿が見えないことに気がつく。


「そういえば五十嵐さんは?」

「輸送機の準備をしているよ。着替え終わったらなら向かおうか」

「生存者の救助ですか?」

「その通り。僕たち四人の初仕事さ」


 手招きする工藤さんの背中を追って医務室を出る。

 まだ慣れない基地の廊下を歩く途中、気になっていたことをナオに耳打ちで訪ねた。


「なあ。さっき工藤さんがパンチ受け止めたろ」

「そうだったっけ? それが?」

「あの時の工藤さんって俺の後ろに立ってたのか?」

「アタシは寝起きだったしねぇ……でも近くにいたから受け止められたんでしょ?」

「それもそうか。そうだよな」

「って言うか、目の間にいるんだから本人に聞きなさいよ」

「ああいや、別にそこまでじゃねえんだ」


 知ったところで何があるわけでもない。

 あれは俺の見間違いだったのだろう。あの時はナオが起きなくて焦っていたし、その間に工藤さんが後ろに移動していたんだ。


「ちょっとここまで待っていてくれるかな」


 とある一室の前で待てと言われて工藤さんは室内へ入っていった。

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