63話【伊勢崎夕凪、という少女】
「下の名前で私、みんなを呼ぶようにしてるから」
それ困る!教えたくないし……。
「シノでいいよ」
「篠川シノ?」
違うカラァ‼︎『シノ』は苗字から取られたあだ名です!自分の名前、気に入ってないから言いたくないんだよ…。持ち物に名前書けって言われたら、「シノ」って書くようにしてるし、友達にも「シノ」か「篠川」で呼ばしてるし。
あの名前だけは、避けて生きていきたい…。親を本当に憎んだ名前。
「ねぇ、篠川。名前、教えて」
「なんで、教えるんだよ」
「転校生なの。それでね、篠川のクラスに入る事に」
来たー!転校生パターン。えっ、それって自己紹介が必要って事だよな?=名前教えないといけない。って事かよ。途端に顔が赤くなっていくような気がした。頭に全身の血が上っていく。そのため、体は冷え切りゾクゾクっという感覚に襲われた。
「あっ……」
「あっ、私から普通は名乗るよね?私は夕凪。篠川のクラス」
ウワァーー!名前を聞いたら、余計に言いたくなくなったよ。夕凪とか、可愛すぎるだろ。早くチャイムがならないかな?
「あっ、あっ…」
最初の一文字目は出てきたのだが、後が続かない。俺の名前は_______。勇気を振り絞り、俺は口を開く。そして大きく息を吸い込みながら、3文字の名前を答えた。
「あぅ、アスカ」
その名前を口にした途端、夕凪の顔が固まってしまった。もぉ、そうなる事は理解していたよ。明日夏なんて名前、ドン引きですよね!親が女を産む予定で考えてたのに、いざ産まれてきたのは男。それで面倒くさがりな親は「明日夏でいいだろう」で俺の名前はこれになったんだよ!
全てはあの医者のせい…。あの医者が間違えるからこうなるんだよ!
「アスカ、君?篠川明日夏?」
コクコク、とあれは頷く。顔面蒼白の病人みたいな俺は、魂も何処かへ飛んで行ってしまったような気がする。会社の面接でも、クスクス笑い声が聞こえましたよ。まぁ何故か受かったんですが。
「ふぅん。明日夏君だね。んじゃ、夕凪をヨロシクー!職員室行ってくるからまた後で」
夕凪はロングヘアを揺らしながら笑顔で、俺の前から去っていった。あれ、絶対笑われたよな。心の中で、笑われたよな。
____ホームルーム
朝のホームルームが始まると、生徒は席に着き始めた。がしゃがしゃ、と椅子が音を立てる。俺の頭の中に時計の針の音が響いてくる。そして、心臓が跳ねた。
滝本の合図で教室の茶色いドアが開き、夕凪が教室へイソイソと入ってくる。長い前髪は、今日はピンで止められ貞子のような印象は無くなっていた。
この学校のセーラー服をキッチリと着こなし、笑顔で挨拶をする。黒板に名前を書き、頭を下げた。黒板には「伊勢崎夕凪」と書かれている。まっすぐな髪がダラリと垂れる。
「初めまして。伊勢崎夕凪です。県外の中学から転校してきました__」
その後、簡単な自己紹介と質問タイムが過ぎ、ホームルームは楽しい雰囲気で終了した。夕凪が鞄を持ち、滝本に席を聞く。俺は辺りをグルリ、と見渡した。空いている席は何箇所かある。俺の隣も、空いていた。しかし、ここへ来る確率は低い。
まぁ、ないだろう。と思い、俺は伸びをして一時間目の教科の準備を始めた。その時、美和が振り向き俺に囁く。
「篠川、あんたの隣に呼びなさいよ。私も、夕凪さんと話したいし」
「何言ってんだよ!お前が呼びたきゃ、呼べよ」
「ハァ?それじゃあ、私が転校生を奪おうとしてるみたいじゃない」
美和が崩壊している。ゴチャゴチャ、と言い合っていると、ガコン、という音が隣から聞こえてきた。俺たちは「ん?」と思い、横を見る。目が丸く、団子のように二人とも変化した。
「明日夏君、隣、いい?友達居ないから、知ってる人の隣の方が安心するし」
何を答えなくては、と思い口を開いた時、美和が先に答えていた。
「夕凪さん、どうぞ!わからない事があったら、私が教えるから」
あー、リトルオバサン参上ってか?美和の答えに夕凪は笑顔を見せた。長い髪が揺れる。そして、俺の隣にストンッと腰を下ろした。
「えっと…」
夕凪は何かを話したそうだが、モゴモゴと口ごもる。俺の何処かの機能が察し、「こいつは、秋田美和」と答えていた。夕凪はその瞬間目を輝かせ、「美和、美和」と復唱し始めた。面白い子ね、と美和は笑う。そして俺の頭に「ついでに」と拳を振り下ろした。
「こいつ、じゃないから」
そんな細かいところに怒ってたのかよ!、と思っていると涼と誠も参戦してくる。人形のような涼さんが参戦してこられたら、みんなそっちに流れるに決まってるだろ。
「こんにちは。夕凪、だっけ?俺は涼、んでこっちの天才が誠」
と自己紹介をしていく。みんな、転校生とか好きだよな。そして涼は俺と肩を組んでくる。
「そしてコイツが篠川ね。シノって読んでやって。明日夏って名前、嫌いみたいだし。篠川はなんだか、大人びてるっつうか、まぁそんな人間だから面倒臭いかもだけど仲良くしてやって。友達作るまでは、美和が面倒見てくれるから」
と、余計な事まで付け加えた自己紹介は終了した。美和は涼の頬を抓り、
「私だけが面倒見るみたいになってるじゃない!みんなで、仲良くしますから」
と、楽しい休み時間になった。
夕凪は口の橋を吊り上げ、笑っていたが、目だけ笑っていなかった。それに気がついたのは俺だけのようで、皆夕凪に笑顔を見せていた。
「夕凪……?」
俺の呟きが聞こえた夕凪は、こちらを見てニヤァ、と笑った。口だけが笑う夕凪。不気味だった______




