65話【雪の馬鹿野郎】
「雪くん、雪くん……」
愛羅は叫び続けた。必死に、必死に。雪君に振り向いて貰いたくて。ちょっと前まで、言ってくれた。「好きだって」。でもなんで、いきなりその女なの?私はもう、どうだって良いの?
「愛羅、うるさい。耳障りだ」
「嘘だ嘘だ!雪君は、私の物!私は、雪君の物!」
雪の顔に怒りが浮かび上がる。華山は何も出来なかった。その時、愛羅はポケットからカッターナイフを取り出していた。ジャキッ、と刃を出してに握る。
「いいよ。雪君。ちょっと待ってて、あの女のせいでしょ?」
すぐに、華山は理解した。_____殺される!_____身の危険を感じ、華山は雪の手を引き走り出した。愛羅から1メートルほど距離を取りながら円を描くようにドアへ走る。あのドアへ入れば、こっちの物だ。
ダダダダ……
コンクリートの床を蹴り、走った。無我夢中で。扉も蹴り破る勢いで走り、扉のドアノブを回した。そして、ドアを開け雪を先に中へ入れた時。
華山は背中に激痛を感じていた。
「ウッ……」
痛みは全身を駆け巡り、電気が走ったような感覚に襲われた。(しまった……)目の前で雪が目を見開き、恐怖に満ちた顔をしているのが分かった。斜めになった体は床へ落ちていき、全身を床に強打してしまった。
「うぁっ」
短く悲鳴をあげながら、床に倒れる。頭の後ろで雪が心配しているのが分かった。そして、愛羅の声も聞こえる。
「あんたが悪いのよ」
背中に手を回し、触れ手のひらを見ると、赤く染まっていた。
「あああああああ」
ヌルっとした生暖かい液体が手に付着する。
なんで、リセットしに来てこんな事になるの。
その時、もう一度あの鈍い音がしていた。
ブスッという、あの音が__________
華山は気がつくと、ベットに横になっていた。
一瞬、保健室かと思ったがどうやら違うらしい。
辺りを見渡せば、見知らぬ場所だと分かった。
そして、右を見ると誰かが顔を覗き込んでいた。
「雪、くん」
雪だった。怪我は絆創膏が貼られた頬だけのようで胸を撫で下ろした。
そして、「良かった」と呟いた。雪君が無事なら、それでいい。
私はこの世界の人間じゃないから、リセットすればいい。
「背中見せて」
凛は少し戸惑ったが、背中を雪に向けた。自分では見れない場所のため、どうなっているか教えてもらいたかった。
凛の背中には、大きな縫い目が付いていた。まるで、着ぐるみのチャックのような。愛羅は刺した後、簡単には抜いていなかったようだ。何度も、さしていたのだろう。
「痛い?」
「うん……」
愛羅があそこまで、する人間だったとは知らなかった。その時、雪は隣の椅子に腰掛け、口をゆっくり開き、呟いた。
「愛羅と、付き合う事にした」
華山には、何も理解できなかった。なぜあんな女と付き合うの?酷いよ……。どうして、怪我もさせられたのに。雪君だって、頬に_____。
「ごめん」
雪は病室から出て行った。どんどん、背中は小さくなりやがて消えていった。なんで、なんで、なんで………。
華山は枕に顔を埋め、涙を堪えた。なんで、あんな女と付き合うの。なんで、なんで………。あんな奴のどこがいいの?良いところなんてないじゃない。私の方が全てに優れている。筈………。
私には、知らない、素敵な部分もあるのかな…。その日は上の空のまま、何もせず天井を見上げていた。
「雪の馬鹿野郎」




