わたしじゃない魔物の私
フェルベライトと名付けられた少女は手をつないで廊下を歩いていた。
この手をつなぐ青年と彼女はどうみても親子としか見えない。廊下ではまだ誰にも会っていないが会ったらどうするつもりなのだろうか。
そもそもどこにいくつもりなのだろうか。聞いたところで彼女にはわからない場所でしかないとしても。
それを知っているのは少し前を堂々と歩く男だ。彼は国の主と名乗った。それ以前に言う機会はあったにもかかわらず、今になって。この部屋の外ではそうなっている。態度に気をつけるように言って笑って頭をなでた。
そのままふらっと外に出て行こうとしたのを青年が止め、今に至る。つまり止めれなかったのでついて行くことにしたようだ。
「どこにいくの?」
言葉使いをどうしたものかと悩んだあげく彼女が選択したのは子供らしい問いかけだった。
「陛下の私室です。お腹すいてませんか?」
彼女は首を横に振った。
不思議なほど空腹感は感じていなかった。朝、穴に落ちて、今は昼を過ぎ夜になろうとしている。いつもならばお腹すいたと訴えてもよいはずだ。彼女は首をかしげたものの現状が普通と言えない状態ではおかしいとは言えない。
強いて言うならすべておかしい。
「ちぃとばかし、喰わせてやったから腹減りではないだろう?」
男の言葉にに青年はやや眉を寄せたがフェルベライトは気がつかなかった。
「まあ、詳しいことは部屋で話そう。今日は、ヨルも来るのだろう?」
「既に知らせています。アッシュも、来ると言っていましたよ。部屋の防御の強化が先に必要かと思います」
彼らは頭上を行き交う会話に困惑している彼女に説明する気がないようだった。
問いを口にするより先に男が立ち止まる。先に戸を開け青年と手をつないだフェルベライトを部屋に入れる。
「開け」
言葉が小さく聞こえた。しかし、何かが変わったように見えなかった。戸が密かに閉じる。
「陛下?」
少し驚いたような声が戸の向こう側から聞こえる。誰も廊下にはいなかったにもかかわらず突然現れたように。
「うん?」
「どこからお出かけでしたか?」
「ちょっと、な。怖い顔するな、アガット」
「……陛下。仮病だったりしませんよね?」
「ん? 熱はあるぞ」
「胸張って、体調が思わしくないのに出歩くことはおやめください」
「あー。わかった、わかった。で、アガットが何でいるんだ?」
「お見舞いの客を追っ払うため、ふらふら出歩いている王の不在を隠すためですが?」
「悪かった」
「食事の用意をさせましょう。何も召し上がっていないのでしょう。魔法使い殿にもご用意いたしますので、お待ちください」
戸の向こう側の声があからさまに聞こえてくるのは、部屋の中にいる青年にも聞かせたかったのかもしれない。
フェルベライトが見上げれば微妙な苦笑とも取れる表情をしていた。人形のように整った顔に少しの表情が彩られるだけで妙に人を惹きつける。これで笑ったときにはどういう衝撃だろうかと彼女は現実逃避ぎみに考える。そして、同じような顔ということは自分でも同じことが起こるはずだと思い至り絶望的な気持ちになる。
身の安全を図らねばとても怖いことになりそうだ。
「……だそうだ」
ばつの悪そうな顔で男は部屋に入ってきた。王の私室というには豪華さはないが品の良い調度品で整えられている。
小さいテーブルとイスが部屋の端に置かれていた。彼らは少し中央に移動し、イスを5つ用意する。おそらく慣れないコトをしたのだろう。青年は嫌そうに手伝っていたが、本来は別の者がやることではないだろうか。
王と名乗ったわりに行動派な男であるようだ。それで周囲を少し困らせる。
イスの位置を直して満足そうにうなずいているあたり変に几帳面なのかもしれない。
退避しているように言われてソファに座っていたフェルベライトの隣に疲れましたと言わんばかりの態度で座り込んでいる青年とはとても違うようだ。なかなかアバウトな性格なのかやっつけ仕事感満載だった。
「しかし、どう見ても親子だな」
セッティングに満足したのかいつの間にかフェルベライトと青年を見ていた男は改めて言う。
「どうして、こうなったんですか?」
「ミン、説明してくれ。俺もあの報告じゃわからない」
男の言葉に促されるように彼は口を開き言葉を発する前に一度閉じた。言葉を探すようにしばし目を閉じ、ようやく口を開く。
「詳細は説明できませんが、一度死んでしまいましたので、人であることをやめてもらいました」
「というのがどういうことか、知りたいんだが」
ためらうように青年は彼女に視線を向けた。フェルベライトはろくでもないことをされたらしいと感じた。死んだものをそのまま生き返らせることもできまい。
「弱小な魔物に食べさせて乗っ取りさせて、魔力をつぎ込みました。結果、魔物になりました」
「はい?」
「やっぱり、そうか。魔物というのは、自我を持つ魔力の集合体みたいなもの、なんだが、モノを喰うことにより記憶や姿などを覚える。全部食べれば、本人ができあがる」
「ただし、魔物化します。貴方のすべてを維持するには魔力を与えて固定化することも必要で、結果、私の魔力に影響され似た顔になったと」
「意味がわからない」
フェルベライトは頭を抱えた。
つまり、わたしは、もう、私ではないのか。
わたしであったモノは死んで、魔物に喰われ今の私になった。
魔物な私。
「死んで生き返って魔物になりました?」
つまり、そう言うことらしい。




