やぜろしか
「うおっ!? いい天気だな! まさか晴れるとは思わなかった」
朝目覚めて静かに布団から出る。自室のカーテンを開けると、目に飛び込んできたのは、とても綺麗な青空だった。
昨日のテレビでは、気象予報士が朝から雨が降ると言っていたのに、真っ青な空に白い雲が浮かんでいる。
梅雨入りしてから雨が降る日が多く、降らない日でも曇りばかりだったから、久しぶりの晴れ間に心が踊った。
「オレの誕生日に晴れるなんて。天気予報ハズレたな。まあ、オレにしてみれば、洗濯物が干せるから嬉しいんだけど」
急いで洗面所に行き、洗濯機のスイッチを入れる。
梅雨の晴れ間は有効に使わないとな。そう思いながら、今度は朝食兼弁当の支度にとりかかった。
台所の窓からも空が見える。心が踊るのは洗濯が外に干せるからで、雨が嫌いなわけではない。
雨――水は大好きだ。
ヤカンからピーッと音がなり、お湯が沸騰したことを教えてくれる。
タイマーで炊き上がっている米をよそい、ご飯を盛った。
「……ぉは」
「おはよう」
妹の楓が、パジャマ姿で目を擦りながら起きてきた。
「お前、遅くまでテスト勉強してたのか。飯、まだ食わないだろ?」
「ん、あとで……」
楓はダイニングテーブルの椅子に座って、目をしばしばさせてぼーっとしてる。それを放っておき、ご飯と湯呑みを小さいお盆の上に置くと、オレは床の間へ行く。
そこには仏壇があり、両親が二人で映っている写真の横に、オレが生まれる前に亡くなってしまったじいちゃんと、大好きだったばあちゃんの写真が飾ってある。
おはようと声をかけながら線香をあげ、ばあちゃんの写真立てを手に取った。
ばあちゃんは青い傘をさし、雨と紫陽花を背景に、とてもいい笑顔で笑っている。
「ばあちゃん……」
ポツリと呟いた言葉に、いつもの返事『なんね? 水希』がないのが辛い。
ばあちゃんは、オレと楓にとってヒーローだ。
オレはもともと東京に住んでいて、父さんと母さん、かえでの四人で暮らしていた。
今の楓と同じ歳、オレが14歳、楓8歳の時だった。両親が車の事故で亡くなったのは……。
オレと楓は家で留守番をしていた為、事故には巻き込まれなかった。子供のオレはよくわからないままの状態で、都内に住んでいた母さんの兄と妹が家にやって来て葬儀の準備などしてくれた。
オレは、ママ~っと泣いて母親を探す楓をあやすのに一生懸命で、泣くに泣けずただひたすら時間を過ごしていた。
『ねぇ、水希と楓はどうする? 兄さんとこで面倒見てくれない?』
夜、楓を寝かしつけた後、喉が乾いたので水を飲もうと考え台所へ向かった。そこで伯父と叔母が話している声を聞き、驚きと不安が一気に体を駆け巡る。
『俺んとこは二人も引き取れん。楓ならまだ8歳だし、考えてもいいぞ。うちは男の子しかいないからな。水希はお前んとこでいいじゃないか』
『ダメよ! 私のところはまだ手がかかる幼児がいるんだから。それに家を買ったばかりでお金ないんだからね!』
『じゃあどうすんだよ、水希は……。なぁ、保険かけてたんじゃないのか?』
『え?』
『生命保険だよ。水希と楓にお金がおりるだろうから、養育費などは心配しなくても大丈夫じゃないか? それに水希なら子守りもしてくれるぞ。良いように使えるじゃねーか』
『保険か……。それなら考えてもいいわね。主人と話してみる。あっ、でも、うちは親がいないけど、姉さんの旦那さんの実家はどうかしら。父親はずいぶん前に亡くなっていないって聞いてたけど、母親はいたわよね。何か言ってくるんじゃない?』
『そこは大丈夫だろう。息子が亡くなったことを教える為に連絡はしたが、すぐには来れない』
『どうして?』
『九州だし、なんでも電話に出た人から教えてもらったが、入院しているそうだ』
『入院してるの? そうね、年もとっているだろうし、若い私達のほうがいいわよね』
『だよな。水希に言ってきかせればこっちのもんだ』
水を飲まず、そのままオレは立ち去った。
両親がいなくなったということは、こういうことなのかと改めて思った。
子供を育てるのは大変なんだ、お金がかかる。当たり前のように過ごしていたが、いなくなって初めて気づいた。幸せだったのだと―――。
楓とは離れて暮らすことになるだろう。でも、同じ都内に住んでいるのなら時々会いに行けばいい、オレが楓の場所に行けばいいんだと自分で自分を慰めた。だが、それもすぐに取り消される……。
父親が金を横領したと、勤めていた会社から訴えられたのだ。それからは周りの人々の態度が変わった。可哀想に……とみていたその目が、今度は蔑みと好奇心の目に変わる。その事で苦になり、自殺したのではないかという噂話も出てくるほどに。
もちろん、オレはそんなこと信じられなかった。あの優しくて誠実だった父さんがそんなことをするとは、これっぽっちも思わなかったからだ。
葬儀も縮小し、ひっそりとした中、来る人は少なかったが、ほとんどが遠巻きでヒソヒソと話し、オレと楓を冷たい目で見てくる。父さんと母さんの友達の中には、信じられないと言ってくれる人もいた。しかし、所詮他人事だ。言っただけで、すぐに帰っていった。
その様子を見て、不安がっている楓がオレに手を伸ばしてきたので、手を繋ぐ。
そして……言い争いがはじまった。
『私は嫌よ! 水希を引き取らないからね。私までご近所から白い目で見られるんだから、たまったもんじゃないわ!』
『俺のところも無理だぞ。カミさんから念をおされたからな!』
『じゃあどうすんのよ!? 誰か引き取る人いる?』
来ていた他の親戚が皆、目をそらす。
『そうよね~。誰だって犯罪者の子供なんて育てたくないわよね。施設でいいんじゃない?』
『そうだな、それがいちばんいい』
そう言いながら、オレ達を見た伯父と叔母。
その顔に何の表情もないが、オレには今までで一番恐ろしい者に見えた。
『お……にぃちゃ……』
オレの手を強く握り、見上げてくる楓の目に涙が溢れてくる。ガヤガヤと話している親戚達の言葉の意味はわからなくても伝わるのだろう。オレは悔しくて、でも泣きたくはないため下唇をググッと強く噛み、楓の手をぎゅっと握り返した。
いくら血が繋がっていたとしても、そんな家に行きたくはない。施設のほうがずっといい。
向こうが拒否するんじゃない、オレ達が拒絶するのだ。ただ、楓と同じ施設に入りたい。
自分で施設を探すと言おうとした時、大声が響いた。
『やぜろしかねっっ!!』
やぜろしかは方言です。
意味は次話で。