僕は幽霊に恋をしている
高校生になった僕は恋をしました。
人生で初めての恋、いわゆる初恋というやつですね。
昔からなんの取り柄もなく、目立たずひっそりと生きていた僕にとってそれはとても刺激的でした。
まさか自分が恋をするなどと思っていなかったからです。
実は僕は学校に友達がいません。
というのも登校初日、学校に向かっている途中で交通事故に合ってしまい2ヶ月遅れの初登校になってしまったからです。
僕が退院して学校に通い始めた頃にはすでにクラスではグループが出来上がっており、とてもその輪の中に入れるような状況ではなかったのです。
元々おとなしい性格ですので、自分からは話しかけれずクラスではどんどん浮いた存在になってしまいました。
今では学校に通っても一言も口を開かずに過ごすのが日常です。
もう高校生のうちは恋なんてできないだろう、それどころか友達ができるかも怪しいところです。
そんな事を毎日考えていたある日のことでした。
僕は彼女に出会ったのです。
僕の学校での唯一の楽しみは昼休みでした。
その日、僕は昼休みを知らせるチャイムが鳴るといつものように弁当を持って屋上へと向かいました。
学校の屋上から見る景色はとても綺麗で、その広大な景色を見ていると一人ぼっちで悩んでいる自分がとてもちっぽけに思え、元気が出るのです。
高いところからの景色が好きな僕は入学前からこの屋上で弁当を食べて見たいとずっと思っていました。
屋上で弁当を食べる理由は他にもあります。
それは僕以外にこの屋上を使う生徒がいないことです。
僕が屋上に通い始めた頃は他にも生徒がいることもあったのですが、しばらくすると屋上には幽霊が出るという噂が広まって誰もここには来なくなりました。
何人もの生徒が見たという話をクラスメイトがしているのを耳にし、僕も流石に怖くなりましたがあの景色を独り占めできると思うと屋上でのお昼は止められませんでした。
幽霊は僕ももちろん苦手ですが、今まで生きてきてそういったものを見た記憶もないし、この屋上でも見たことはありません。
そんなものいるわけがない、僕はその噂を聞かなかったことにして屋上に通い続けました。
そんなある日のことです。
いつものように屋上からの景色を見ていると突然後ろから声をかけられました。
「あのぅ、すみません」
僕は驚き、その声の方へ振り向きました。
そこにいたのは今まで僕が見た中で一番可愛いと言える女の子でした。
いや、一番可愛いというのも好きになってしまった今だから言えるのかもしれませんね。
ともかく僕に話しかけてきたその女の子は少し遠慮がちに僕にこう言いました。
「隣……座ってもいいですか?」
あまりに突然だったのでこの時の僕はしどろもどろになりながら「どうぞ」と答えたと思います。
そもそも女の子と話すなんて小学生以来だったかも知れません。
僕は彼女に聞きました。
「どうしてこんなところに?」
すると彼女は突然泣き出してしまいました。
僕としては幽霊が出るなんて言われている屋上にどうして女の子が一人で来たのか疑問に思ってのことでしたが、どうやら聞いてはいけない質問だったようです。
「あ、ご、ごめん! 話したくないなら話さなくていいから!」
「す、すみません、ちょっと嫌なことがあって……」
こういう時僕はどうしたらいいか分かりませんでした。
気の利くことを言うべきなのか、それとも黙っているべきなのか。
しばらく考えてみましたがそもそも僕に女の子が泣いている時にベストな気の利く言葉を思いつくはずがありません。
結局僕は黙って彼女が泣き止むまで待つことにしました。
しばらくすると彼女は泣き止み、口を開きました。
「屋上からの景色ってこんなに綺麗なんですね」
その言葉を聞いた瞬間僕はなぜだかすごく嬉しくなりました。
自分と同じようにこの景色を好きになってくれる人がいる。
きっとこの時から僕は彼女に恋をしたのだと思います。
「はい、僕もここからの景色が好きなんです」
それから昼休みが終わるまで僕と彼女は黙ってその景色を眺めました。
その時間はとても幸せな時間で、このまま時が止まればいいと何度も思いました。
そして昼休みの終わり際、僕は彼女に言いました。
「よ、よかったらまたここで一緒に話しませんか」
この時の僕は人生で一番勇気を振り絞ったと思います。
彼女は笑顔で頷いてくれました。
次の日も彼女は屋上に来てくれました。
僕は嬉しくなって彼女に色んな話しをしました。
それは彼女にとっては興味のない話だったと思います。
それでも彼女は笑顔で僕の話を聞いてくれました。
それから彼女は毎日屋上に来るようになり、僕と他愛もない話をするようになりました。
幸せでした。
話すことはお互いの趣味や好きなものの話などでしたが、それでも僕は彼女を日々好きになっていくのを感じました。
彼女は井上 楓と言う名前だそうで、僕は井上さんと呼びました。
彼女が屋上に来るようになって一ヶ月が過ぎた頃でしょうか。
「私って、幽霊なんだってさ」
そう突然彼女は言いました。
「えっ?」
もちろん僕は何かの冗談かと思いましたが、しかし僕はあの噂を思い出しました。
「時々言われるんだ、幽霊だって……どう? びっくりした?」
正直この時の僕はびっくりしたというよりもショックだった気持ちが大きかったと思います。
思い返せば確かにこの屋上以外で彼女を見た記憶がありません。
彼女が付けているリボンの色は自分と同じ学年の色なので、一度も見たこと記憶が無いというのは確かにおかしな話でした。
「もしかして嫌いになっちゃったかな……?」
「そんなことない!」
僕は井上さんが好きだからそんなふうに思わない!僕はその言葉をグッと押し殺しました。
「幽霊だって構わない! だって……友達じゃん!」
あぁ、なんて自分は情けないのだろうか。
彼女は笑顔で僕にありがとうと言ってくれました。
僕は幽霊に好きになりました。
確かに彼女は生きていないかもしれません、きっと最初に泣いてしまったのはそれが原因なのでしょう。
でも僕は彼女が好きなのです。
この気持ちは彼女が幽霊だと分かっても揺るぎませんでした。
そんなことがあってからも変わらず僕は彼女と会いました。
本当に彼女の事を思うなら僕は彼女が成仏できるよう手伝ってあげるのが正解なのかもしれません。
でも彼女と会えなくなると思うと僕はそれができませんでした。
それからしばらくした頃でした。
「ねぇ、どうしていつも同じお弁当食べてるの?」
僕の毎日食べている弁当は唐揚げと玉子焼きとご飯の3種類だけのとてもシンプルな弁当でした。
これには理由があって、僕は昔から好きなものはよく食べるくせして嫌いなものは全く食べないというとても困った子どもでした。
自分で言うのもあれですが嫌いなものを見るとどうしても食べたくなくなってしまうのです。
それを見兼ねた母親が成長期なんだからいっぱい食べないとダメよと僕の弁当には大好物の唐揚げと玉子焼きばかりになったのです。
きっとこれから少しづつおかずが足されていくのでしょう。
「あはは、なにそれー、子どもみたーい」
「う、うるせ、成長期はとりあえず食べなきゃ身長伸びないの!」
身長は僕が一番気にしていることで、実は高校に入ってから全く伸びていないのです。
もしかしたら一生このままなのかもしれないと考えると恐ろしくなりました。
「ところでさ、そろそろ名前教えてくれてもいいんじゃないかなー?」
そうなんです。
実は僕はまだ彼女に自分の名前を教えていなかったのです。
それは自分のクラスでの扱いを彼女に知られたくなかったからです。
きっと彼女はクラスでの僕を知れば幻滅してしまう、そう思ったからでした。
「ねぇ、お願いっ!」
そう上目遣いで頼み込んでくる彼女をみて僕は思いました。
彼女がこの学校の生徒なら教えたくありません、でも彼女は幽霊なのです。
幽霊なら名前を教えても僕の事を人に聞くことはないでしょう。
僕は今更になってそのことに気づき、名前を彼女に教えました。
僕の名前を教えた次の日からでしょうか、彼女の様子は変わりました。
どこかぎこちないような何かを隠しているような、そんな様子でした。
僕は思いきって聞いてみました。
「最近どうしたの? なんか井上さん変だよ? 何かあったなら言って?」
僕の言葉に彼女はあきらかに動揺していました。
「僕なんかした? 言ってくれなきゃわからないよ!」
「ごめん……実はね……」
彼女は語り始めました。
僕の名前を聞いた日、彼女は僕を探したそうです。
各クラスを一つずつ回って僕の名前を探したとのことでした。
「ここ以外であなたを見たこと無いから前々から不思議だったの……それで、それで……」
彼女は僕のクラスでのことを知ってしまったのでしょう。
それなら僕に幻滅して当然です。
いくら幽霊といえ名前を教えるべきではなかったと僕は深く後悔しました。
「確かに僕はクラスでは目立たない根暗な人間かもしれない…でも本当の僕は井上さんとここで一緒にいるときなんだ!だから僕を嫌いにならないで!」
「違う、違うの! 無かったのよ……名前が……」
「どういうこと?」
「全部のクラスの名簿を確認したわ、でもあなたの名前は無かったの…」
どういうことだろう。
僕は存在が薄すぎて先生も僕を名簿に書き忘れてしまったのだろうか。
「ねぇ知ってる? この屋上の幽霊の話……?」
僕は一瞬迷ったけど知らないと答えました。
僕は井上さんが自分のことを幽霊だと言った時からなるべくその話題はしないようにしてきました。
もちろんここの噂の話はしたことがありません。
それは井上さんが自分が幽霊であることをすごく気にしているようだったからです。
「ここの屋上にはね、幽霊が出るって噂があるの……」
「そう……なんだ……」
「ある生徒がね、この学校に入学してすぐに交通事故にあって死んじゃったんだって……その生徒は母親が作った好物だらけのお弁当を屋上で食べるんだって楽しそうに出ていったらしいわ……」
その話は初耳でした。
幽霊が出るとは知っていたがそんな話があったのかと僕は驚きました。
「あのね、実は私薄々気づいてたの……でもあなたと会えなくなるのが怖かった! でもやっぱりあなたはここにいちゃだめ、このままだとあなたのためにも私のためにもならない!」
井上さんは泣いているようでした。
また僕が井上さんを泣かしてしまったのでしょうか。
「嬉しかったんだ……あなたはクラスで幽霊だって言われていじめられた私に優しくしてくれた」
「さっきから井上さんが何を言ってるのかわからないよ! 井上さんは幽霊なんだろ!? もしかしてからかってるの!?」
「違うの、幽霊はあなたの方なのよ!」
僕が幽霊?
井上さんは何を言っているのだろう。
僕はこの時の井上さんの言っていることが全く理解できませんでした。
「私のせいだよね? 私がここに毎日きちゃったからあなたはここから離れられなくなっちゃったんだよね、私はもう二度とここには来ないから、どうか──」
「待って! どういうこと! もうここには二度とこないってどういうことなの!!!」
僕はこの時必死でした。
井上さんと会えなくなる。
そんなの嫌だ、絶対いやだ。
「ごめんなさい」
井上さんはそう言い残して屋上から去っていきました。
「待ってるから! 明日も明後日も待ってるから!!! 僕は井上さんが好きだ! だからずっと待ってる! 待ってるから!!!」
僕は井上さんが立ち去る間際叫びました。
それは僕の人生初の告白でした。
屋上のドアが閉まる瞬間見えた井上さんの顔は今までで一番悲しい顔をしていました。
それから僕は待ちました。
毎日毎日待ち続けました。
何週間、何ヶ月、何年も待ちました。
井上さんはまだ来ません。
僕は今日も大好きな唐揚げと玉子焼きが入ったお弁当を屋上で食べながら井上さんを待ちます。
僕は幽霊に恋をしている。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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