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極端

 女性と初めて対面した時とは違った緊張に足が止まる。


「疲れただろう? ささ、お茶をれるから座って座って」


 俺たちの気持ちなんて知ってか知らずか、教卓に置いてあった電気ポットでお茶を入れてテーブルに置いていく。

 断るというわけにもいかないので俺たちは黙って着席してお茶をすする。


「五十嵐三佐もどうぞ。今回はご苦労様でした」

「私は結構です。工藤一佐、時間がありませんので手短に」

「まあまあ、焦っては事を仕損じます。大丈夫、作戦は成功させますから」

「……そう仰られるなら」


 五十嵐と呼ばれた女性は驚くほど素直に承諾しょうだくして椅子に腰を下ろした。

 あの恐ろしい人を一言二言で黙らせるなんて、この工藤って人はそんなに偉い人なのだろうか。

 気にはなった。なったけれど、それ以上に俺たちがここに呼ばれた理由の本当のところが知りたかった。


「あの――」

「不安だろうね。気持ちは理解できるけれど、まずは自己紹介といこうじゃないか」


 口を開いた時には静止を促すてのひらが出されていた。


「改めて、僕は工藤雅士くどうまさし。陸上自衛隊所属の階級は一等陸佐。君たちを案内してくれた彼女が五十嵐綾子いがらしあやこ。航空自衛隊所属の階級は三等空佐」

「イットーリクサって偉いの?」

「俺に聞かれても分からねえよ……」


 自衛隊の階級なんて人生で一度も興味を持ったことが無い。ゲームで出てくるような階級なら分かるけど自衛隊の場合まったく聞き覚えのない階級だからな。


「自衛隊は分かりにくいだろうね。一等陸佐は大佐と同じ階級だよ」

「大……佐……?」

「メッチャ偉い人じゃない!?」

「ははっ、僕の場合は特殊だから気にしなくて良いよ」


 俺と大して年齢が変わらないと思うのに、カラカラと笑っている工藤さんはとんでもなく偉い人だった。つまり、五十嵐さんもあの若さで少佐の階級なのか。

 自衛隊の階級がどうやって上がるのか知らないが、流石にこれは不自然だろう。本人も特殊だと言っているから何か事情があっての事なのかもしれない。


「そうそう、僕には言葉遣いなんて気にしなくていいよ。今日から僕たちは同じ仲間なんだからね。まあ、五十嵐三佐には気をつけるべきだけど」

「分かりましたけど、本当に生存者の救助だったんですか?」

「疑っていたかい? 大丈夫、本当に人命救助だよ。君たちに危害も加えないさ」

「大佐! さっき五十嵐さんに銃を突きつけられました!」


 会話が弾みかけた刹那せつな、ナオが右手を突き上げて爆弾発言をかました。

 場の空気が一気に冷めきっていくのを感じる。主に五十嵐さんの周囲の空気が尋常じゃないくらい重い。


「五十嵐三佐。一般人に、しかも非武装の学生相手なんて始末書じゃ済みませんよ」

「申し訳ありません。逃亡されるところでしたので、止むおえませんでした」

「言い訳も謝罪も必要ありません。この話は僕で止めておきますが、二度としないでくださいね」


 工藤さんは俯きながらも笑みを絶やさず注意を飛ばす。

 この人は出会ってから今まで笑み以外の表情を見せていない。だけど五十嵐さんへの注意は警告にも似た重さを持っているように感じた。


「すまないね。五十嵐三佐は時間に余裕がなくて焦っていただけなんだよ」

「冗談半分で言ったアタシもなんか、すみません!」

「冗談で済む話じゃねえけどな……」

「はははっ、でもまあ五十嵐三佐は頼りになるよ。君たちも直ぐに分かるさ」


 確かに穏やかな工藤さんよりは厳しい五十嵐さんのほうが頼りになる気がする。

 工藤さんが半ば無理矢理に話をまとめたところで、俺はさっきから何度も耳にしている時間がないということについて聞いてみた。


「時間の余裕って何か急いでいるんですか?」

「その通りだ。貴様らと無駄話をしている――」

「五十嵐三佐」

「……はい」


 語気は優しくとも、黙れという明確な意思がもった工藤さんの言葉。流石は自衛隊、上官の命令には絶対服従のようだ。


「余裕が無いと言うより、余裕が無くなったんだ。君たちのお陰でね」

「俺たちの?」

「そう。君たちを見つけたから、見捨てるはずの生存者を救える可能性が出てきたのさ」

「そうなんですか?」

「簡単な話だよ。二人じゃ不可能でも四人なら可能ってだけの話」


 工藤さんの話を聞いても俺にはピンとくることはなかった。二人が四人になっても何かが変わるなんて到底思えない。そりゃ人数は二倍になっただろうけど、俺たちは右も左も分からないド素人なんだから即戦力にはならないだろう。


「まあ、そんな話はどうだっていいさ」

「工藤一佐!! それはあまりにも不謹慎な発言です!!」

「五十嵐三佐はカンカンだけど気にしなくていいよ。それよりも、君たちの質問に答えよう。今なら答えてあげられるからね」


 机を強打したせいで五十嵐さんの湯呑ゆのみが床に落ちて割れる。そんな事すら笑い飛ばした工藤さんは俺たちの疑問に答えると言い切った。

 この人は一体何を考えているんだ? 五十嵐さんを擁護ようごするつもりはないけど、人命救助と俺たちの疑問を天秤てんびんにかけたら救助を優先したほうが良いに決っている。この人は人命を優先するつもりがないのか?


「救助を優先したほうが良いんじゃないですか? 質問は何時でも出来ますし……」

「そうよね。まずは助けに行きましょうよ」

「それは駄目だよ」


 間違いなく現状で最適な考えだと思った俺たちの返答を工藤さんは否定した。

 意外すぎる答え。本当は助ける気がないんじゃないかと疑ってしまう。


「君たちは何も知らず、不安を抱えてここに来た。僕にはその不安を取り除く義務があるんだ。そうしなければ君たちは僕を信頼することができない」

「言ってる意味が分からないんですけど……」

「要はチームワークだね。作戦を成功させるには僕の指示に従ってもらう。疑問を抱いても従ってもらう。それには君たちから僕に対する不信感を消し去る必要があるのさ」


 疑問を抱いても? 俺たちに疑問を抱くような指示を出すってことなのか?


「分からないかい? なら先に教えておこう。今回は現場のゾンビを一掃して救助するんだ」

「は……?」

「君たちにも銃を持たせる。四人でゾンビを皆殺しにして生存者を救助するんだ」

「ちょっと待ってくれ! それはしないって言ってたじゃないか!」

「そう。それだよ」


 笑みを崩すことのない工藤さんは、声を荒げた俺の顔を指差し言葉を続ける。


「聞いていない。知らなかった。それで拒否されたら困るんだ。それじゃ救助活動は上手くいかない。ああ、一掃なんてのは嘘だから安心していいよ」

「嘘?」

「嘘だよ。けれど、その拒絶や疑問を持った一瞬で生存者が死ぬかもしれない。だからこそ今の内に少しでも僕を信用してもらわなくちゃいけないのさ」


 俺には何を言っているのか分からない。いや、分かるには分かるんだけど極端すぎるというか何というか。これが自衛隊ならではの考え方ってやつなのだろうか。正直、あまりに温度差が違いすぎて理解できそうになかった。


「そんな事どうだって良いわよ!」


 言い返す言葉に詰まっていると、ナオが机を叩いて立ち上がる。


「時間が無いってイガ……え~っと、いが~……」

「五十嵐さんな」

「そう、イガさん! だったら一秒でも早く行くべきでしょ!」


 ナオは五十嵐さんの名前を覚えるのを諦めたようだ。


「俺もナオに賛成です。そりゃ何も知らないけど、ここで長々と話を聞いて時間を無駄にするよりも救助に行ったほうが良いですよ」


 確かに俺たちは何も知らないし、知りたい事は山のようにある。だけど人命救助が嘘じゃないなら何も問題は無い。

 今必要なことを今やって、後回しでいい事は後にすればいいんだ。


「まあ、それでも良いか。僕もその方が助かるからね。ただ、何度も言うようだけど僕の指示には従ってもらうよ?」

「俺たちは素人です。工藤さんや五十嵐さんの言う通りにします」

「分かった、その言葉を信じよう。それじゃ遠藤君だけついてきて」

「俺だけ?」

「そう。佐々木君は後で五十嵐三佐と一緒に来てね」


 立ち上がって手招きする工藤さんの後を追って部屋を出る。

 俺と同じくらいの身長の背中を見つめながら廊下を歩いていると、工藤さんが頭だけこちらに向けて衝撃の一言を放った。


「君はまだ人間を襲ってしまう。今からその本能というか習性を無くす処置をほどこすから」

「処置……?」

「痛みは無いよ。少しだけ意識は飛ぶだろうけどね」


 笑いながら意識が飛ぶなんて物騒なことを言われても安心できない。

 だがそれ以上に俺の脳裏を支配していたのは人間を襲うという言葉だった。

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