88話【取り戻したい時間】
2人の姿が次に現れたのは、町の外れの小さな公園だった。
中央にあるブランコは椅子が取り外され、鉄の棒だけが地面に刺さる形になっている。
「涼ってば!いい加減にしなよ!」
涼は美和が叫ぶと、手を離し公園の端の鉄棒に腰掛けた。
俯いて、黙って棒の上で足を振り子のようにブラブラ、と動かしている。
その後、背後へ体を倒し、鉄棒で一回転して地面へ着地する。
その後、顔を上げ美和を見た。
「………ごめん」
「何、いきなり謝ってるの!?謝る前に、なんであんな事したのか教えてよ!」
胸の前の左手を叫ぶと同時に斜めに振り下ろす。
ブンッ、と風を切る音がして皮膚に冷たい風が当たった。
美和の鋭い視線が涼に刺さってくる。
「…………ごめん」
「謝ってばっかりで、何も話が進んでないじゃない!なんで、あの子の話を聞いてあげないの?聞きたい事があったかもしれないのに!」
涼はもう一段、頭を下げる。
髪の毛が顔の方へ下り、頬に汗が流れ、髪の毛が貼りつく。
「嫌だったから」
その言葉に、美和はもっと叫ぶ。
「何が嫌だったの!?私?あの子?何!?」
荒い呼吸が公園に響き、夏の蝉の声に混じり合唱のようになる。
沈黙のまま、2人の間を風が流れ、虫が跳ね、砂が風に流された。
ジャリッ、と音がして足元の砂が動く。
「アイツ、だよ」
「どこが、いい子だったじゃない!涼の馬鹿!」
美和は鞄を大きく振りあげ、その後下へ投げつけ、また、それを拾い去っていった。
ワンピースが膨らみ、萎み、美和の呼吸の動きと同時に裾が揺れた。
その姿が角を曲がり、見えなくなると誠はギリッ、と奥歯を鳴らし反対側の出口から公園を出ていった。
(なんなんだよ………なんで、俺………)
スニーカーが地面と擦れ、音を立てる。
足元で蝉の抜け殻が割れ、パリッと音を立てる。
空を見上げれば、大きな白い雲が広がり晴れ渡っている。
鳥の囀りが聞こえ、楽しい夏のはずなのに………
美和は少し、言い過ぎたと思い、公園へ引き返したが既に涼の姿は無くなっていた。
(どうしよう、私…………)
顔を手で隠し、その場にしゃがむ。
言い過ぎた、涼は酷く傷ついているかもしれない。私のせいで。
私のせい、私のせい、私のせい、私のせい、私のせい……
頭の中をその言葉が埋め尽くし、心が締め付けられていく。
見えない蔓に締め付けられているのような感覚。
鞄に手を入れ、小さな錠剤を取り出し、口に放り込む。
(落ち着け、落ち着け……)
錠剤を飲んでも、美和は落ち着けない。
もっと締め付けは酷くなっていく。
(私だけの責任じゃないじゃない!私が全てを抱え込む必要はない!)
そう考えても、美和の心は痛みを増すばかり。
「自分で、自分を…………」
後から後悔しても遅いのに、遅いのに、後悔してしまう。
取り戻せない過去を振り返り、悔やんでしまう。
戻れるのであれば、戻りたい。
あんな事、言わなければよかった。
許してくれたとしても、許せない自分がいる。
取り戻せない時間を、返して欲しい。
そして、そして…………
その時、ポコッと音を立て、目の前に箱が転がった。
白い箱には砂時計の絵柄が描かれている。
「何これ………《この砂時計は、人の人生をリセットする為に必要な道具です。しかし、これだけではリセットはできません。『占い師』と出逢えたものだけが、『リセット』を行えます、か」
ふと、視線を上げると美和の視線の先に赤いローブを着た占い師が立っていた。
細身の女性のように見える。
「リセット、如何?さっきの時間を取り戻せるわよ」
ローブから伸ばした手は、紫のネイルがされ、爪は伸びていた。
美和は立ち上がり、その女の元へ近付く。
「私の、涼との時間を返して欲しい。このままの関係は嫌」
「取り返すのは、貴女。私はあくまで、リセットの手伝いをするだけ。契約をしましょう、私のリセットは他の占い師と違い、通常より長い時間1つ砂時計でリセットができる。でも、そのリセットはリセット者の幸せを奪っていく」
「幸せを奪う?」
女は頷き、手を掲げ、ボワッと画面を出現させる。
「見て」と言われ、美和はその画面に目をやる。
画面では、一人の少女が映し出された。
………………………………
少女の名前は、恵奈。
特に、特技もなく、顔も平凡で彼氏はいない。
その歴、17年。
元、高校生の彼女はその自分嫌になり、ある日目の前に現れた同じ、赤いローブの女に交換条件を持ち出され、承諾してしまう。
その条件は、やはり同じで「幸せ」を奪われてしまった。
まぁ、大丈夫だろう。
そんな甘い考えをしていた。
彼女がリセットして戻したのは、中学3年生の時。
前より身長が縮み、体もふた回りほど小さくなった事に違和感を覚えつつ、学校生活を送る事にした。
彼女のリセットした先は、知り合いも多く、過去と同じ結果になる事は少ないと言われていたにも関わらず、過去と全く同じクラスメイトだった。
自分が恵まれた存在のように感じ、その日は友達作りを忘れて一人で過ごしていた。
友達は、自然と出来るのものだと思っていた。
けれども、7月になっても恵奈は誰とも話していない事に気が付いてしまう。
(あれ?)
「次、移動教室だよ!みんな、行こうー!」
甲高い声がして女子生徒達はそちらへ流れていった。
恵もそのグループに入ろうとした時、
「貴女、だれ?」
その一言で恵奈の心は崩壊してしまった。
友達は、自然と出来るものじゃなかったんだ______
というより、私がバリアを張っていたのだろうか。
恵奈はゆらゆらと体を揺らしながら、移動していった。
その日は自由席で、恵奈は黙って教室の端の埃のかぶった席へ腰を下ろす。
その途端、生徒達は恵奈が座った席とは逆の南側の席へ集まっていった。
南側の席が埋まり始めると、生徒達は机を寄せ、恵奈から距離を取り始めた。
恵奈は立ち上がり、自らの荷物を持ち、生達の集まった南側へ移動を始めた。
クスクス、と笑い声が聞こえたかと思うと、集団の中からある少女が立ち上がり、恵奈の元へ駆け寄った。
「えっと………メグナさん?メグナさんは_____」
髪の端を緑に染め、目に髪と同じ色のカラーコンタクトを入れた少女は恵奈を教室の真ん中の生徒達が集まった場所から二つ机を挟んで隣に恵奈を案内する。
「ここに、座って」
その少女の表情はとても恐ろしかった。
が、他の少女には見えていないよう。
ブルリ、と恵は身震いしてその席の椅子を引いた。
そして、慌てて腰をかける。
(大人しくしていれば、何もされない)
すると、椅子に白いタコ糸が付けられており、椅子を引いたことで机の中に繋がっていた工作用紙が引き出され、ギュウギュウに詰め込まれた何かが流れ込んできた。
それは、恵奈の膝にドサドサ、と流れ落ちてくる。
その途端、教室に笑い声が響いた。
「アハハハハハ!まさかの膝に掛かる!」
「アハハハハハハ!ウケ狙いですか!?」
声が教室から溢れんばかりに広がっていく。
(リセットしても、こんな現実が待ってるわけ?)
その時、あの少女が恵奈の元へ寄ってきた。
「人付き合いが悪い人間なんて、私達以外誰が付き合ってあげるのよ」
………………………………………
「なんていう、例もあるけど。それでも良いの?」
「そういうパターンもあるって話でしょ?上手くやれるわよ。私なら。それに、私はリセットして誠との関係を修復するだけ。あとは何もしない。用が終われば、すぐに帰るわよ」
「仕方ないわね」




