天ヶ瀬戦 準備
家に着いて、自分の部屋に入り、いつもの場所にカバンを置いた。
椅子に腰掛け、一息つく。
なし崩しみたいな感じになってしまったが、このまま天ヶ瀬を放っておくのはあまりにも危険すぎる。
「けど、どうすりゃいいのか。」
背もたれに体を預け、物思いにふける。
彼女の危険な所は、トドメを刺す、殺すなどという危険発言だけではない。
今日からとはいえ、彼氏の忠告を一蹴する程の決意、覚悟。
本当にトドメを刺すことも、俺の為であれば厭わない筈。
「……ん?俺の為であれば……?」
そうか、これだ!これしかない!
この方法なら、彼女を止める事が出来るかも知れない!
試して見る価値はある!
俺は明日の天ヶ瀬戦に向けて、早めの就寝を取る事にした。
「ーーー寝れん。」
ー翌日。
「行ってきます!」
台所で家事をする母親に声を掛け、玄関を開けた。
そこにはーーー。
「おはようございます、先輩!」
天ヶ瀬がいた。
え、なんで俺の家をご存知で?
まさか、これが世に言うストーカーというやつでは? 嫌、怖い。
じゃなくて。
「天ヶ瀬、なんで……ここに?」
俺の問いとほぼ同時に
「先輩と一緒に学校に行く為に決まっています。私達、付き合ってるんですから。」
うん、そうだね。でもチガウヨ?
「いや、俺が聞きたいのはそういう……。」
言い終わるが前に、天ヶ瀬は俺の手を引いて歩き出す。
「今日、私達のクラスに転校生が来るらしいんですよ。」
流石。天ヶ瀬は何でも知ってるな。若干怖いが。
「そうなんだ。誰か聞いてるの?」
「はい。確か、刈谷詩穂っていう方でしたね。」
刈谷詩穂……何処かで聞いたことがあったような名前だな。どこだっけ?
「いつも歩いている道も、天ヶ瀬と歩いていると違った景色に見えるから不思議だよな。」
そう言って天ヶ瀬を見ると、天ヶ瀬は俯いていた。
「何で先輩は、そんな歯の浮くような言葉を平気で言えるんですか……。」
俯きながら天ヶ瀬がそう呟く。
あぁ、照れてくれたのか。
「ごめんな、無意識なんだよ。」
「……ずるいです。」
赤くなりながら俯く天ヶ瀬はやはり普通の女子高校生なんだ。あれさえ
なければ。
「でも、もう6月になるのに転校生ねぇ。何かあったのか。」
「分かりませんが、暖かく迎え入れないと、クラスの中で浮いてしまいます。」
確かに、時期が少しズレちまってるからなぁ。
とかなんとか話しているうちに学校に着いてしまった。 話し相手がいるとこうも早いもんなのか。
「じゃあ、また後でな!」
「はい!」
俺達はそれぞれ、上履きに履き替え、教室へ向かった。
「おい、田崎!」
後ろから突然声をかけられ飛び退く俺。
そこには昨日、天ヶ瀬から強烈なハイキックを食らった田原がいた。
「そんなにビビる事かよ。」
相変わらずの目つきで俺を見てくるた田原。
体格はデカく、筋肉も凄い。厳つい顔つきで、喧嘩もめっぽう強い為、皆から恐れられている。
身長も180センチとデカイため、威圧感が半端ない。
「な、何だよ、何か用か?」
俺は後退りしながらそう言うと
「昨日の事、今までの事、全部!済まなかった!」
田原が頭を下げて、何と謝罪してきたのだ。
え、何いきなり、怖い。
「どうしたんだよ、田原。いきなり。」
俺が声をかけると田原が震えながらこう言った。
「実はあの日の夜、天ヶ瀬から呼ばれて、田崎に謝罪しろって言われて、断ったらボコボコにされて……。」
どおりで体中にアザが出来てる訳だ。
いくらなんでもこりゃ、やり過ぎだ。
「田原自体の意思はどうなんだよ。」
俺の思いがけぬ意見に田原は一瞬ポカンとしたが
「天ヶ瀬にやられて気付いた。自分も同じ事を田崎にしていたんだって……。」
そうか……。
まぁ、俺はこいつから長い間、殴られ、蹴られ、虫を喰わされ、便器に顔を突っ込まされて、散々イジメられてきた。
だから、痛い程コイツの気持ちが……………わかるわけねぇだろぉ!
足りないわ、アホ!ちょい蹴られただけじゃねーか!
とは言えないのが、いじめられっ子。
「大変だったな。で、天ヶ瀬は何か他にも言ってたか?」
ズタボロ田原に問いかける。
「うーん、後は…………この事チクッたら殺すって……。」
訪れる沈黙。 何もかもが手遅れだった。
………………………田原、お前、馬鹿なの?
俺はふと廊下の角に目をやると、凄まじい眼光の天ヶ瀬が覗いていた。
が、俺と目が合うや否や、ササッと隠れてしまった。
「田原、今日はダッシュで帰れ。」
俺はそれだけ言い残し、教室へ向かった。