『偽証』の理/亡都の王
「この町をはじめに築いたアラブ系の民は、もうほとんどいないのだ」
「唯一、我々王族だけは古くからいるアラブ系でね。グムンヌグもそうだ。彼は私の従弟なのだよ」
……巨大な肉を頬張りながら。二人の旅人は王様の雑談を延々と聞かされていた。
あの後、モーセとホセアは地下牢から解放され、何故かシトゥビア王グドントスと会食することになった。
世界を救う旅をしている、という二人の旅人にグドントスは強く興味を持った。王は時折二人に問いかけ、時折自分からこうしてとりとめのない話を切り出したりを繰り返した。
そんな中モーセたちは、王の口から貴重な情報を得ることに成功した。
王曰く────現在エジプトの内戦は膠着状態にあり、反乱軍は上エジプトに複数の拠点を築き、南のクシュ国と同盟を組み王軍への抵抗を続けているという。対するパロは内戦てま荒廃した都ワセトを放棄し下エジプトのペルラメスに遷都、内戦はエジプトを二分する大戦争に発展している……という。
さらに、かつてモーセが想定した通りに、ヒッタイト国は内戦に乗じてエジプトの支配するシリアに侵攻していた。新興国アッシリアもきな臭い動きをしているらしい。また、バビロンにあの「黒い柱」が聳えてからバビロニア王国の情報がまるでないという。
このような貴重な情報をたくさん得て、さらには腹いっぱいの食事もいただき、二人は大満足で王宮を出た。結局グムンヌグ・カンドレには最後まで会えなかったが。
「いやぁ、いい町だなぁ」
「ですねぇ」
二人は上機嫌で商店へと向かった。そんな二人を窓越しに見つめ、不敵に微笑むグドントス。だがそんなこと、二人が知る由はない。
「わぁ……っ! 」
「これはすごいな」
商店についた二人は、ともに目を輝かせた。商店は賑やかだった。華やかだった。港に近いほど多量かつ多彩な商品にあふれ、活気にあふれていた。そして離れているほど暗く、後ろめたく、淫靡であった。
干し肉を買っているとき、ふと路地裏に目がいくと、上裸の娼婦がこっちこっちと手招きしていた。二人は、こんな素晴らしい街にも堕落した側面があるにはあるのだなと残念に感じた。とはいえ神罰級の大淫都ほどではないが。
やがて、あらかた買い物も終え、荷物が重くなったことに嬉しさを抱きつつ、二人は港へと急いだ。できれば今日中にエジプトに行けたらな、とか思っていた。
────しかし、そんな二人に「獣」は、容赦なく牙を剥いた。
「……えっ? 」
「なんだ、これは」
港に辿り着いた二人は、目の前に広がる信じがたい光景に絶句した。
港にあった船は全て竜骨を破壊され半沈していた。船として使いものにならなくされていた。それだけでも驚くべき出来事だったが、二人はさらに沖合いで、巨大な水棲魔獣が暴れまわっている様を見た。
「モーセさん! 後ろを見てください! ! 」
ホセアが叫んだ。モーセが振り向くと、何とついさっきまで確かにあったはずのシトゥビアの町が消えていた。ただ果てしなく廃墟が広がっていたのだ。そこで二人は今し方買った食料や日用品も調べた。すると全て石や土くれ、木片に変わっていた。
「どうなってるんだ……? 」
「街も、買ったものも、何もかも変わってやがる。全部幻だったってのか? 」
混乱する二人。そのとき、ふとホセアは嫌なことを思い出した。
「そういえばモーセさん、僕たちさっき王宮で、腹一杯食事をいただきましたよね? じゃああれは一体……」
まさか、と思う二人。だが時既に遅し。二人は唐突な吐き気に襲われ、この日口にしたものを全部吐き出した。すると出てきたのは(噛み砕かれ分かり辛くなっていたが)大量の毒キノコ、毒草、毒虫、腐敗した動物の死骸、汚物だった。それを見てさらに気分が悪くなり、また吐く。今度の吐瀉物は血で赤く染まっていた。さらに全身が痺れ出し、腹痛、頭痛、呼吸困難……、あらゆる症状が二人に襲いかかった。
腹を抱え苦しむモーセ。ふとホセアのほうを見ると、ホセアは苦痛のあまり意識を失い、毒に冒され痙攣していた。危険な状態だ。何とかしたいモーセだったが、そもそもモーセ自身まともに動けなかった。
「何が起こっているんだ…………! ? 」
苦痛のなか呟くモーセ────そのとき、遠くから“返答”が聞こえてきた。
「なに、君たちは真実を知っただけさ」
「厳密には、私の『偽証』に騙された、世界の成れの果てを、ね」
……聞いたことのある声だった。ついさっき聞いた声だった。モーセは歯軋りした。「敵」にまんまと騙された自分を恥じた。
「それより見てみなさい、あの立派な海獣を。曰く、メソポタミアの双河に棲まう神獣の成れの果てなんだそうだ。『ニムロド様』からいただいた、私のお気に入りさ」
男が、語りながらやってくる。ついさっきと同じようにカツン、カツンと靴音を響かせやってくる。
「君たちがここにくる筈だと『ニムロド様』から教えられた私は、待っていたのだ。本来の港を滅ぼし、私の『偽証』で、君たちが滞在したくなるような立派な街を生み出した」
「私の『偽証』はあらゆる現実を侵食し、歪ませられる。人どころか神も世界も騙せる偽証、常識の隠蔽だ……荒野を街といえば街になり、泥さえ美味な料理に変える。わざわざ個別に嘘を吐かなくていい。世界に嘘を語りかけるだけで、世界自ら嘘の世界を演じてくれる……いやぁまったく、実に素晴らしいチカラだよ」
そう言って“グドントス”は、這いつくばるモーセらを覗き見た。その目は鮮血のように赤い。これぞ闇の眷属の象徴。かの魔王と同じ、地獄を観測する邪眼だった。
そのまま、グドントスは告げた。
「【汝、其の隣人に偽りを証言してはならない】────否。【汝、偽証すべき】である」
「改めて、ごきげんよう戦士諸君。私はグドントス。『偽証』を司りし戒獣、偶像遣いのグドントスだ」
「ニムロド様の目指す〈理想〉に、貴様等は邪魔だ。ここで死んでもらうとしよう」
グドントスの身体が変形していく。「殺す」ための形態、獣のカタチになっていく。ぼやける視線の先に怪物を見て、モーセは拳を握りしめた。