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ミーティング

 ドアに付いた小窓から中の様子を覗いて目を丸くする。狭苦しい室内には大小様々な銃火器が所狭しと並べられていた。

 工藤さんは当たり前のように拳銃を手に取り、ベルトと一緒に腰へ装着する。そして、ヘルメットを被った後に一際大きな小銃をたなから取り出して肩にかける。

 部屋から出てきた工藤さんは完全武装と言わんばかりの装備を整えていた。


「これは君たちのヘルメットとサングラス。サングラスは常に着けておいて。僕たちの相手は人間だから、変に怪しまれたくないんだ」


 無言で受け取った俺たちは身につけることもせずに小銃へ視線を注ぐ。


「それ本物の銃でしょ? 使わないって言ってたじゃん」

「そうですよ。そんな物は必要ないんじゃないですか?」


 ナオに続いて問い詰める。感染者を殺すような真似はしないと言っていたんだ。それともあれは嘘だったっていうのか。


「使うつもりは無いさ。けれどね、生存者の近くにいる感染者に声は届かないんだ。そして僕たちの目的はあくまでも生存者の救助となる」

「だからって……」

「本当に最悪の場合だけだよ。今までも使わなかったし、僕も使いたくないからね」


 その言葉だけで納得できるかと言われたら無理だった。でも俺たちが何を言っても無駄と分かっているのも事実。

 俺が予想していたのは半分だけ当たっていたんだ。使いたくないと言いつつも、時と場合によってはやっぱり感染者を殺すことになる。


「アタシたちも持たされるの?」

「いや、君たちには持たせない。扱い方を知らないと危険だからね」


 それを聞いて少しだけ安心できた。少なくとも俺たちが直接手を下すような事態にはならないってことだ。

 ヘルメットとサングラスを着けて再び工藤さんの後を追う。薄暗くなった視界で見た窓には夕日が夜の訪れを知らせていた。

 外に出て最初に視界に飛び込んできたのは大きな輸送機だった。細長い楕円だえん形の機体には巨大なプロペラが二枚も付いていて、俺たちが乗ってきた卵形のヘリコプターとは倍以上も大きさが違う。


「五十嵐三佐、離陸準備は整っていますか?」

「何時でも行けます。それとこちらが報告書です」

「ありがとうございます」


 輸送機の側で待機していた五十嵐さんが紙の束を手渡し工藤さんはそれに目を通す。


「何読んでるの?」

「ん? ああ、現地の詳細についての報告書。感染者は人間みたいに話せないから紙面で伝えてもらっているんだ」

「へ~……色々考えているのねえ」

「遠藤に佐々木。貴様たちは私について来い」


 今度は五十嵐さんに連れられ輸送機の中へと入っていく。

 中は思っていた以上に広々としていた。流石に飛び跳ねたりできるほどじゃないが、圧迫感は一切感じない。この広さなら三十人くらいは乗れそうだ。


「今から無線機の付け方と使い方を教える。佐々木、そこの座席に座れ」

「なにこの首輪。どうやって話すの?」


 ナオの体を使って実演しようとした五十嵐さん。その手から通信機を奪い取って質問を投げつけているナオを見ていると末恐ろしくなる。

 こいつには五十嵐さんに対する恐怖心っていうのが無いのだろうか。


「返せ! それを今から教えると言っているんだ」


 奪い返した無線機をため息混じりにナオの首に装着し、俺へ顔を向けて説明を始める。


「こうやって首につける。マイクは喉元、声帯振動を電気信号に変換する仕組みだ。右の胸ポケットに入れたコレは触るな。下手に触ると通信ができなくなる。声を伝える時はこの左胸につけた機器にボタンが付いている。それを押せば全員に声を伝えられる」


 矢継ぎ早に進む説明を聞きながら何とか無線機を取り付けていく。ナオが良いことを言った、本当にこれは首輪だ。慣れないせいで首が窮屈でたまらない。


「最後にこの透明なチューブの先を耳に掛ければ完了だ」


 耳掛け型のイヤホンを装着してみれば、気分は映画やゲームの特殊部隊になったような気分になる。


「もしもし? 拓人、聞こえる?」

「聞こえるよ。隣りに座ってんだからな」

「イヤホンのほうよ! 分かるでしょ!」

「ついに頭がおかしくなったかと思ったぞ。ちゃんと聞こえてる」


 ナオの声はイヤホン越しからもしっかりと聞こえる。


「君たちは仲が良いね。同じクラスの友人なのかい?」

「幼馴染ですよ。産まれた時からの腐れ縁です」

「家も隣で産まれた日まで同じってヤバイわよね」

「同じって、そんな凄い偶然もあるんだね」


 機内へ乗り込んできた工藤さんに尋ねられて思い返してみると、確かに恐ろしい偶然だなと再認識する。どんな星の下に産まれたらこんな偶然が重なるというんだ。しかも、その腐れ縁がこんな場所まで来ても切れていないんだからな。


「それじゃ行こうか。五十嵐三佐、頼みます」

「はい」


 指示を聞いて五十嵐さんは操縦席側に姿を消した。工藤さんはさっき手渡された報告書とやらを眺めながら俺たちの反対側の座席に腰を下ろす。

 それから直ぐに出入り口のハッチが閉じられ、プロペラの回転音が鳴り響き始めた。

 ヘリコプターに乗った時もそうだったけど、この離陸する瞬間ってのはどうしても緊張してしまう。ナオも同じ気持ちなのか、顔には引きつった笑みが浮かんでいた。

 そういえば今回のパイロットはまた感染者なのだろうか?

 小窓から見える地上が徐々に遠ざかっていく光景を眺めながら思っていると、イヤホンから工藤さんの声が聞こえてくる。


『今回の救助作戦について説明するよ。気になる事があったら遠慮せずに発言してね』

『ラジャー!』

『はははっ、良い返事だね』


 あまりに子供っぽい反応をするナオにこっちが恥ずかしくなってくる。赤面する顔を隠すようにヘルメットを前に倒しながら耳を傾けた。


『目的地は中部地方のN県U市にある中型のスーパーマーケット』

『中部地方ってまた遠い場所ねえ』

「そもそも、俺たちがいる場所って何処なんですか?」


 松陽基地だったか? 名前は聞いたけど何処にあるのかは聞いていなかった。


『ここはS県の松陽市だね』

「隣の県だったんですか」

『意外と近かったわね』


 同じ東北地方にある基地だったのか。ってことは東北地方から中部地方ってかなり遠い場所に向かうんだな。輸送機の知識なんて無いけど燃料とか問題ないのだろうか。


『話を元に戻すよ。生存者は店内の出入り口をバリケードで塞いでいるけど、大量の感染者が店外を取り囲み身動きが取れない状態らしい』

「逃げられない数なんですか?」

『少なくとも五百以上の感染者が囲んでいるみたいだね』

「そんなに……」


 想像を絶する数だ。今まで堪えていられただけ奇跡的じゃないか。


『気になったんだけど、そういう情報ってどうやって集めるわけ?』

「確かにな」

『情報についてはネットの力が大きいね。今回は救助を求める動画が投稿されたんだ』


 なるほど、動画を撮影してインターネット上に投稿すれば世界中の人が見る。その力を利用して救助を求めたってわけか。

 俺とナオは電気が復旧していなかったせいでインターネットを利用する前に襲われてしまったが、利用できていれば救いの道があったのかもしれない。


『ちなみに、君たちの居場所を特定出来たのもネットの力だよ。名前は伏せるけど、君たちの通う学校の生徒が君たちについての情報をSNSに投稿していたんだ』

「そんな所からバレてたのか」

『怖い世の中ねえ』

『ネットなら勝手に情報が集まってくる。まあ、その為に復旧を急いだんだけどさ』


 俺たちは嫌でも目立つから登校した時にでもバレたんだろう。簡単に情報をらすのは考えものだけど、怒る相手が分からない以上は仕方がないことだ。


『次は救助方法についてだ。まず上空から僕と五十嵐三佐が降下して着陸場所を確保することになる。着陸した後、僕と遠藤君の二人でスーパーの中へ入り生存者を救助する。佐々木君は五十嵐三佐の指示に従って輸送機までの道を確保したら遠藤君と二人で生存者の誘導をお願いすると思う』

「いやいやいや、ちょっと待ってください! 大雑把すぎますよ!」


 大雑把というか説明の殆どを放棄ほうきしている。工藤さんが口にした一つ一つが実現不可能なことばかりだ。着陸場所は良いとしても、五百以上の感染者で溢れ返っている状況で輸送機に誘導するなんて不可能としか思えない。


「どうやって入って、どうやって誘導するんですか?」

『う~ん……実はね、君たちに伝えていないことが一つあるんだ』

「伝えていないこと?」

『今はまだ危険だから口にできない。佐々木君だけは現地で五十嵐三佐に聞いて欲しい』

『アタシだけ?』

『そう。あと僕から言えるのは、それで生存者を救助できるってことだけさ』


 冗談を言っているようには感じない。それは俺を見つめる工藤さんから嫌ってほどに伝わってくる。

 ナオの働きだって? 俺とナオじゃなく、ナオだけが作戦に影響するってのか? 考えてみても何一つ答えらしいものが浮かんでこない。五百以上の感染者を排除なんて無理にも程があるし、交通整理よろしく感染者に道を開けてもらうのも不可能だ。


『深く考えなくていいよ』

「そう言われても……」

『遠藤』

「え? な、何ですか?」


 何とか答えを見つけようと脳漿のうしょうを絞っていると、今まで沈黙していた五十嵐さんが割り込むように声をかけてきた。


『佐々木には特殊な能力がある。それを使うというだけだ』

「能力?」

『まさかアタシって必殺技みたいなの持ってるの!?』

『必殺ではないけどね』

「俺は持っていないんですか?」

『遠藤君も持っているよ。僕と同じ能力だけど、今回は使わない』


 不可能を可能に変えるほどの能力とはなんだろうか? 単純な能力じゃないのだろう。特殊な能力と言ったくらいだ、今の俺たちが持っていない、腕力とか脚力とか知能といった人間らしい能力とは別物だと考えるのが自然だと思う。

 それは何だ? 能力に目覚めたとすれば感染者になってからとしか考えられない。だけど今の今までそういった能力は感じたことすら無かった。


(待てよ? さっき血を飲んで目の色が変わったよな?)


 あれは明らかな変化だ。しかも俺と工藤さんが同じ色で、ナオは五十嵐さんと同じ色だと言っていた。そして能力については五十嵐さんが説明してくれる。

 つまりナオは五十嵐さんと同じ能力を持っていて、血を求める習性は能力に目覚める為に必要だからか。そう考えれば辻褄が合う気がするぞ。

 外れていたらとんだ中二病だ。


『さっきも言ったけれど、深く考える必要なんてないさ』

「特殊な能力なんて聞いたら考えたくなりますって」


 どうやら工藤さんは考えさせたくないらしい。本当に必要のない程度のことだからなのか、それとも何か考えてはいけない理由があるからなのか。

 現場に着くまで考え続けてはみたが、結局体感したことのない能力なんて分かるわけもなかった。

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