宵曙の唄
彼の民族は決断を迫られていた。若き族長は悩み抜く。
彼の民族は以前から北の民族と領土争いをしてきた。北の民族ははるか遠くからやって来た騎馬遊牧民で馬による高速機動戦術が得意であった。それに対し彼の民族は重装歩兵による防御からの一撃を旨とした戦術であった。故に彼の民族と北の民族は決着が付かないままであった。
夜明けはすぐそこである。太陽が昇る時刻が近付くに反比例し部落は宵に沈むような雰囲気であった。
やがて来てしまう夜明けの前に何をすべきか、若き族長は三日三晩思慮を重ねたが未だ結論は出ない。彼は彼のテントの中で考えていた。彼は若いのだ。あどけなさを残した、二十にも満たないその横顔は、今、一つの剣を見詰めている。柄に大きな太陽のような宝玉が嵌め込まれている。刀身は刃こぼれが多く傷だらけで、しかし強く輝きを放っていた。
剣の持ち主は勇気があり、猛々しく、そして強かった。剣の持ち主は民族を統べる長であった。赤子は彼を見ると希望に満ちた笑い声をあげ、女子供も唄を歌い、屈強な戦士達は共に大きく笑い騒いで酒を呑み又笑い騒いだ。
持ち主はもういない。持ち主は先の戦いで斃れた。敗北した。それ以来彼の民族は酷く暗い宵に覆われた。赤子は泣き叫び、女子供も笑わず、屈強な戦士達ですらただ黙って酒を呑んだ。北の民族は先の戦いで彼等に、三日後までに従属するよう呼び掛け、逆らえば女子供問わずに現世に残さないと勧告した。
彼等にとって剣の持ち主は太陽であったのだ。太陽を失った彼等は深く、深く、宵に沈んだ。
やがて若き族長は自らの父の剣を黙って腰に差した。彼は太陽の息子である。彼は剣をしかと掴み自分に言い聞かせるようにゆっくりと、力強く立ち上がった。
若き族長は勢い良く自分のテントから駆け出ると部落の中心で唄を歌った。
その唄は部落の隅々まで響いた。赤子は泣き止み、女子供は顔を上げ、屈強な戦士達も思わず立ち上がった。
夜明けが来た。宵が曙光に吹き飛ばされる。
それは宵曙の唄だった。民族の皆の心が震え奮った。皆が宵曙を見て、聞いて、感じた。皆が勇気を出し猛々しい意思に駆られ歌い出す。
彼の民族を夜明けの民族と言った。剣の持ち主は代々移り変わり、そして持ち主は太陽となった。
若き族長は決意した。赤子は希望に満ちた笑い声を上げ、女子供は唄を歌い、屈強な戦士達は戦いの準備を始めた。
剣の持ち主は今、彼となった。彼は太陽となったのだ。
彼等の宵が曙けた。
タイトル、宵曙でよあけと読ませるんです
でも正直全体的に急いでるんですよね…
作者の心境で書きましたので独りよがり感は否めませんが結構頑張って書きました。