3つの Good Evening
三つの Good Evening
安岡 憙弘
the 1st night
カフェのイスにすわってとおりをながめていたわたしはフランス女性のツンとしたうつくしさのほかになにか彼らとくゆうのものを見出したような気がしてどことなくぎこちなさをかんじながらも仏字新聞のすきまから女性たちを品さだめしていた。ある人はファッションにおいて流行とは一線を画したものを身につけていたしまたある人は東洋人女性にはありえないような豊満な身体を太陽にさらけだすようにして堂々とあるいていた。
わたしは彼女らフランス人女性に共通するものとは野蛮さのようなものではないかと思った。けっしてけなすつもりではなくあらあらしさというか、むきだしの、うつくしさのようなものが彼女らにはあった。わたしはたまたま同ほてるの席したパリジェンヌらしい女性に席を立つ際あいさつすると彼女は私の目をみてはっきりと”Bonsoir!”とじつにうつくしい品のある発音で笑いながら返しててくれた。そこにはつけいるつけ入るすきのない品格のようなものが漂っていた。
the 2nd night
わたしが彼女に出会ったのはあるホテルの廊下だった。赤いじゅうたんの敷いてあるそのホテルの廊下でわたしが部屋から出るたびに彼女も部屋からでてくるということがたびたびかさなって、わたしは私の部屋の2つほどとなりに彼女が滞在しているということをしったのだった。わたしははじめその女性のうつくしい髪の色と細身で背の高い様子に知的さのようなものを感じていただけであった。当初はほりの深さからイギリス人かとおもっていたがルームサービスをはこんできてくれた男性によればドイツ人女性ということだった。わたしはそれをきいてなるほどとおもった。なぜならわたしはそのドイツ人女性にある種の親しみのようなものをかんじていたから。白人がすべてアメリカナイズされているわけではない。むしろヨーロッパの白人は感覚としてはわれわれに似ているかもしれない。日本人女性のようにつつましさをもった白人がドイツ人女性なのだ。ある日私が勇気を出して勇気を出して会釈すると”Guten Abend”とはにかんだほほえみであいさつしてくれた。
the 3rd night
その町にはロシア人が多いということであった。ある寒い冬の日、わたしは乗降客の少ない小さな駅で、日のくれたプラットフォームに立っていた。駅には街灯も一本しか立っておらず、わたしがあし元にすてたタバコのすいがらのみがまだ消えずに赤い光をはなっていた。私の立っていたところよりもっと光のとどかない看板のかげに、だれかしらもう1人の待ち人がいるらしかった。
しばらくして一両編成の電車がゆっくりと構内にはいってきた。列車はしばらくドアもあけずにそのまま停車していた。その時にはじめて暗闇からでてきた人の姿を私は確認することができた。それは顔の丸いニット帽をかぶったおそらくロシア人とおもわれる女性であった。私はなぜかしらこの女性にあわれみをかんじた。女性はわたしと二人きりになったバツの悪さに”Добрый вецчер"(ドーブルイ ヴェーチル)とかわいらしくあいさつしてくれた。わたしはドアがひらくと手で合図してこの女性にさ、どうぞと先に中へ入るようにすすめてから列車にのりこんだ。なぜかしらロマンチックな気もちがした。




