ばあちゃんはヒーロー
その声に一同、静かになる。
振り向くとそこにいたのは、ばあちゃんだった。
『まっこち、やぜろしか!』
『ば…あちゃん……』
ばあちゃんは右手で杖をつき、左に知らない男の人を伴ってゆっくりと歩いてオレ達の前へと来る。
『水希、楓。ばあちゃん、腰をわるーしてしまって、来んのが遅うなったとよ』
ばあちゃんはオレ達を連れて祭壇にいる両親の前まで行き、線香をあげた。花など、ほんの気持ち程度しか飾られていないし、質素だった。
ばあちゃんの目から一筋の涙が頬を伝う。
そっか……。オレには父さんだけど、ばあちゃんは大事な息子を亡くしたんだ。ばあちゃんだって辛いよな。
ばあちゃんはすぐに涙を拭き取ると、静かに、でも通る声で話した。
『洋樹、小百合さん、こん子らは私が育てる。心配せんでもよかよ。それに私は洋樹を信じてる、そげんなこつする子やなか』
その言葉にオレは堪えていた涙がとめどなく出てくる。
オレと楓のことを引き取ると言ってくれたことも嬉しかったが、ばあちゃんも、父さんのことを横領なんかする人じゃないと思っていてくれていたことが本当に嬉しかった。
『のさんかったね。もう心配せんでもよか。ばあちゃんと一緒にもどっど』
わんわん泣くオレにつられて、楓も泣きだした。ばあちゃんは、そんなオレ達を服が濡れるのも構わず、抱きしめてくれたんだ。
『信じるって? そりゃ、自分の息子だから信じたいのはわかるけど、あんな大それことをして、こっちはいい迷惑よ!』
『そうだ、俺達には一切関係ない。連れていくなら勝手に連れていけ! 二度と俺達の前に姿を見せるなよ! 迷惑料として金をもらいたいほどだ』
伯父や叔母達が今度は、ばあちゃんに標的を変えたようだ。
『ばあ…ちゃ……』
不安な顔をするオレに、ばあちゃんは優しく微笑むと、臆することなく親戚達を睨みつけた。その姿は、凛としてカッコいい。
『あんたらは今までどこを見てたと? 洋樹や小百合さんの何を見てたとね! 考えればわかろうもんを。ましてや、水希達に言っていい言葉じゃなかよ!』
『何よ! 本当のことじゃない!』
『なんだ? 善人ぶるのか!?』
『……何を言っても無駄やね。いずれ、わかる。お前らが間違っとる。そん時はもう遅かよ』
ふぅーとため息をついたばあちゃんに、一緒に来た男の人が間に入った。
『先生、ここは私が……』
『あとんこと頼む。火葬場には私ら三人で行く』
『まかせてください。今後、水希君達に関わらないように手配します』
その男の人と話した後、ばあちゃんはオレ達を連れて葬儀場を去った。
あの男の人は、教師だったばあちゃんの元教え子だということを車の中で聞いた。東京で弁護士をしていて、あとの処理を引き受けてくれたんだ。
そしてオレと楓は、ばあちゃんの家で一緒に暮らすことになったんだ。
ばあちゃんの住む田舎には、夏休みに何度か遊びに来たことがあり、都会とは違うけど、田舎には田舎の良いところがあって、オレは大好きだったからすんなりと受け入れられた。
もちろん、父さんのことで何か言ってくる人もいたにはいたが、ばあちゃん家の周りのご近所さんは、オレと楓のことを心配し気にもかけてくれて、絡んでくる人をおっぱらってくれた。
ちょくちょく『どげんね?』と、お菓子や果物などを持ってきてくれたり、普通に挨拶して接してくれることが凄く嬉しかったんだ。
そして――それから暫くして、父さんの横領は嘘だったことがわかった。
横領していたのは、社員で重役でもある社長の息子だった。使い込みをしていたが、バレそうになったため苦肉の策で、亡くなった父親に罪をなすりつけたのだ。
父親を調べても金の流れが掴めないため、周辺を調べて発覚したことだった。
そこからだ。また人の見る目が変わったのは。
そのことが明るみに出てから、犯罪者の子とまで言っていた伯父と叔母から、すぐに電話が来た。あの時はどうかしてたんだ。自分達と暮らさないか? と言ってきた。
もちろん、オレは断った。
弁護士さんから何か言ってきても関わらなくていいと聞いていたし、金が欲しいんだとすぐにわかったからだ。
どうせ何かあったら捨てる人達だ。そんな人を信じられるわけがない。あの時の顔は一生忘れない。
だから、ばあちゃんはオレ達を救ってくれたヒーローなんだ。
あの、やぜろしかという言葉は、うるさいという方言だ。
田舎に来てその意味を知ると、楓とヒーローゴッコ遊びをした。
腰に手をあて、大声で『やぜろしかね!!』と言うだけだったが、こっちに来てなれない環境で塞ぎこんでいた楓だったが、これをすると『やぜろしか、やぜろしか』と一緒に言いながら、ばあちゃんも交えて大笑いしたんだ。
ばあちゃんは、オレ達に笑顔と元気をくれたんだ。
そんなばあちゃんも二年前、ちょうどオレが大学受験間近の時に倒れてしまい、緊急入院となった。その三日後、父さん達の元へと逝った。あっという間のことだった。
大学受験をする気力もなくなり、バイトをしながら楓と暮らすことを決めた。父さんが残してくれた金もあるし、ばあちゃんがくれた家もある。
家事は、ばあちゃんから教えてもらったので一通りのことはできる。料理は同じ年の男と比べるとかなり出来るだろう。たぶんこういう時のために、ばあちゃんはオレに教えてくれたのだろうと、亡くなってから気づいた。
結局、大学受験はせず、バイトのまま今を過ごしている。
バイトは、自転車15分で行ける地域密着スーパー村田だ。市内に数店舗ある。
社長が、これもまたばあちゃんの元教え子で、オレの家庭のことをよく知っているから、楓の学校の時間に合わせてバイトの日にちや時間を調整してくれるんだ。とても良い職場だ。
社長が、バイトじゃなく社員にならないか? と言ってくれるので、来年、もしくは楓が高校生になるのを機に正社員の試験を受ける気でいる。
「ばあちゃんと暮らせて幸せだった。楽しかったよ」
写真のばあちゃんに微笑んで、そっと写真立てを元の場所へと戻した。
台所へ戻ると、楓はご飯を先に食べていた。オレの茶碗にもご飯をよそってくれている。
向かいに座り「いただきます」と言って、オレも朝飯を食べはじめる。
朝食を食べたことで、血が巡ってきたのか、ぼーっとしていた楓の顔が変わってきた。
兄のオレが言うのもなんだけど、楓はめっちゃ可愛い顔をしている。パーツのバランスも良く、くりくりとした薄茶色の大きな瞳。その瞳が興奮したりするとキラキラ輝くんだよ。
今は寝起きなので結んでいないが、ここ最近は黒くて長い髪をツインテールにしている。似合っているが、調子に乗るので本人には言う気はない。年を追うごとに母さんに似てきた。
ただな……、母さんと違うことがある。
料理好きな母さんだったが、楓の料理の腕は……壊滅的だ。
本を見て、ちゃんと分量を計りながら作っても、なぜか違う料理になるのだ。美味しくできればいいが、見た目も味も不味い。あのばあちゃんでさえ、匙を投げたくらい。だからオレに料理を教えたんだよ。
幼い頃は気が弱く、おどおどしていた楓だったが、今では負けん気が強くなり、運動神経は抜群で、どのスポーツでもそつなくこなす。
背が低いのを気にしてなのかバスケ部に入ったが、背はほとんど伸びなかった。でもまだ諦めないようで、家でもご飯の時、牛乳を飲んでいる。
バスケ部で活躍していた楓だったが、何を思ったのか今年になって、バスケ部から美術部へと鞍替えしたのには驚いた。なんでも美術に目覚めたらしい。
だが……これも料理と同じ、壊滅的なのだ。
方言は完全ではなく、読みやすいように書いています。
まっこち やぜろしか → ほんと うるさい
のさん → つらい
もどっど → 帰ろう