237話【追跡】
「本部って、何?
雪くんがこの世界の人間ではないことと関係あるの?」
前屈みになり、鍋の蓋を取り菜箸を使って白い器に盛っていく。
醤油の匂いがキッチンを包み込んでいく。
リビングの時計が9時を指し、残っている人は殆どいない。
たまに耳に会話が入ってくるが、やっぱり意味不明だ。
「リムられたんだけど!まじありえない!」
「自己愛強くね!?お前のツイートが多いんだろ」
テレビは消され、ゲームもクリアしてしまったのか、音も聞こえない。
リビングの隣の廊下から聞こえる洗濯機の音しか耳に入ってこない。
「リセット…を行う、占い師っていう普段は占いの仕事をしてる魔術師の拠点かな。
全部そこで管理されてるから、そこに居るかもしれない」
「雪くんがそこに居るなら、今直ぐ連れて行きなさい!部長命令!」
「はぁ!?」
勢い良く菜箸がシンクに叩きつけられ、リビングに残っていた人が一斉に振り返りピタリ、と会話が止んでしまう。
ブー、という通知音が鳴るも、反応すること無く目を丸くしたまま、携帯を持って何処かへ行ってしまった。
「今何時だと思ってるんだ!?21時だろ?」
「一階の窓からなら、降りられるでしょ!?そこで、寮の裏側に回るから、塀を乗り越えて行ってきたらいいでしょう」
「なら、来いよ」
華山はキッチンに置かれたタオルで手を拭くと、エプロンを床に捨てて薄いベージュのセーターと紺色のショートパンツと黒いレギンスというこの時期にはあり得ないような格好で玄関に置かれた赤のコンバースのスニーカーを手に取る。
「寒くないのか!?」
「そんな事、言ってられないでしょ!?」
後に続き、スニーカーを取ると一階の洗濯機横の窓を開け、窓枠に腰を下ろし紐をほどく事無く足を入れ、裏庭に降りると先に降りていた華山が枯葉が落ちた庭を走り、軽々とコンクリート塀を登りいつの間にか向こう側に降り立っていた。
運動神経、ほんといいんだな。
コンクリート塀を掴み、木を蹴り、足を回して外側へ降りると頬を真っ赤にして白い息を吐く華山が早く、と急かしているのが見える。
「はいはい」
まだ、リビングにいた頃から10分も経っていない。
まるで時が止まったかのような、漆黒の闇の街を歩いていく。
いつもの学校への道とは反対側に出た様で、暗闇の所為もあるが別世界の様。
「ここが、寮の裏道。この交差点を右に右折してから、また右折すれば通学路の坂に出る」
と、ナビの様な説明をされながら言われた通りの道を歩いていく。
車の通りは少なく、家も黒く染まり世界が影となったみたいだ。
長い影を落とし、通学路の標識がある道を歩く。
こう、歩いていると学校の敷地が広い事に改めて気付かされる。
「まぁ、中高一貫で、グラウンドも広い。敷地はこの辺りの学校では2番目くらいに広いだろうね」
「ふぅん」
適当に返事をしつつ、坂に出ると見覚えのある道が目の前に広がっていた。
校舎を囲む様に道があるのか………。
坂をズンズン、とリズムをつけながら下り道路横の川を見る。
月明かりで白く照らされ、輝いている。
まるで川の中からライトアップしているようだ。
会話を時折挟みながら歩くと、案外早く寮の横に到着していた。
窓からオレンジ色の光と黒い影が見える。
「歩いていくより、自転車の方がいいだろう」
華山は寮の横の駐輪場から自転車動かし、道に出してくる。
鍵をかけていなかったのだろうか、鍵の音がしなかった。
ガシャンッ、と音がしてハッと自転車を見ると既に華山が腰掛け、指を指している。
てっきり後ろに乗るものだと思ったのだが、漕げ、という事らしい。
*
「ほぅ……ここが、リセットの本部だな」
坂道を下る途中にある小さなアパートのようなコンクリート造りの建物。
看板が出ているわけでも無く、見た目はただの廃墟だ。
しかし、半開きのドアからはオレンジ色の光が漏れていた。
ドアノブを掴み、扉を開けるとハーちゃんが注意する人もいない為、菓子を貪り食べていた。
甘い匂いが部屋に充満している。
「あ、あの菓子を食べている奴が、占い師だな」
「前のリセットを手伝ってくれた奴だ」
靴を適当に脱ぎ、ズカズカと上がっていく篠川を見て、華山も靴を脱いで上がっていく。
「雪、ここに来たか?」
ポテトチップスの袋がゴミ袋にダイレクトに突っ込まれ、クルリとハーちゃんがこちらを向く。
「来てませんね。あの日、占い師が雪くんを連れ去ったんです。
GPSも、壊されてしまい……追跡も途絶えてしまいました」
画面を見せながら、雪のモニターが黒く消えている事に今、気がつく。
華山は眉を下げ、俯いてしまった。
「可能性としては、あの場所でしょうけれど。
紬のものとは違う気がします。
いえ、魔術も消えてしまいました」
モニターから赤い点が消えた事と関係あるのだろうか。
「きっと、山の上の、あの屋敷ですよ」




