王族のはじまり
旧城を離れ、王城へと足を向けたのは当然のことだとフェルベライトは思う。
探し人は旧城のいつもいる場所にはおらず、であるならば王城へと行くのは当たり前と思える。
しかし、間が悪いのは彼女自身の運の悪さだろうか。
それは二階に上がってすぐの出来事だった。
「陛下」
感情のない声だなとフェルベライトは場違いにもそう思う。前に立つカイレンの背中に隠れながら、きっと見つかったのだろうと諦めつつ。
「急ぎの書類は片付けたし、アガットには言ってきてある。娘を宥めて疲れてるんだからほっといてくれ」
面倒そうに言うのは確かに国王陛下たるシェンナのようだ。
カイレンにわざわざいい訳をするということは、やはり一方的な主従関係とは違うのだろう。
「そんで、その猫の保護者は見かけてないかい?」
「いいえ。探しているところです」
「じゃ、引き取るわ。どうせ、用があるのだし」
やはりバレバレのようだった。フェルベライトはカイレンの背中から顔だけを出す。
いつか見た楽そうな格好とは違い、上着まできっちり着込んでいる。こうしてみれば、見栄えのする王様のようだ。
「一人で歩かせることはできません。俺が怒られます」
「わかったよ」
顔をしかめながらもシェンナは断らなかった。そして、先に立って歩き出す。それを一歩ほど下がってカイレンは従う。フェルベライトは子供の事を忘れていませんかと問いただしたい気持ちで小走りについて行った。
行き先に当てはあるのか足取りに迷いはない。王城の奥へと向かっているのは間違いないだろう。
「ふぎゃっ」
疲れたなぁとフェルベライトが薄らぼんやり考えていると何かが足をつかんだ。あっという間に床と熱烈なご対面をすることになる。
辛うじて顔はかばったが腕が痛いはずだ。
「……?」
しかし、全く痛くない。体を起こすとぬめる液体が体から落ちていく。
指先から滴るそれをフェルベライトはまじまじと見つめる。透明なゲル状の何か。それが体を覆っていた。床に全て落ちるとしみこむように消える。
それはとても、懐かしい、何か。
「大丈夫か?」
「びっくりした」
戻ってきたシェンナやカイレンにそう答える。床から手で捕まれるとかなんてホラーだ。そういえば、アッシュが王城はトラップが多いから嫌だと言っていたが、これがそうだろうか。
対魔物専用トラップとして、足をつかむというのはどうなのだろう。
「怪我、はしてないな」
確認してくるシェンナに肯く。
彼はため息をついてフェルベライトを抱え上げた。
「な、なんでーっ!」
「うるさい。移動の都合を考えればこれが早い」
フェルベライトの抗議を無視してシェンナは歩き始めた。カイレンは笑いをこらえながら後ろに従う。
「勉強とか好きか?」
「いいえ」
即答だった。フェルベライトの顔にも嫌だと書いてある。シェンナは少し困ったように眉を下げる。困り顔というものは彼にしては珍しいのだが、彼女はそんなことは知らない。
ただ、騙されないぞと思っただけで。
「子供たちが、おまえと一緒に勉強したいんだと。それで大騒ぎされた。で、折れてくれれば願いを4つ聞こう」
「甘いお父さんですね?」
「俺に出来ることなど、もう残ってないからな。それで、真面目に武装してくれる気になるならそれでいい」
「武装?」
「知識も立ち振る舞いも魔法も武器も戦うための力だ。フェルベライトもないと困ると思うぞ」
一体彼は何と戦うつもりなのだろうか。飄々としたどちらかと言えば意地悪そうな食えない男というのが彼女の評価だ。柳のように受け流すことはあっても正面からなにかをしかけるようには見えない。
フェルベライトはシェンナを見上げる。
少し不安げに見える表情に衝撃を受けた。
「……なんて顔してるんですか。まあ、父が良いと言えば受けます。あの方々の知識は偏ってますからね」
さすが親子だ。ヴェールとそこはかとなく似ている。フェルベライトは動揺をごまかすように早口で言う。儚げにも頼りなげにも見えたのは目の錯覚に違いない。
ほっとしたようにゆるんだ目元がリアとも似ていた。この目は家系なんだろうか。
「では、侍女の手配がいるな。親族だけのお披露目の茶会と衣装はリアのモノで間に合うか」
「……待ってください。なんで、そうなるんです?」
「王族の姫は一人では出歩かないものだし、姫らしい格好をするにはあの二人ではムリ。王族としての正式なお披露目は7歳までしないしきたりだが、親族には顔あわせが必要。質問は?」
「4つのお願いじゃ、割に合わないので7つにしてください」
「承知した。ということで、カイレン、リアのとこに連れてってやれ」
猫の子のようにフェルベライトはカイレンに渡される。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔でカイレンはフェルベライトを受け取る。
「は? 陛下、お一人では」
「アガットが先にいる。それに、俺は十分、強いよ」
フェルベライトは確かに反対側の廊下から赤毛の青年がやってくるのを確認していた。
カイレンは表情を消して、フェルベライトを抱え直した。彼女は居心地が悪いように身じろぎをするが、彼がそれを気にする風でもない。
「了解しました」
一礼し、あっさりと引き下がる。
「フェルもまたな」
「はい、また」
とは言ったものの王とそう簡単に会えるのだろうか。疑問に思いながらもフェルベライトは手を振った。
フェルベライトはそのときは気がついていなかった。
立派に外堀を埋められつつあることを。




