1話 【落ちこぼれ会社員の俺】
篠川は、溜息をついていた。短い髪の毛には、薄っすらと汗がにじむ。
最近は、何もかも上手くいかない。何をしたって怒られてばかりだ。こんなことならば、人生をリセットしてみたいものだ。
子供の頃から、また開始すれば楽しい事ばかりだったはずだ。しかしまぁ、大学を卒業後社会人になり、稼ぎ始めるとこんなにも生活は変わるものか。
ゲームと睨めっこしていた俺は、今は大量の資料と睨めっこだ。家に帰れば、誰かが迎えてくれていたが今では自分自身の影が俺を迎える。
溜息ばかりが、耳に響く。だれか、こんな俺を救ってくれはしないだろうか?
夏になり、クールビズがやって来ると社内には半袖が目立っていた。
それでもまだ、長袖はいる。暑くないのだろうか?俺なんか、蒸し暑くてデスクにミニ扇風機が3台も完備されている。
「おい、篠川!」
また、課長のお呼びのようだ。嗚呼、憂鬱だ。誰か、俺を救ってくれる人間はいないのか?課長のデスクまで歩くと、俺の前に紙の束を勢い良く叩き下ろした。
その衝撃にデスク上の文房具が揺れた。
「駄目だ。やり直し、こんなの上に提出できるわけがないだろう?」
汗ばんだ額から悪臭を放つ課長。こんな人間、消えて仕舞えばいい。また友人に注意された『死神発言』をしてしまった。
「すみませんでした。今日中にやり直します」
【真面目】な俺は、そう答えた。紙の束を受け取り、またキーボードを打っていく。なぜ、俺がこんなことをしなくてはいけないのだ?こんな人生を歩むのであれば、叶うはずもない夢を追いかけている方がよっぽどマシなきがする。
昔は、プロ野球選手になるのが夢だったっけなぁ。草野球をして…………。
いつの間にか、目から涙が溢れていた。俺は、何やっているんだ?昔話を思い出しても、この先は何も変わらないのになぁ。
革靴を脱ぎ、脚をデスクにのせて背もたれにもたれて伸びをする。
タクシーを呼び止め、乗り込む。終電を逃してしまったためだ。
しかし財布を見て驚いた。自宅までの料金が足りないのだ。
このままでは、家の数キロ手前でアウトだ。銀行へ走って下ろしに行きたいところだが、近くには建物すら見当たらない。(嘘だろ………)
なんて、ついていないんだ。仕方なく、タクシーを降り歩き出した。ここからだと、何時間かかるだろう……
スーツで、歩けるわけがない。スーツなんかで歩いて仕舞えば、家で倒れてしまう。うん、死んでしまう。ぽっくりと。
どうするべきか……どこかのホテルに泊まるべきかもしれない。いや、この辺りに建物はないのだ。
「どうするか……」
もう、死も覚悟で歩くしかないな!上着を脱ぎ、腕にかけ革靴にギュっと足を押し込み歩いていく。
暗い夜道はとても怖かった。大人でも怖い程、街灯もなく暗いのだ。心配性の俺は、カバンで盾を作り、いつ襲われても大丈夫な態勢をとる。
「……ドコカラデェモ、カカッテ……コイ」
震える声。いや、これは心配性ではなくただの『怖がり』なのでは?自分の中で、そんな答えが出てきても、俺は『心配性』を貫いた。
自分の靴音でも震えている。
「帰ったら、ビール飲むか……」
頭の中に、ガラスのコップが現れ、ビールが注がれていく________