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奇蹟顕現/最初の聖戦

 偽りの王(グドントス)は、本性をさらけ出す。

 その口吻こうふんは深く裂け、無数の牙をさらす。側頭部には冒涜ぼうとく的な四対の羊角をたたえ、背中からは蝙蝠こうもりの羽が生じ、全身は漆黒の毛で覆われた。人のカタチを捨て黒い羊に似た怪物となった。まさに魔獣の王。悪しき獣のいただきあらわれた。


「『この姿』になるのはこれが二度目だ。一度目はこの町(シトゥビア)を滅ぼした時。だからか、力加減がまだ分からぬ……」

 グドントスは毒で動けないモーセの胸倉むなぐらを掴み、持ち上げる。

「フフフ……一撃で殺さないように注意しなければ。すぐ終わってしまってはつまらぬ」


 ────グドントスは、既に勝利を確信している。最初の「仕込み」がもののみごとに成功したものだから有頂天うちょうてんになっていた。神の戦士たちは自ら摂取した猛毒のせいで動けない。このまま放っておけば数分で死ぬ。しかし、それでは「つまらない」とドグントスは欲をかいた。つまり自らの“獣”の力で、戦士をなぶり殺してみたい、そう思ったのだ。純粋な嗜虐しぎゃく心の発露はつろだった。


 バチッ。

 グドントスがモーセを殴打する。鈍い音が響きわたった。モーセは何十mも飛んでいき、大岩に激突し、倒れた。

「弱い。弱すぎるぞ。これが『戦士』だと? わらわせる」

「よし、次はお前だ」

 グドントスはホセアも持ち上げ、今度は真上に蹴り飛ばした。ホセアは血飛沫ひしぶきを撒き散らしながら舞い、落ちた。そしてピクリとも動かなくなった。


「ほらほら、どうした? どうしたのだ? ? 」

 獣の爪が、ホセアを引っく。衣服は裂け、鮮血とともに()()あらわになる。虫の息だ。獣はそんなホセアをさらに踏みつけたり、傷口をえぐったりと痛めつけた。モーセはそんな様子を見つめながら、何とか再起をはかろうとしていた。


 ──クソッ、動け! 動くんだ俺の身体! !

 ──このままではホセアが死んでしまう! !

 ──いや、ホセアだけじゃない。いずれ俺も同じように痛めつけられ、全滅……

 嫌な想像をしてしまう。何とかしたかった。だが身体が動かない。歯痒はがゆさを噛み締めるモーセ。そんな中、獣が上機嫌で言った。


「どうするのだ。このままでは何もできず死んでしまうぞ? 一矢報いることすらできないのか? 神に助けでも求めたらどうだ? 」

 ──神に助け…………はっ、そうだ! !

 ここでモーセが思い出したのは、自身のもつ石板の戒文ちから。すなわち『神の奇蹟きせきを再現する』力。それを使えばこの状況を打開できるかもしれないとモーセは思ったのだ。


 モーセは再び、力強く大地に立った。残された力を振り絞り、杖を握りしめる。獣もそれに気付き「今さら何をするつもりだ? 」とあざけった。

 モーセは杖を振り上げ唱える。

「神よ……不遜ふそんながら、あなたのお力をお借りします。どうか……この逆境を打破する力を……」

「奇蹟よ、来たれ! 」


 すると、突然杖がまばゆい光を放ち、周囲を包み込みはじめた。

「なんだこれは! ? 」「気持ち悪い! 」

 獣はたじろぐ。さらに、猛烈もうれつな吐き気に襲われた。その光は天界から降り注ぐ光と同種のものだった。魔物にとって最も嫌悪する部類の、絶対的な「聖なる光」であった。モーセは目を覆いつつ、そのあまりの神々しさ、温かさに感動していた。そして、これほどまでの光、いったいどんな『奇蹟』が現出するのかと、期待値は高まるばかりであった。


 …………しかし。


 その光は、やがて少しずつ弱まり、消えてしまった。グドントスはあわてて自らの体調を確かめたが、身体が燃えたり、塩の柱になったわけでもなく、周囲を見渡しても硫黄は降ってこないし、雷が落ちる気配も大洪水が起こる気配もなかった。「何も起こっていない」と確信したグドントスは嘲笑を響かせた。

「はははははははははは、何も起こっていないではないか! ! 何が『神の奇蹟』だ笑わせる! 所詮しょせんハッタリか! 」


 グドントスは倒れたホセアを再び持ち上げ、今度こそ殺そうとするどい爪を突き立てた……が、そのとき。

「今だホセア! 」

 遠くから、()()()()()()モーセの声がした。グドントスは咄嗟とっさにモーセをにらみつけた…………が、その視線が突然、鈍い衝撃と激痛により揺らいだ。


 無防備になった獣の左頬に、強烈な拳骨げんこつの一撃が加えられたのだ。グドントスは転倒する。まさか! と上を向いたとき、ちょうど真横から飛んできた「杖」によって、獣はさらに殴打され、吹っ飛んだ。

 そうして無様に倒れた獣を、二人の戦士────モーセとホセアが見つめていた。二人はもう、毒に苦しんでなどいなかった。モーセが起こした『奇蹟』とは、戦士をむしばむ毒を解毒し、体力を回復させることだったのである。


 神の戦士は、完全に復活した。

 ホセアは拳を握りしめ、モーセは杖を構え、獣に迫る。起きあがった獣は苛立いらだち、ぐるぐるうなる。それでも冷静に、自身の不利は悟っていた。

「じ、実は私はニムロドに操られているのだ」

「私はカッシートの王族だ。ニムロドに国を奪われて、怪物に変えさせられてしまったのだ。私を助けてくれたらウルの町をやろう。ラガシュでも良いぞ? どうだね? 」


 獣は苦し紛れの偽証うそを吐く。戦士たちはわずかに苦悩した。『偽証』の戒文ちからは、どんな苦し紛れの嘘でも信じ込ませてしまうのだ。神も世界も騙し、現実にしてしまう力が確かにあった。だが……

「いいえ、やっぱり信じられませんね」

「そうだ。たとえ本当だとしても神の敵であることに変わりはない。残念だが倒さなくては」


 獣の嘘は、戦士たちに通じなかった。はたして二人の意志が強かったのか、グドントスがまだ能力ちからを使いこなせていなかったのか……おそらく両方であろう。

 そこで、グドントスは海に向かい命じた。

「チグリスの獣! 堕ちたユーフラテスの守護者よ! 私を守れ! 大波となり、私の敵を海底へと連れ去るのだ! 」


 すると、ずっと海で暴れていた怪物がいきなり大波を引き連れ、攻め込んできた。戦士たちは突然の事態に動揺する。そのスキに、グドントスは逃げてしまった。

「あっ、待てグドントス! 」

「大波が押し寄せてくる……どうしますかモーセさん! ? このままでは僕たち、飲み込まれてしまいますよ! ? 」

「仕方ない、逃げるぞホセア! 」

 二人は全速力で大波から離脱した。大波は一度は二人に届いたが、くるぶしを濡らせる程度に終わった。こうして、最初の“聖戦”は一発逆転勝利で幕を閉じた。




 結局、二人が新たな港町に辿り着いたのは、それから四日後のことであった。そこで二人は、シトゥビアという町など存在しないことを改めて知った。本来あの場所にあったのは長閑のどかな漁村であったが、怪物に襲われ一夜で滅んでしまったという。

 二人は滅ぼされた村民の冥福を祈りつつ、貿易船に同乗し、陸を発った。怪物の再来も警戒したが杞憂きゆうに終わり、船は本格的に紅海横断へと挑みはじめた。

 船の行き先は「クシュ」。ヘブル人の反乱軍が同盟を結んだ国である。まずは反乱軍に、それを率いるアロンに合流する、それがモーセの考えであった。


 ────およそ一週間にわたる船旅。波に揺られる七日間。その中でふと、ホセアは「日記」をつけようと思い立った。積荷の羊皮紙を拝借はいしゃくし、これまでのこと、そしてこれからのことを書きつづっていくことにしたのである……それが、死海文書『ホセアの手記』の始まりであった。

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