白石公園前駅の自由研究
8月27日、夏休みも終盤に差し迫った頃。
「なあ、知ってるか?」
「……なにが」
夕暮れ時の古ぼけた駅舎で木のベンチに腰掛けるオレたち。
この近辺では唯一の駅であるにも関わらず、この『白石公園前駅』は利用者がとても少ないのだと言う。
地元住民には移動手段としてマイカーを選ぶ人が多いからだ。どこへ行くにも遠く、車で移動するほうが速い。その上白石公園前駅で電車に乗ってしまうと次は隣町に着くまで駅がなく、平日は塾や遠くに通う学生が使う程度だった。
生まれてからずっとこの町に住むオレにとっては普通のことだが、テレビに映った都会の駅は人でごった返していた。
今日もいつも通り誰もいない。オレたち2人以外には。
オレは華のDK清原 勇気。
本日2本目のラムネ味のアイスをシャリッと頬張り、隣のクラスメイトに投げ掛けた。
「あれ? えーっと、名前」
「内堀 慎司。いくら夏休み前のお前が休んでる間に転入してきたっつっても、忘れるかフツー」
「そうそう、慎司。で、知ってるか? この駅、最近ユーレイが出るんだってよ」
「ふぅん、ユーレイねえ」
慎司は長い前髪を青白い頬に張り付けて鬱陶しそうに呟く。なんだよ、クールぶりやがって! ユーレイだぞ。こえぇだろ!
慎司のことはまだあまりよく知らないが、前髪は目に掛かるくらいに長えし、ガリガリで真っ白で、生気がなくかなり不気味だ。揺れた前髪から時折見える切れ長の目が不気味さを助長していた。
だがしかし。こんな田舎に越して来ることになり、さぞ寂しい思いをしているだろう。オレが友だち1号になってやらねば!
そしてこいつに素晴らしい夏休みの思い出をくれてやり、オレの凄さを分からせよう。
「なんでもそのユーレイ、オレらくらいのやつに声掛けまくってるらしいぜ。会ってみてーよな」
「会ってみたいか?」
「おもしろそーじゃん!」
慎司は鼻で笑う。
「ちょっと調べてやろうかと思って来たけど、やっぱこんな明るいとダメだな」
「明るいと出ないのか?」
「夜じゃん、ユーレイは」
当たり前だろ、と言わんばかりにユーレイの出没時間を決め付けているオレの言葉に、慎司は一瞬考えるように口をつぐむと「そうかな」と答えた。
「よし、今年の自由研究はこれだな!」
「は?」
「ユーレイだよ! すげえ研究になるなっ。慎司、お前にも手伝わせてやるよ」
面倒くさそうに顔をしかめる慎司のことは、わざと視界の端に追いやった。
「よし、そうと決まれば聞き込み調査だ」
「今は夏休みだぞ」
「現代だぞ。SNSを知らねーのか」
オレはフフンと鼻を鳴らした。賢いだろ!
慎司はそんなオレの様子を気にも留めていないようだ。
「そう。どうやるんだ?」
意外と慎司も積極的なのか、自分のスマホを取り出した。
流石は転校生というべきか、不気味なやつだがもうクラスのグループに招待されていた。みんなコイツに興味津々なんだな。
「どうするかね。「駅に出るユーレイについて知ってる人ー」とかどうよ」
「分かった」
慎司はオレの伝えた文字を打ち込んでいく。みんな暇しているのかポポポンとすぐに既読マークが付いた。
「まさかの堀内笑」
「堀内くん、そんなこと気になってるの?」
「意外すぎる」
「やめとけよ、不謹慎だろ笑」
「出た、不謹慎厨」
いくつかすぐに付いたコメントは、いずれもユーレイについて尋ねる転校生を愉快に思う奴らばかりだった。
「こういうの勇気が好きそう」
「あいつ夏休み前に体崩してたけど大丈夫なんか?」
やがてオレの名前も出てきた。
そうだった。夏休み前に体調を崩してそのままダラダラ休みを満喫していたんだった。
「オレも一緒だって言えよ」
「勇気、も、一緒、だ」
突然出た自分の名前に内心嬉しく思いながら慎司にそうコメントさせると、またすぐに返信が来る。
「さすが勇気」
「転校生ふりまわすなよ笑」
「まだしばらく関連の高い返信は来そうにねーな。駅員のおっちゃんに聞いてみるか!」
「は?……やめとけって、迷惑だろ」
「大丈夫だって!」
おっちゃんは小さな駅長室でくつろいでいる。
「こんちは!」
「こんにちは」
2人で声を掛ける。おっちゃんは顔を上げた。
「こんにちは。どうしたの?」
慎司は人見知りなのか、オレの真後ろに隠れてしまった。
「なあおっちゃん、この辺に出るユーレイの話知ってるか?」
そう問うとおっちゃんは一瞬怪訝な顔をした。
「オレたちユーレイについて調べてんだけど」
ここぞとばかりに畳み掛ける。
おっちゃんは顔を引きつらせる。
「な、なんだ!? 大人をからかっていないで早く帰りなさい!」
「え、ちょっと」
おっちゃんは妙に声を荒げて駅長室の窓を閉めた。
「なんだありゃ……よほど聞かれて困ることだったんかね」
「さぁね」
何も得られなかったというのに、慎司はクツクツと笑った。本当に気味の悪い奴だ。
オレたちは3本目のアイスを買うか迷った結果、クーラーの効いた待合室に行くことにした。ここはテレビがついていて騒がしい。ユーレイとは会えなさそうだが仕方ない。
慎司のスマホは鳴りっぱなしだった。
見てみると、あれからかなりのコメントが付いていて、関連のアリそうなものもちらほら。
実際にユーレイに話しかけられたという他のクラスの奴や、他校の奴らなんかも招待されて会話に加わっていた。
「ユーレイは男らしい」
「2組の男子が5日前に声掛けられたって」
「バスケ部の部長も声掛けられたってよ」
「こないだ駅にパトカー来てたじゃん」
「ずっと不審者出てたじゃん!それじゃね?」
オレたちは顔を見合わせ、有力かと思える情報提供者と個別にコンタクトを取る。なんだか探偵にでもなった気分だ。思ったよりも情報が集まった。
1、ここ数ヶ月の間に不審者が出没したという情報が多数寄せられていた
2、不審者は黒い帽子、黒い服、黒いサングラスを身に着けていて性別は不明
3、不審者の目撃情報は8月20日を堺にピタリと止んでいる
4、8月22日、ユーレイの目撃はこの日から始まる
5、ユーレイは男の声で「お前じゃない」と去っていく
6、不審者、ユーレイ共に目撃情報は白石公園前駅に集中している
「これ……不審者が駅の近くで死んで化けて出てんじゃねーの」
「……かもな」
死んでまで変態じみた声掛けしてるんだろうか。哀れな奴め。
ユーレイは5日前から出始めた。少なくとも、それより前に声を掛けられた奴はいない。
そう、声掛け。声を掛けられた奴は全員「お前じゃない」と言われている。ユーレイは誰かを探しているのだ。誰か、オレらくらいの年齢の誰かを。おそらく、声を掛けて顔を確認しているのだ。
顔見知りの、誰かを探している?
「ギャアアアッ」
遠くの方で悲鳴が聞こえ、思考が遮断された。
「誰か! 誰か来てくれ!」
ひどく慌てているようだ。
「行ってみよう」
そう言おうとした時、隣からチッと舌打ちが聞こえた。
バッと振り返ると慎司が何でもないようにニッコリと首を振る。
「行かないほうが、良いよ」
その笑顔に背筋が冷たくなるのを感じる。なんだ、この感じ。
自分の中に湧いた慎司への些細な恐怖心は、ただ単に状況とは不釣り合いな笑顔によるものなのだろうか。
その瞬間、体が警鐘を鳴らすかのように震え始める。何故だが分からないが、こいつがとても恐ろしく思えてきたのだ。
「あーあ。気付いちゃった?」
「こっち来んな!」
気付いた?なにに。オレは何に気付いたというのか。
もう外は暗くなり始めている。
パトカーのサイレンが近付いてくる。やはりさっきの叫び声は何か大変な事が起きたんだ。まさか、ユーレイの死体が?
顔を上げると、慎司はニタリと音がしそうなほど口を横に開けていた。
いくら学校で会ったことがないからって、何故名前を覚えていないのか。よく考えれば連絡を取った記憶もない。どうして駅で一緒にアイスを食べていたのか。こいつ、血の通った人間の色してねーじゃん。
「慎司……お前はオレを探していたのか」
「……は?ああ、そういうこと」
慎司は一瞬言葉を詰まらせて、また嬉しそうに笑った。
「何がおかしいんだよ! さっさと成仏しろ。成仏しろよ!」
「落ち着けよ」
慎司は笑みを絶やさずゆっくりと近付いてくる。喉の奥からヒッと音がした。
「速報です」
待合室のテレビに映ったのは今まさしく自分たちがいるこの駅だった。
「白石公園前駅のトイレで男子高校生の遺体が発見されました」
ハッとして慎司を見る。
「そうだよ。慎司……お前はもう死んで」
「遺体は清原勇気さん17才と見られており、死後一週間程度が経過しているものと見られます」
「ーーーーは」
オレの口からは乾いた音が出るだけだった。オレの、死体? 死んだのは、オレ?
「そうだよ。死んだんだよ、お前」
慎司は先程までの不気味な笑みを潜めて真剣な顔をしていた。
「オレは元からユーレイだの何だのが視える。だから今日この駅に来た時に、お前は波長の合ったオレに憑いてきてしまった。できれば穏やかに成仏してほしいって思って、お前の自由研究に付き合ったんだ」
そんなことがあるのか。まだ死んだ実感はない。オレは一週間も彷徨っていたのか。
「……殺された時のこと、何か思い出せたか?」
「いや、何も……」
「そうか、お前は例の不審者に殺された。だけどソイツももう捕まった。安心して成仏すると良い」
慎司はとても優しい笑顔でそう言うと、お札のような物を差し出してきた。
「これで楽に成仏できる。さあ」
「慎司、サンキュー。もうここはオレのいる場所じゃないんだな。オレ、いくよ」
慎司は微笑んだまま頷き、オレは自分の意識が遠退くのを感じる。短い間だったけど、オレはお前の友達1号だからな。
「フー。危ねえ危ねえ」
勇気が成仏するのを見届けると、オレはため息を吐き出した。
「清原さんは何らかの事件に巻き込まれたと見られていますが、犯人はまだ見付かっておりません」
「おい、バカバカ。戻ってきたらどーすんのよ」
速報を流し続けるテレビに向かってそう言うと、置いてあるリモコンでチャンネルを変えた。
幼少期から霊と話せた。人間はオレを気味悪がって遠避けるが、何故だが霊は俺の隣が居心地良いらしい。
いつからだったろうか。「自分で生み出した幽霊とは友達になれるかな」と考え出したのは。
誰にしようか。ずっと伺っていた。こちらへの引っ越しが決まり、この駅なら人も少なく同年代の人間も多い。駅で物色を始めた。不審者の噂は立ったが、誰もオレだとは気付かなかった。
ついに、平日は塾に通うためこの駅を利用しているあいつにしようと決めたものの数日姿を見せず難航した。体調を崩していたんだな。
やっと駅に現れ実行したものの、また彼は姿を消した。失敗に終わったかとも思った。
まさに青天の霹靂だった。
前に住んでいたところに所用で出掛けて帰ってきた所だった。駅で鉢合わせた。
「お前だな」
と、言われたときは正直こっちも幽霊になるかと思ったが、彼はオレの顔を見て全てを思い出した衝撃で、今度は何もかも忘れてくれた。お陰で「自分で生み出した幽霊とでも友達になれる」と分かった。
「このお札、効くんだな」
両親が心配してどこかの寺で貰ってきた物らしい。効果は抜群だった。
いやあ、危なかった。勇気が全てを思い出してしまう前に成仏させることが出来て本当に良かった。
「中々スリルだった」
ひとりでに笑いが込み上げてくる。
あいつは「自由研究」と言っていたな。
「ふふ。さあて、次の自由研究のテーマでも考えよう」
オレは足取りも軽く、意気揚々と家路を急いだ。
お読み頂きありがとうございました。
こちらの作品は夏のホラー2020に参加したくて書いてみました。間に合ったのだろうか。時間過ぎても色々いじっちゃったので間に合ったか微妙です笑。
ホラー……ホラーに、なっているか、ものすごく、不安ではありますが、楽しんで頂ければ幸いです。
評価やコメント、気が向いたらぜひ♡喜びます|ω•` )