刈谷、再び。
彊兵は国道301号線側を浜名湖沿いに走る。
潮の香りが鼻をつく。遥か南側には浜名大橋が見える。波の音が静かに音を立てていた。
ーーー湯川姉妹達。
「見えた、蜂蜜ショップです!」
マリアが指差す先には、蜂蜜ショップが建っている。
「この先で二手に道が別れているらしいけど……。」
しばらくの後、湯川姉は運転しながら、ある事に気付く。
「嘘……。二手じゃないわ………もう一つ道があるじゃない!」
そう、この場所は瀬戸水道という流れのとても早い水道が通っており、信号によって国道と県道に別れている。
右に進むと国道301号線、左に進むと県道310号線の橋が二つ。それぞれが県道310号線で別の道を進むのだ。
「と、取りあえずこのまま国道301号線を走りましょう……。」
湯川姉はそのまま信号を右に進み、海沿いの道、国道301号線をただひたすらに車を走らせた。
すると、鷲津駅の前の広場に二人の人影が見える。
「彊兵…………んぐっ!?」
車を停車させ、駆け寄ろうとするマリアを湯川姉が止める。
『相手を見てください、刈谷さんです。何かを話しています。裏から近付きましょう!』
湯川達は遠回りしながら、駅前広場で話している二人のすぐ後ろ側の茂みに隠れる。
「なにしてんの、こんなとこで自転車なんかに乗って。」
「刈谷には関係ない事だろ。」
「関係大アリよ!!まさかキョウ君、こんなバッグ持ってるから、家出なんて事ないよね!?」
「…………。」
「何とか言いなさいよ!アンタ言ってたじゃん!マリアを守るって!その結果がコレ!?」
刈谷は彊兵の襟首を掴み上げる。
『………詩穂のヤツ!』
『いけません、今は二人にさせましょう!』
湯川姉は今にも飛び出していきそうなマリアを抑える。
「アンタの婚約者なんだから、アンタが信じてあげなくてどうすんの!!キョウ君だけなんだよ?!マリアは!!」
「今までの道から、今の道に変えてあげれたのはキョウ君だからだよ?! 毎日マリアから不安や相談のLIMEが来て、『あぁ、本気なんだな』って思った。だから私も身を引いたんだよ?」
まるでライフルから飛び出す弾丸のように次々と刈谷の言葉が溢れ出す。
「マリアの義理の父親の事も聞いてるよ。もしも、キョウ君がその事で、医師の道を諦めさせてしまったとか考えてるなら、大きな間違いだからね。 女の子にとっては自分の将来を心配してくれるのは、そりゃ嬉しいけど、それよりも『自分』を見てくれる方のがずっと嬉しいんだよ!」
「キョウ君、今アンタがしてる事は、マリアにとっては不安要素でしかないよ!」
刈谷からボロッカスに言われた彊兵はその場に崩れ落ちる。
「なんでこんな事になったか、詳しくは解らないけど、これ以上マリアを苦しめるなら、私はキョウ君でも許さないよ!」
「キョウ君、今ならまだ間に合うから、急いで家に帰りなよ。私も家族と食事行かなきゃだし(笑)」
刈谷は彊兵を立たせると笑顔でそう話しかける。
と、その時だった。
東栄の乗ったリムジンが広場前に到着する。
「見つけたよ、彊兵君!」
「何よ、東栄!邪魔する気!?」
刈谷が空手の構えを取る。
「刈谷さん、捜索願が出ている以上仕方がありません。」
「くっ………。」
「ありがとう、詩穂。行かなきゃ。」
「キョウ君………。わかった。マリア達には私から連絡しておくから。」
「では、彊兵君は、しばらく警察で預からせて頂きます。」
東栄は淡々とそう述べると彊兵を後部座席に座らせる。
「……!?マリアちゃん!?」
気が付くとマリアは、茂みから飛び出していた。
「彊兵、彊兵!なんで、なんでこんな事!」
マリアは彊兵に窓越しから問い詰めたが、程なくして、東栄の車は去っていった。
「マリア………。つか、皆いんじゃん!」
茂みからぞろぞろ出てくる皆に驚く刈谷。
「マリアちゃん!帰るよ!キョウちゃんが帰ってきた時に笑顔で迎えないと!!」
彊兵母はマリアの背中を押すと、無理やり車に押し込んだ。
「ありがとう、刈谷ちゃん!」
「いえ…………。」
彊兵母の本気の感謝にまんざらでもない刈谷だった。
皆は車に乗り込むと刈谷に手を振り別れた。
「何よ、幸せ者(笑)」
刈谷は、一人呟き、夜の街の中へ消えて行った。
「マリアちゃん、キョウちゃんがなんであんな風になったか分かる?」
不意に聞かれた言葉にマリアは言葉に詰まる。
「いえ……。」
「キョウちゃんも虐待をされていた子だったから痛みがわかるのよ。体中痣だらけだったし、顔は血だらけだったらしいわ。なかなか心を開いてくれなくて苦労したけど、やっと迎え入れるようになったの。」
「多分、自分を重ねてるんじゃないかしら。マリアちゃんが本当に幸せな道を歩いているのか不安なのよ。 自分の敷いたレールに無理矢理乗せているんじゃないかって。」
彊兵母の言うように、自分の事は話したけど、彊兵の事を詳しくは聞いていなかった。
「彼女、失格だ……。」
落ち込むマリアに彊兵母は優しく声を掛ける。
「そんな事無いわよ。誰にでも間違いはあるわ。ただ、重要なのはそれを認める事と、軌道修正する心よ。」
マリアはこの時改めて心に誓った。全身全霊をもって彊兵を幸せにすると。
ーーーーーー翌日。
落ち着いた彊兵はリビングのソファーに腰掛けるように誘導される。
「…………。」
動揺する彊兵にマリアが部屋の奥からやってくる。今一番、彊兵が顔を合わせにくい人物だった。彊兵はマリアが来るだろうと予想できたため、顔をずっと伏せていた。
「彊兵。」
マリアに声を掛けられた彊兵は恐る恐る顔を上げた。
バチーーーーーーン!!
派手な平手打ちをくらい、悶絶する彊兵。
まさかの行動に全員が絶句する。
「もう一人にしないで……!」
マリアは倒れ込んでいた彊兵を起こして抱きしめる。
「ごめん………マリア……。」
彊兵の心に、マリアの言葉は深く染み込んだのだった。




