手に入れた能力
「なんかこう、ロープみたいなので登るんですか?」
「そんな物は持ってきていないさ。遠藤君を背負って屋上まで跳ぶってだけだよ」
「……意味が分からないんですけど?」
屋上まで十メートルくらいはあるぞ。しかも周りは感染者だらけで助走をつけることすら出来ない状態、つまり垂直跳びで登る必要がある。
それに加えて俺を背負いながらだろ? 無理に決まっている。垂直跳びの世界記録がどれ程か知らないけれど、この条件で三十センチメートル跳べば化け物なんじゃなかろうか。
「さあ乗って」
「わ、分かりました」
自信満々に手招きされては仕方がない。
工藤さんの両肩から腕を回して背中にしがみつく。
「三つ数えたら跳ぶから。それと、後ろの感染者が近づかないよう押さえてくれるかな」
「こんな感じでいいですかね?」
ひたすら壁に向かって進もうとする感染者の胸に右手を置いて限界まで押してやる。
工藤さんも同様に左右の感染者を押しのければ、そこに僅かな隙間が出来上がった。
「一、二のタイミングで手を離してしがみついて。それと、本当の本当に跳ぶからね」
「え? ギャグじゃなく?」
「ははっ。時間を無駄にするような冗談は言わないさ」
そう口にして地面の感触を確かめるように数回の足踏みをし、背中を丸めながら腰を低く落とした。
なんか、本当に冗談ではなさそうだ。工藤さんのまとう雰囲気、触れている背中から伝わる心臓の鼓動や体温が今から行くぞと訴えている気がする。
気を抜くと大怪我をするぞ。そう感じ取った俺はツバを飲み込みながら上着を掴んでいる左腕に力を込めた。
「それじゃあ行くよ。一、二――」
カウントに合わせて背後の感染者を抑えていた右腕を離し、急いで工藤さんの右肩を通して上着を握りしめる。
「三ッ!」
「――グゥッ!!」
カウントし終わった瞬間、足元から発せられた破砕音が鼓膜を揺らし、自動車の急ブレーキにも似た衝撃が脳天からつま先まで駆け抜けた。
咄嗟に工藤さんの背中に密着すれば、一秒前まで見上げていた屋上の縁が目の前に迫ってきている。
本当に跳んだ……いや、最早これは跳ぶと表現するより発射したと表現するほうが正しい。
「そお……れっ!」
工藤さんの左手が屋上の縁にかかった途端、ロケットの第二エンジンに点火されたように減速したスピードが一気に加速に転じ、その先に見える落下防止用の手すりを掴んで見せれば、俺を背負ったまま軽々と手すりを乗り越えてしまった。
「ふう。もう降りて大丈夫だよ」
「…………」
かけられた声に従って背中から離れる。
体は動いたけれど、頭は固まったままだ。さっきまでの光景が脳裏にこびり付いて離れない。
おおよその答えは分かっている。今のも輸送機から落下した時みたいに能力を使ったんだ。
分かっているのだけれど……何というか、色んな感情が渦巻いていて混乱している。
ただし、一つだけ確実に言えることがある。
「俺にも同じことが出来るのか……!」
自分の中に宿っているであろう能力に対する期待と興奮が何より強いということだ。
「遠藤君」
呼ばれて顔を上げると、そこには初めて見せる工藤さんの真剣な表情があった。
不意打ちの出来事に何か不測の事態が起きたのかと不安が募ってくる。
「何か問題が?」
「問題は問題なんだけれど……君のことだよ。まあ、原因を作ったのは僕だけれどね」
「え? 俺なんかしました? まさか、さっきので怪我を?」
怖すぎて強くしがみついたから、そのせいで上手く跳べなかったのだろうか。
そう考えたが直ぐに工藤さんは首を振って否定する。
「そうじゃないさ。君、能力を使いたくなっただろう?」
「そりゃ使ってみたいですよ。ああ、危険だから使うなって話ですか?」
高いところから落ちても平気とか地味だなって思っていたけど、高い場所に跳べるってのは面白いに決まっている。
けれど、見方を変えれば即怪我に繋がる能力であると言えるだろう。あの勢いで天井にでもぶつかれば頭が潰れてしまいそうだ。
「その通りなんだけど、体感させておいて頭ごなしに使うなってのも酷な話だと思ってね」
「なら使っていいと?」
「それは危険だからダメ。ただ少しだけ能力について教えようと思う」
ダメなのかよと言いたくなる気持ちを抑え込んで唇をつむぐ。
「この能力を一言で表すなら身体能力の向上だね」
「それは単純に跳躍力が上がったっていう事ですか?」
「正解。お陰でこんな高い場所にも楽々登れるのさ」
能力の正体は予想通りと言えば予想通りだ。高く跳べるということは跳べるだけの肉体を持っていることに他ならないからな。
疑問があるとしたら俺も工藤さんも筋肉が異常発達した様子が見られないって所だろう。あれだけの跳躍を可能にするのだ、両足がドラム缶みたいなサイズになっていないと跳べっこない。
理由を考えてみても人外の能力に目覚めている時点で凡人の俺には分かるわけもなかった。
「僕の跳躍を体感した君なら同じ高さも跳べるだろう。でもそれが危険なんだ。そうだな……そこの手すりから地上を見下ろしてごらん」
言われた通りに手すりから見下ろしてみる。
そこには感染者たちが群がり、俺たちが跳んだ場所すら分からない有様だ。
「そこから飛び降りたらって考えると怖いよね」
「……無事では済まないでしょうね」
「その感覚だよ。跳ぶ時っていうのは天井でも無い限りは恐怖を感じないんだ。でも、落ちる時は真逆で怖い。それは落ちたら怪我をするかも、死ぬかもって考えてしまうから。これは当たり前の感覚で、人間らしさと言ってもいいだろうね」
「恐怖を感じないように訓練しろってことですか?」
「そうだね。そして、こればかりは数をこなすしかない。今の遠藤君は下手に能力を使ってこの高度から落下した場合、恐怖で体が硬直して受け身を取れず怪我を負ってしまう。僕たちの能力は繰り返し恐怖を味わいながら染み付いた感覚を塗り替えないと 使いこなせないんだ」
言っている意味が分かるような分からないような……と考えていたら工藤さんが輸送機から飛び降りた時のことを思い出した。
五十嵐さんを抱いたまま飛び降りたのはスーパーマーケットの屋上からとは比べ物にならない高さだった。自分がその高さから飛び降りられるか、飛び降りられたとして平静を保って着地できるのかと考えたら答えは無理の一択だ。
今までは有り得ないから考える必要すら無かった。でも、有り得るなら考えないといけない。普通に跳べば普通に着地できるように、普通に輸送機から落ちたら普通に着地できるよう矯正していかなくちゃいけないってことなんだ。




