僕を嫌いなその子を僕がどう思っていたか
僕は掃除が嫌いだ。
水道でわざわざ雑巾を濡らして、絞って、腰を落として廊下をかける。箒と塵取りで係を分けて、いつも塵取りをやらされる。
そんな掃除が嫌いだ。
小学5年生の僕もやっぱりしっかり掃除が嫌いだった。
だから、昼休みのあとに行われる掃除の時間は当然のように昼休みの延長戦だった。
校庭で遊んでいると怒られるので、掃除の担当の場所まで行き、そこで同じクラスの男子達と遊んでいた。
先生も来なかったので遊び放題だ。
トイレの当番のときはホースで水遊び。
調理室の当番のときはコショウで友達にくしゃみをさせて笑っていた。
年齢が二桁に乗ったばかりの僕にとって掃除当番とはいえ普段は入れないような場所に入って遊べるというのは至福の時間ですらあった。
当然、嫌いな掃除なんてやらない。
しかし、それを邪魔する存在があった。
そう。女子、である。
特に一人、やっかいな奴がいた。
その子は真面目で、先生からの評判も良く、クラスの中心にいるような子だった。
そしてとても気が強い。
運悪く隣の席になってしまった僕は、事あるごとにその子に怒られていた。
特に掃除の時間は、その子の目を盗まないと遊ぶことはおろか、強制的に労働させられる。
しかも、女子というのは何故か箒のポジションを颯爽と奪い、僕たちには雑巾がけや塵取りという面倒な仕事ばかり押し付けてくる。
まさに、「天敵」である。
そして、教室掃除のある日、事件は起こった。
いつものように遊んでいた僕らをその子が注意してきた。
その日は何故か、僕ら仲間たちに怒り終わったあとも僕だけ一人残して怒ってきた。
どうして僕だけ、この子にこんなに嫌われているのだろう。
怒られるのが面倒なのと同時に、そんな感情が僕の心を抉った。
そして僕は、思わず反論した。
「僕の事が嫌いなら、もう話してこないで」
と。
そう言うと、その子は怒るのをやめた。
そして、怒った顔から驚いたような顔になって、眼から涙を流し始めた。
しまった、強く言い過ぎたのか、と後悔したがもう遅かった。
光の速さで他の女子たちが集まり、先生が飛んできて、僕は囲まれた。
女の涙は恐ろしいものだ、というのをこの時僕は身をもって知った。
この間その子の悪口を言っていた女子も敵側について僕を攻め立てた。
そして、帰りの会で僕は前に出てその子に謝罪させられた。
何とか、自分の中の謝罪っぽい言葉を並べて、一生懸命に謝ったが、その子は机に伏せてこっちを見てくれなかった。
そしてそれから僕は、その子に反論を言わなくなった。
いや、言えなくなった、のほうが正しいかもしれない。それも違う気もするが。
どんなに怒られても、大人しくした。僕を怒っている時のその子はなんだか生き生きとしていた。
他の人には怒ったりすることはあまり無かった。きっと嫌いな僕を怒ることでストレスを解消しているのだ。
残念なことに僕は6年生でもその子と同じクラスになり、また一年間事あるごとに怒られ、貶された。
右耳で暴言を聞いたら、左耳を差し出す。それしか僕にはできなかった。
中学に入ってもそんな状況は変わらなかった。
例によって同じクラスになったその子に僕は相変わらず怒られた。
どれだけ僕の事が嫌いなのだろう。
それは考えても考えてもわからなかった。
だから、僕は少し反抗してみた。
前みたいに泣かせないように、怒っている時には反論せずに、勉強や運動でその子に勝つ事にした。
その子は運動も勉強もできたので、中々勝つことは難しかった。
勉強はいつも学年でトップクラスのその子と、真ん中くらいの僕。
だけど、僕が得意でその子が苦手な国語では、たまに勝つことができた。数学では全く歯が立たなかったが。
運動の方は、中学に入ってから背も伸びて、足も速くなったので走るので次第に負けなくなった。
勉強で僕が勝つととても悔しそうにしていたが、運動で僕が勝つと何だか嬉しいような諦めたような、変な顔をしていたのであまり競わないことにした。
そして半年が過ぎ、体育祭。
クラス対抗リレーが始まる前に、僕と同じ青組のハチマキをしたその子は僕のところに来て一言だけ
「頑張って」
と言って行ってしまった。
同じチームでこれから走るのに、頑張ってっておかしくないかな? と思ったけどまた怒られそうだから言わずにおいた。
もしかして、僕を動揺させてミスさせようとしたのかもしれない。
その手には引っ掛かりたくなかったので本番はしっかりと走った。
何だかいつもより速く走れた気がする。
それ以外は体育祭のことはあまり覚えていない。
優勝してその子がとても喜んでいたのは覚えているが。
体育祭が終わると、文化祭で行われるクラス対抗の合唱コンクールの練習が始まった。
相変わらず僕は嫌われているようで、いつもその子に怒られた。
声が出ていない、と言われたので声を張り上げて歌うとそれじゃあ怒鳴ってるだけだ何て言われる。
どれだけ僕に文句を言いたいのだ。
自分はピアノの伴奏者なのだから、僕の声なんてわからないはずなのに。
しかし、それをぐっと堪えて僕は言う通りにした。
そして本番前。
僕達のクラスの発表の順番が近づいてくるとその子は目に見えて緊張していた。
ピアノの伴奏はクラスで一人しかいないので、少しのミスが目立つし、それによってクラスの合唱の点数にも響く。
なので僕は体育祭の時の仕返しをすることにした。
緊張しているその子に向かって
「頑張れよ」
と一言だけ言うと、少しだけ驚いたような顔をしてから
「同じクラスなんだから頑張れはおかしいでしょ」
と言ってきた。
何だか仕返しになった気がしなかったがその子の綺麗なピアノの伴奏が聴けたのと合唱コンクールも優秀賞をとれたので良しとした。
合唱コンクールが終わると、特に行事もなく、あっという間にクラス替えの時期になった。
学年末のテストでは国語の他にも数学のテストでその子に勝つことができた。
テストが終われば、もうクラス替えだ。
僕は、何となく来年は同じクラスになれないような気がしたのでその子に最後に言いたいことを言っておこうと思い、最後のホームルームが終わったあとに呼び出した。
呼び出した場所に行くと、もうその子は待っていた。
遅れたことを怒られるのも嫌なのでとりあえず、言いたいことを一番最初に言うことにした。
好きです、と僕が言うとその子はいつかみたいに驚いたような顔になって眼から涙を流し始めた。
嫌われているのはわかっていたけど、まさか泣かれるとは思っていなかったので僕はどうしようかわからなくなってしまった。
僕がオロオロしていると、その子が口を開いて、一言だけ。
私も好きです、と顔を赤らめながら。
どうやら僕は、嫌われていなかったようだ。
読んでいただきありがとうございます。
初投稿です。
どこにでも、ありそうな無さそうなでもどこかであったのかな、というラー油のようなお話です。
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