第三話 忘却魔法
ひゅんひゅんと、風が唸る。
足元を見ればドンドンと景色が変わる。
建物から建物へ。
電柱から電柱へ。
尋常でない速度で僕は駅まで移動していた。
歩道を使わずに。
建築物を足場にして跳躍しながら移動していた。
思った以上の運動能力だ。
この能力は。
「どうだい~~マー君調子は?」
「思った以上だこの能力は」
「其れは何よりだね~~」
僕はタマの言葉に興奮しながら答える。
興奮の理由は簡単だ。
お試しとして変身した魔法少女の力に酔いしれていた。
人を超越する反射神経。
コンクリートすら粉々にする怪力。
トラックの衝突すら軽々と防ぐ防御能力。
「凄い」
「そうだね~~」
はっきり言って人知を超えた能力に興奮を隠せない。
そのまま僕は無人の海岸に降り立つ。
そのままザックザックと、砂浜を歩く。
「でもな~~この格好はいただけないよな~~」
「仕方ないよ~~」
「はあ~~」
タマの言葉にふう~~とため息を付く。
超人的な能力を誇るといえどため息も出る。
フリルのついたドレス。
下着が見えそうなミニスカート。
ローティーンの少女なら映えるゴスロリ服。
魔法のステッキ。
魔法少女の標準的な衣装だと分かる。
此れが少女なら物凄く似合うだろう。
しかし先程見た鏡では違った。
ゴスロリ服を着たオジサン。
見た目変態だった。
そう変態。
先程鏡を見た時の衝撃は忘れない。
横に引き伸ばされたゴスロリ服を着たオジサン。
余りの光景に心臓がきゅっと、止まるかと思った。
トイレにこもり晩御飯を吐いたのは初めてだった。
しかし心を強く持った僕は能力の検証を考え付く。
結果は予想以上だった。
「此れで責めて衣装が御助けキャラと同じなら良かったのに~~」
特撮番組マジカル・タカコ。
其れには御助けキャラが出てくる。
其の名も背広仮面。
流行遅れの背広にアイマスクをした謎の戦士。
その正体は悪の組織ストレスの裏切り者だ。
という設定です。
「無茶言うなよマー君」
「言いたくもなるわっ! 此れを見ろ」
「キモイね」
「僕の未来は死ぬかキモイ格好だけかいっ!」
「何も血涙流さんでも~~」
僕は剛毛が生える太腿を見ながらスカートの裾を広げる。
「御助けキャラなら背広と目元を覆うマスクだけで済むのに」
何処で人生を踏み外したんだろう。
「ノリノリで変身したくせに」
「してないわっ!」
ギャアギャアと、僕たちが言ってる何処かでズッと砂の音がした。
すると懐中電灯の光が、砂の音がした方からした。
「不味い此の格好を見られたら不審者と思われるっ!?」
「大丈夫だよ~~普通の人はその姿を認識できないから~~」
「そうかい……」
「××※何××※※」
どうやら夜釣りに来た釣り人みたいだ。
釣り竿とクーラーボックスに懐中電灯を持っているようだ。
多分此処の砂浜で釣るみ予定なんだろう。
懐中電灯の光を僕に当てると顔を引きつらせる。
「うん?]
じいい~~と、明らかに此方の服を凝視してる。
「おや?」
「おい」
釣り人の様子がおかしい。
目はキョロキョロしている。
明らかに不審者を見る目だ。
というか認識してるみたいだ。
此の格好を。
「ひいいっ!」
慌てて釣り人がスマホを取り出す。
ヒヤッとする。
此の後の展開は分かる。
通報されるのだろう。
この距離だ顔もばれてる。
どうする?
「マー君忘却魔法を使えっ!」
「忘却魔法っ!」
「使えば相手の記憶が五分ほど無くなる魔法だ」
「どうすれば良いんだ!?」
「僕の言うとおりにしてくれっ!」
「良し先ずは相手に近づいてっ!」
僕は指示通りに素早く釣り人に近づく。
釣り人の引きつる顔が映るが気にしてる暇はない。
「そのまま魔法のステッキを振りかぶって僕の詠唱を真似してっ!」
「分かったっ!」
キイイーーンと、異様な音が魔法のステッキからする。
そのまま見た事のない光が溢れる。
「マジカル~~」
「マジカル~~」
魔法のステッキを振りかぶる。
「「忘却魔法」」
魔法のステッキの光が強くなる。
「其のままステッキを地面に叩きつけるように振ってっ!」
「分ったっ!」
その言葉と共に僕は振り落とす。
ゴスッ!
「グエッ!」
鈍い音がした。
当たり前だ。
釣り人の頭部を殴ったからだ。
「あれ?」
思わず僕から唖然とした言葉が出た。
当然だ。
思わず勢いで当てたからだ。
そのまま釣り人はズザッと、音を立てて倒れる。
「此れで記憶は消えた……多分」
「じゃねねええええっ!」
「え~~確実に記憶消すなら後は五発程殴った方が良いよ」
「普通に犯罪だあああああああああっ!」
「え~~」
タマの心外だという態度に顔を引きつらせる僕だった。