落下
小窓から見える景色は街明かりに照らされ輝いている。都市と呼ぶには少しばかり寂しさを感じさせる夜景の中、一際異様さを放つ建物の上空で輸送機の動きが止まった。
『目的地上空に到着しました』
『これは報告以上に酷い有様だね』
工藤さんの言葉通り、そこは酷い状況だった。
地上はまだ遠い。人影なんて米粒くらいにしか見えないだろう。なのに見える、米粒のようなゾンビ――いや、感染者がスーパーマーケットの周囲を取り囲んで蠢いている。
まるで計量カップで掬った玄米をぶちまけたような光景、もしくは腐った肉に湧いたウジ虫と言うべきか。
「なんだよこれ……こんな所に生存者がいるのか……?」
輸送機の降下によって周囲の様子がより正確に見えてくる。それは思わず悪夢を見ているのかと錯覚するほどに絶望的な状況。俺は今までこんな光景を目にしたことがない。
スーパー正面の自動ドアから微かに光が漏れている。自動ドアに張り付いた感染者の四肢の隙間から漏れ出ているんだ。
『状況は深刻だよ。間違いなく報告以上に感染者の数が増えているね』
「どうしてこんな状況に?」
『ネットのせいだろうね』
『何でネットが関係してるわけ?』
ナオの質問は至極当然のもので、俺もこの惨状とインターネットがどうしても結びつかなかった。
『ここの情報は動画で知ったと言ったよね。その動画を僕たち以外の者も見ていたってことさ。助けるためか、はたまた野次馬根性かは分からないけど、感染者たちも動画を見て集まって来たんだよ』
工藤さんの返答はもうそれ以外に考えられないくらい納得の行くものだった。
近所で助けを求める動画が投稿せれていて、それを見てしまったら誰だって行動してしまうだろう。
そして感染者は生存者に近づくだけで行動の理由なんて関係なく襲ってしまう。今回はそれが最悪の展開を招いた。
ここには善意も悪意も無い。ただ襲う者と襲われる者だけが存在しているだけだ。
『直ぐに行動を開始しよう。五十嵐三佐、着陸場所は駐車場になりますか?』
『はい。報告通り、なんとか着陸可能なのな正面の大型駐車場のみです』
『そうですか。それでは僕と五十嵐三佐は先に降下して着陸場所を確保しましょう。君たちは着陸するまで機内で待機していてね』
「分かりました」
『了解~!』
一体こんな状況からどうやって救助するのか想像もつかないけど、ついに救助活動が始まると思うと武者震いしてしまう。
近くの高層ビルの屋上が真横に見えた辺りで輸送機の降下が一旦止まった。それから直ぐに五十嵐さんが操縦席から姿を現し、壁に固定されていた小銃を首から下げる。
『降下可能です』
その言葉に合わせて後部ハッチが開き始める。機内に轟く爆音が一回り大きくなったのを感じながら高層ビルの屋上を再び見つめた。
一階から数え始めて十四階で数え終わったビルの高さは何十メートルなのか分からないけど、これだけの高さからロープで降下するのかと思うと寒気がしてくる。
振り返れば開ききったハッチから身を乗り出した工藤さんが、品定めするように降下場所を探っている。その表情からは怯えの色は感じられず、流石は自衛隊員だと素直に尊敬の念を覚えた。
暫くして真剣な表情が普段の柔和な微笑みに変わると、工藤さんは俺たちに笑みを向けて五十嵐さんを抱き上げる。
そう抱き上げたんだ。あの姿はお姫様抱っこというものに違いない。
「――は? お、おいおいおいおい!!」
異常には直ぐに気付いた。お姫様抱っこしている時点でおかしいのに、有ろう事か工藤さんはその状態でハッチの先端へ歩いていく。降下する道具、ロープらしき物を一切準備せずに歩いていく。
そしてそのまま、まるでスキップでもするように小さく飛び上がり――
「ちょおおっとおおおおっ!?」
輸送機から飛び降りた。
唐突な出来事に腰を浮かせて腕を伸ばしたが何もかもが遅すぎた。
「何やってんのよ!?」
「馬鹿野郎!! お前は行くな!!」
駆け出すナオを後ろから押し倒して止める。俺たちの視線の先には無人のハッチが無情な口を開けて外の世界を映し出していた。
飛び降りた、身投げした。助かるわけがない、そんな生易しい高さじゃないんだ。しかも駐車場なら地面はコンクリート、万が一にも生存の可能性は無い。
輸送機が降下を始めた。これが着陸したら今日出会ったばかりの人たちの死体を見るのかと思うと吐き気がこみ上げてくる。
着陸は素早く、そしてスムーズだった。動力が切られ、プロペラの音が静まっても動く気が起きない。俺たちは機内の床で抱き合ったまま放心し、ただただハッチの向こう側に見える感染者の集団を眺め続ける。
だが次の瞬間――
「早く降り……何をしているんだい?」
死んでいるはずの工藤さんがハッチから顔を覗かせた。




