21話【リセットの副作用】
俺は、鞄を取り暗い顔を手のひらで叩き、気合を入れた。『始まったばかり』その言葉を繰り返し、繰り返し心の中で唱える。まだ、時間は残されている。砂時計を確認すると、まだたくさん上の方に溜まっていた。まだ、時間はある。
俺は、大きく頷き校舎の中へ駆け出した。雑草が生い茂る校舎裏を抜けて正面玄関まで走っていく。息苦しいが、止まる事は無かった。喉に、棘のある何かが刺さった様な感じがする。唾が、喉を通らなくなっていた。無理やり押し込もうとすれば、息ができなくなった。
「ハァハァ……ゲホッ」
咳き込み、動いていた足は咳を抑えるの手に集中されたため停止した。オジサンが、走るとこうなるのかよ。まだ、若いと思っていたが現役と比べると断然違う。現役は、体が軽そうだ。雲の上を駆けていく様に。30歳にも、まだなっていない筈だが。
_____もう、歳も分からなくなっていた。
いつの間にか、この世界の情報が古い記憶を追い出す様に分からなくなっていく。さすがに、生活に必要な最低限の事は憶えているのだが。俺は、完全に学生の脳へと移り変わっていく事を実感した。(体は、オジサン)
校舎へ足を踏み入れ、靴を履き替える。砂時計が気になり、確認すると全くと言っていいほど減っていなかった。どのくらいのペースで落ちるのか。まだ、よく分からない。
俺は、教室へ向かう事を忘れて靴箱の前で立っていた。砂時計をずっと、手に握ったまま。遅刻届を出さなくては……。やる事が沢山残っているが体が言う事を聞かなかった。
目が覚めると、靴箱の前ではなかった。真っ白な部屋。清潔に整頓されたタオルが横の棚に並べられ、前方には白いカーテンが。そのカーテンは、前方だけではなく辺りを見渡すと360度つけられていた。
「どこだ……ここ」
なぜ、ここに居るのかわかっていなかったが不思議と頭の中はクリアで、慌てる事はなかった。次第に、状況を把握していく。俺は、靴箱の前で意識を失ったのだ。誰が、教えてくれたのかは知らないが。ベットの上にいるようで、布団が体の上にかけられていた。
これは、リセットの副作用的な何かだろうか。布団の下で、ポケットから携帯電話を取り出し電源を入れる。「起動中」の文字が黒い画面に浮かび上がり、画面上で円がクルクルと回転していた。まだ、起動にはしばらく時間がかかりそうだ。
占い師に問いたかったところだが、後にしよう。もう一度、電源を切りポケットの中にしまい込む。あの占い師ならば、きっといつでも大丈夫だろう。
もう一度、ベットに横になった。んー、と伸びをして布団を頭の上までかぶる。もう一度、寝ていよう。目を閉じた瞬間、タイミングよく布団が俺の体の上から引き剥がされていた。
「篠川!」
いきなり、名前が呼ばれシャットダウンしていた脳が、慌てて再起動を始める。数秒で、再起動は終わり俺の脳は、フル回転を始めた。
俺の目に最初に映ってきたのは、セミロングの美人でもなく、ブスでもないいたって普通の顔の美和だった。寝ぼけ眼で精一杯美和を見る。
「ごめんね、いきなり。篠川って呼び切りしちゃって。いやぁ、中々戻って来ないから死んじゃったかな?って思ってね。生きてた?軽い脳震盪らしいけど、どこかぶつけた?」
美和は、俺の頭をポンポンと叩く。年下から……
「いや……」
「まぁ、只の意識障害だったみたいだし良かった良かった。次の授業から参加出来そう?」
次の授業?俺は、手元に置いてあった鞄をベットの手摺りに掴まって取る。その中から黒い手帳を取り出しページをめくり、時間割を確認する。
「2時間目 体育」
えっ、脳震盪起こした人間に体育普通、させますか?無理でしょ。俺は、美和に向かって頭を振った。ブンブンと、風を切りながら。
美和は、「そうだよね」と明るく振る舞い1時間目のノートを渡して帰っていった。そのノートは、アニメのキャラクターがプリントされた普通横罫のもの。表紙には、英語と書かれていた。ページをめくり、今日の分を確認する。
「げっ……否定詞かよ。えっ、読めない。オジさんには、読めない」
ノートには、「My father likes to take pictures of animals」という文章が書かれ、問題になっていた。問題の内容は訳せ、との事。勉強ができる美和は、キチンと訳す。しかし、字が擦れ解読不可能になっていた。訳は、「父は動物の写真をと……が好きです」となっている。きっと、「父は動物の写真を撮る事が好きです」と書きたかったのだろうが。
「オジサン、英語出来ないんですよ。海外に出た事ないし、外国人恐怖症だし」
などと、言い訳をしつつノートを写させて貰った。途中でもう一度伸びをして、俺はノートを片付けベットから降りた。
美和に、返しに行かなければ。俺は、ベットの横に置いてあった制服の上着を着て教室へ向かう。南校舎から、渡り廊下を通り俺の教室のある校舎へ移る。
そして、俺の教室へ入り美和を探したのだが……いない。誠に美和の居場所を聞いたが、知らないと言われてしまう。なんとなく、涼に話しかけるのは気まずかったが、
「涼、美和の居場所しらねぇーか?」
次の授業の準備をしていた涼の手が止まる。そして、静かに首を振りまた、準備に取り掛かっていった。誰も、知らないのかよ。
最終手段の来美に聞くと、案外あっさりと居場所を教えてもらう事ができた。
『あ"?美和?美和なら、さっき他のクラスの子達とどっか出掛けたわよ。渡すものがあるなら机に突っ込んどいてくれていいからって、伝言残して』
肥満気味のお嬢様は、なんだか性格が丸くなった気がする。縦巻きロールの髪をいじりながら、俺に情報を漏らしてくる。
昔の、こいつはどこへ行ったのやら。俺は、お嬢様、来美の言う事を聞いて机の中にノートを入れて保健室へ戻っていった。




