生きたいという執着と誤解。
「見たわね、アンタ達!」
振り向くとそこには、お風呂に入った筈の母親が立っていた。
「風呂に入ると見せかけて、俺達が動くのを待っていたな……!」
俺達はジリジリと部屋の中に追い込まれて行く。
「見られてしまっては仕方ないなぁ!」
母親は俺とマリアを部屋の中に追い込むと、ガチャッと後ろ手に扉を閉める。
「くっ、一体俺たちをどうする気だ!」
「彊兵…………これは一体……お母様はどうしてしまったのですか!?」
マリアは俺の袖にしがみついている。さすがのマリアも世話になってきた母親には手を出せないらしい。
「フハハハ!見られてしまっては仕方がない!ここでお前達には………!」
「FXと株やってる事教えるわねー。」
ーーーーーーーーーへ?
「FXと株………。トレーダーか…………。」
今まで全然知らなかった。だから夕方まで部屋に籠もってたり、一日中出て来なかったりしたのか……。
「わざわざノらなくていいんだよ……マリアが腰抜かしちゃっただろ……。」
「ごめんねー、マリアちゃん!私、ついやりたくなるのよ、こういう事!」
マリアには余程のショックだったのか、腰を抜かしてへたり込んでしまっていた。
「お母様が悪に手を染めていたら、私は何もできなかったですー(泣)」
『やりすぎだろ、さすがに!』
『しょうがないじゃない、可愛いんだから!』
「ごめんね、マリアちゃん。」
「も、もう大丈夫です……。」
「でも母さん、なんでまたFXや株なんて……。」
最近始めたばかりなら、そんなに稼げないと思うが……。一朝一夕で出来る事じゃないし……。
「FXや株はパパが生きていた時からやってたんだけどね、パパが死んじゃってからは本格的にやり出したのよ。」
「私がいるせいで負担かけてますよね……。」
「マリアちゃんや湯川さん姉妹がいるのは別に負担になってないわよ。正直稼げてるし。私がやりたくてやってるの。気にしないの!さ、行くよ!」
母親は俺達の背中を押しながら、リビングに向かう。
リビングには湯川さん姉妹が座っていた。
「大丈夫ですか、何かあったんですか?」
湯川姉が心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫、何でもないわよ(笑)」
と、母親は湯川姉の問いもヒラリとかわした。
母親が風呂に入っている間、テレビを見ながら時間を潰していた。と、いきなり。
「決まりました!」
奈緒ちゃんがテーブルをバンッと叩き、立ち上がると、俺を指差す!
「彊兵先輩、デートしましょう!!」
と本当にいきなりのお誘いだった。
「どうする気?彊兵。」
あれから一旦、皆は部屋に戻り、俺とマリアは奈緒ちゃんの発言について話していた。
「行かないよ。俺はマリアの婚約者だから。」
「そうか、ありがと!彊兵!」
マリアは笑顔で喜んでいた。
「マリア、ずっと聞きたかったんだけど……いいかな。」
「……?はい。」
「ロッジ旅行の時に『私の両親は医師です。父は脳神経外科医。母は内科の医師です。私も医師の道を目指していましたが、彊兵といる為に、その道は捨てました。』て言ってたけど、お父さんとお母さんは生きてるの?義理の父親は?」
マリアは確かにあの時、現在進行形で、「です。」と言っていた。『でした。』ではなく。
「あの時は、皆さんに義理の父親の事を知られたくはありませんでした。だから生きている事にしました。 父も母も前に行った通りの医師でしたが、父は交通事故で亡くなりました。 その後、義理の父親と母親は再婚しましたが、ある時、私に対する性的暴行を目撃してから、私を虐待するようになり、やがて離婚しました。 私は虐待で殺されるくらいなら、まだ性的暴行でも生きていられる道を選んだ。 でも、どっちを選んでも地獄である事に変わりはありません。」
そういう事だったのか……。母親は義理の父親を失う事を恐れ、腹いせにマリアを虐待していたという事か。
「離婚した理由は、義理の父親が本気で私を愛し始めてしまったから、母親と別れたのだそうです。反吐が出ます。 でも、私は医師になりたいという夢があったので、義理の父親の力を借りるしかありませんでした。 その条件が肉体の提供でした。」
まさに地獄の道を歩いてきたという訳か。
計り知れない苦しみを味わいながらも生きたいという思い。
義理の父親に身体を蝕まれてまでして掴みたかった『生』と『医師になる』という夢。
だけど、俺と出会ってその道を捨てた……。
マリアの『生きる為に歩いてきた道』を俺が無駄にしたんだ……。
『医師になる』という夢を俺が破壊したんだ。
「彊兵………?何してるの………?彊兵?!」
「………………。」
「彊兵!………彊兵!?」
マリアはバタバタと階段を降りると、彊兵母の部屋のドアを叩く。
「あら、マリアちゃん、どうしたの慌てて!」
「彊兵が、彊兵が出て行った………!」




