83話【ミワトリョウ】
ドサッ、という音と共に涼は草の生えた地面に足をつけていた。
「うわぁっ!」
辺りを見渡せば、木々が広がり、空はもう、真っ暗になっている。
腕時計で時間を確認したいが、明かりがないため何時なのか分からない。
「ここ、何処だよ」
髪の毛を手で揺らし、動かしながら茂みの中を歩いていく。
虫が首に張り付き、モゾモゾと動き、手で払うという動作が何回もデジャブのように繰り返される。
足を動かすものの、景色は変わらず同じところを歩いているような気がする。
「俺、何してたんだろ……」
俺のいた世界は、夕方だったはずだ。
しかし、今いる世界は夜。
あれから3時間ほど経ったのかもしれない。
分からないことが多すぎる世界で、ただ一つ分かることは、生きているという事。
たしか車と___________
「思い出せない!」
頭を抱え、涼は背後へ倒れる。
車と、の次が出てこないのだ。
撥ねられ、頭を打ち、死んだ?
いや、そんな事はあり得ない。
とにかく、家へ帰ろう。
遅くなったから、電話…………
ポケットの中を探るが、携帯電話は入っていなかった。
「嘘だろ!?」
美和はまた、地面にしゃがみ込んだまま起き上がれずにいた。
ワンピースの裾は茶色く汚れ、白い細い足には砂利が刺さっている。
日が傾き、影が長くなり、月が顔を覗かせる。
「涼______」
涼の姿は何処にもない。
もし、さっきまでの光景が夢だとすれば________?
美和は鞄の中を探り、涼の家へ連絡する。
呼び出し音の後、プツッ、と音がなり掠れた声が耳元にジリッ、と届く。
美和は喉を「ゴクリ」と鳴らし、口を開く。
しかし、上手く声が出ない。
向こうは不審がり、電話を今にも切ろうとしている。
口の中が乾燥して「り」という音を発したいが、「れぇ」という音しか出てこない。
舌を口の中で動かし、もう一度声を出す。
「り…ょ……さんは………っています、か?」
蚊の鳴くような声だ。
しかし、予想外にも答えが返ってきた。
『いえ、涼はプールに行ったきりですよ。きっと、カラオケでも行ってるのでしょう?』
その言葉に美和の体は凍りついてしまっていた。
氷の檻に閉じ込められたかのように、体の体温がドッと下がり動けない。
パクパク、と金魚のように口は動くだけで音が出ない。
息の漏れる音だけが暗い闇に吸い込まれていった。
美和が目を覚ましたのは、自宅のベットの上だった。
頭には包帯が巻かれ、足には絆創膏が貼られている。
枕元には手紙が置かれ、案の定美和宛だった。
封を切り、中に指を入れ人差し指と中指で挟み引っ張り出すと、それは手紙で、薄い紫色の紙が3回折られ、入っていた。
震える指で橋を摘み、中を読んでみる。
しかし、ただの母からの手紙だった。
封筒だから、誰かからの手紙と思ったのだけれど。
{美和へ。お母さんは、深夜まで帰ってこないので、ヨロシク。ご飯は冷凍室に入っているから温めて食べてね。そうそう、美和ね、記憶ないかもしれないけれど、同級生の………誰かがおんぶして連れて来てくれたの。名前、忘れちゃったわ。特徴とかはよく分かんないし、まぁ、感謝しときなさいね。後、今日は携帯禁止。ちゃんと寝てなさい。宿題も全部終わらせて置くこと。それから、桜と楓の面倒を見ること。あっ、さっき寝てろって言ったのは撤回。12時までは寝ていいから、その後は桜と楓の面倒をみてね。あと、スーパーは今日は良いから。朝、買ってあるから。今日は、オムライスを作って置いてくれる?怪我人だからって寝てばかりじゃ駄目。お母さん忙しいから。それじゃあ、ヨロシク}
長い、クソ長い。
女の子の方の桜は4歳。男の子は、楓は3歳。
美和はベットから抜け出て、向かいの部屋の桜と楓を迎えに行った。
涼は気がつけば、家のソファーに横になっていた。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
いつ、帰ってきたのだろう。
服は、昨日のままだ。
少し袖や裾が泥で汚れているように見える。
しかし、寝ぼけ眼の為視界がぼやけ良く見えない。
「まぁ、いいか。ふわぁぁ」
大きく伸びをして、誠は洗面所へ向かった。




