天ヶ瀬とデート!
俺は何て愚かなんだ……………。
気が付けばもう、7月も半ばじゃないか!
あと一週間もしない内に夏休みが来てしまう!
そうなれば、この事件は曖昧になり、石原派の奴等を自由にさせてしまう事になる。
しかし、今日、明日と学校は休み。
俺には何も出来る事は無かった……。
そんな時だったーーー。
♪♪〜〜♪♪
スマホの着信音が俺の部屋に鳴り響く。
「うぉう!びっくりしたぁ!………誰だ?」
スマホの画面には天ヶ瀬の名前。
………取り敢えず、出てみるか。
「もしもし。天ヶ瀬、どうした?」
『先輩、おはようございます!急にすみません! 今、お時間ありますか?』
「あぁ、大丈夫だけど。」
『よかった! 先輩、今からデートしませんか!?』
……………………。
おやおや、俺の耳は耳垢で詰まりまくってるようだ。今度、耳鼻科に行こう、そうしよう!
ーーーーーーじゃなくてー!!!
今、デートって言った!?
えぇと、【デートとは、親しい男女が日付を決めて会う事。】
『…………先輩? 迷惑……でしたか?』
「迷惑なんて、滅相もござんせん!今からでよかですか?」
『……言葉遣いが訳わからなくなってますよ(笑) 近くにのんほいランドってあるじゃないですか、あそこに行きましょう!』
【のんほいランド】……それは動物園、遊園地、植物園、そして何故かサーキットコースのある名前の割に規模のでかいテーマパークなのだ!
「わかった、今から行く。何処にいけばいい?」
『豊橋駅から送迎バスが出ているそうなので、駅前の噴水広場で待ち合わせで良いですか?』
「おっけ、すぐ行く!じゃっ!」
俺はスマホの通話を切ると直ぐ様着替えを済まして一階に降りる。
「あら、キョウちゃん、お出かけ?」
母親はキッチンで洗い物をしていた。
「あ、うん。ちょっと友達とのんほいランドまで。」
俺の言葉に母は時計を見る。
「まだ……7時よ? 確かのんほいランドって9時開園じゃなかった?」
「どっかで時間潰すよ。じゃあ、行ってくる!」
俺は母親にそう言い残し、玄関に向かう。
「キョウちゃん、待って! これ。」
母親は自分の財布から一万円札を二枚差し出してくる。
「マリアちゃんでしょ、相手。これで何か買ってあげなさい! 私が出したなんて言っちゃ駄目だからね!!」
母親はニッコリ微笑んで渡してくれた。
昔から本当に優しい母親だ。
「ありがとうございます!いってきます!」
俺は母に礼を言い、家を飛び出した。
「あの子も恋する年になったのね……。」
母親【優子】の言葉は彊兵に届かなかったが、想いは届いているに違いないだろう。
以上、ナレーションでした。
「まずは電車で豊橋まで行かないと……。」
最寄り駅の東新町駅まで徒歩3分。
何て駅近物件なんだ。
昨日のどんよりとした曇り空は嘘のように晴れ渡り、太陽はアスファルトを容赦なく照りつけ、うっすらと汗ばむような気温まで上がっていた。
「良かった、もう着いた。」
この暑さだ、すぐにバテてしまう。 駅前に設置されている自販機で天ヶ瀬と自分の分のお茶を買い、電車を待つ。
なんせ田舎なもんだから、電車は30分〜1時間に一本というローカル線なのだ。
ただ、家を出た時間が丁度良かった。 電車はすぐにやって来た。
ここから豊橋駅まで30分程の鈍行列車。
座席には殆ど人は居らず、4 人掛けのシートにゆったり座れた。
このあたりから三河一宮駅くらいまでは田んぼや畑が並び、田舎丸出しの風景が続くが、それがまた風情があっていい。
今思うと天ヶ瀬とは家が近いんだから、一緒に行きたかったな。
電車は新城駅に着く。
すると、後ろからコツコツと歩いてくる足音が。
ーーー駅員の切符拝見かな。
この時間は無人駅が多く、時々駅員が切符を切りに来るのだ。
「おはようございます!先輩!」
声をかけてきたのは駅員ではなく、天ヶ瀬だった。
白いワンピースに金のネックレス、白のヒール。そして、麦わら帽子と、緑色に輝くネックレス。
何という清純派コーデ! 萌え殺す気ですか!?
「…………可愛い………。」
ーーーはっ!何言ってんだ俺は!
「あ、ありがとうございます!うれしいです!」
素直に喜んでもらえたようだ。
「あ、そういえば、これ!」
俺はバッグから冷たいお茶を出すと天ケ瀬に手渡した。
「ふふっ!実はですね、これを見てください!」
天ヶ瀬がバッグから取り出したのは、全く同じ冷たいお茶だった!
「まさかの一致!でも、変えっこしようよ!」
俺達はそんな他愛もない事を話しながら豊橋駅に向かっていった。
「たまには息抜きしないと、つかれちゃいます。」
天ヶ瀬は学校での事を言っているんだろう。
確かに最近はドタバタし過ぎていて、自分の時間が作りにくかった。
「天ヶ瀬、今日は楽しもうな!」
「はいっ!!」
そうこうしているうちに電車は豊橋駅に到着した。 俺達は送迎バスの停留所に向かう。
「あと10分だってさ。」
時刻表を見てきた俺の目に飛び込んできたのは、天ヶ瀬と…………刈谷だった。
「刈谷、なんで………。」
「私ものんほいランドに行くとこなんです。」
「一人でか、中々に寂しいな……。」
「ほっといて下さい!」
俺の言葉に怒りを顕にする刈谷。 こいつ、何企んでんだ?
「刈谷、わりぃけど今日は天ヶ瀬とデートなんだ、邪魔だけはしてくれるなよ?」
「…………………………。」
ーーー無視かよ!!
そうこうしているうちに送迎バスが到着する。
俺達はそれぞれ乗り込むと、のんほいランドまで、それぞれ好きな時間を過ごしていた。
ーーーーーー。
ーーー。
ー。
「のんほいランド、到着!」
天ヶ瀬は結構浮かれているようだ。この日をとても楽しみにしていたのだろう。
「行きましょう、先輩!」
俺の手をグイグイ引き、動物園へと向かう天ヶ瀬。
「天ヶ瀬はどんな動物が好きなんだ?」
「う〜ん、のんほいランドの中でなら、キリンですかね! アジアゾウも可愛いですよね!」
天ヶ瀬は瞳をキラキラさせながら辺りを見回している。
「じゃあ、この位置からならアジアゾウが一番近いみたいだから、見に行くか?」
「行きます、行きます!」
俺達は入り口でもらった案内マップを見ながら歩いていく。 何故か刈谷も付いてくるが、今回は無視を決め込む事にした。
「おぉーーーーーー!ゾウさん、ゾウさーん!」
天ヶ瀬はまるで遠足に来た小学生のようにはしゃいでいる。
その時だった。
ゾウが鼻で土を掴み始めたのだ。 あれは…………!
俺は咄嗟に天ヶ瀬の前に回り込み、抱き寄せた。
ザザザ……………!!!
俺の体に大量の土がかかるのが分かった。
「危なかったー!………大丈夫か、マリア?」
俺の問いかけに顔を真っ赤にしながら、口をパクパクさせていた。
「急に抱き付いてごめん。ゾウって機嫌悪いと土をかけてくるから。」
「あ、ありがとうございます!本当に助かりました!で、でも、それもなんですけど………名前……。」
「ん?名前…………?……………!!」
そう、俺は咄嗟の事とはいえ、天ヶ瀬を下の名前で呼んでいたのだった……。
「ご、ごめん!嫌だったよね!」
「そ、そんな事ありません!! 出来れば……名前で呼んでほしい……です。」
お互いに顔を真っ赤にして、照れあっている俺達。
なんか最近は空気がピリピリ張り詰めていたから、こういうのんびりしたのも良いな。
「私は何を見せられているんだ?……猿でも見てこよ。」
勝手に付いてきた刈谷は一人、寂しげに猿コーナーに向かっていった。




