女王の庭
城というのは現在の王城と呼ばれる区域と旧城と呼ばれる区域に別れている。
王城は生活に便利なように作られた建物で複数の建物を廊下や庭でつなぐ形をしている。
旧城は石造りで堅牢な砦といった雰囲気で廊下では窓も小さいかほとんどなく、通路も狭い。燃えて困るモノや逆に魔法の実験、牢屋など王城に入れられない機能がごたまぜに入っている。兵士の鍛錬場が旧城の裏にあるらしく、それなりには人口密度が高い。
フェルベライトが住む森に近いのもこの旧城だ。森の出入り口と旧城の庭はつながっているようで3日に一度食料品その他が届けられるのもこの場所だった。
どういう理由かは知らないが旧城の庭は女王の庭と呼ばれているらしい。
フェルベライトの仕事の一部としてそれに印を付けてくるというものがある。
今日もカゴに一杯の野菜と肉や牛乳など保冷が必要なものを入れた箱が置いてあった。庭の片隅とは言え不用心だと思うが、これで問題ないらしい。厨房には代々、この役目を引き継ぐものがいるらしくそのもの以外にはこの場所は見えないと言う。
しかし、フェルベライトには丸見えなので事実か騙されているのかは不明だ。
カゴにはリボンを巻き、箱には石をいれる。
リボンに刺繍した星のマークは妙に赤黒く、石には乾いた赤黒い何かがついているが気にしてはいけない。
対になっているリボンと石を元に呼び出すというのだが、空間の省略と言っていた意味はあまりわからない。
食料のそばに座り、そのまま待っているとカゴと箱が消滅する。
フェルベライトは空を見上げた。いつの間にか夏も終わりにさしかかっている。
王城へ行ってしまった日から結構立つのだが、一切連絡はない。行かねばならないのかとびくびくしていたのが拍子抜けするくらいだった。
とは言っても何もなかったわけでもない。一定区域外にでることは許されず、食料の印付けもようやく最近再開したものだった。
「はぁ」
しかし、今日は朝からひどかった。フェルベライトはため息をついた。
魔物というのはやっぱり人とは違うものだ。魔力で知れることがあるとは思わなかった。体液としての牛乳だったから、わりとはっきりしたモノだろう、と言われても安心などできない。肉なんかでもわりとはっきりわかるという推論が成り立つから。
純粋に魔力のみを抽出するとわからなくなるらしい。純化されていく過程で不純物として消去される、ようだ。という曖昧な表現しかされない。
魔物だって自分の体がどうなってるかなんて知らないし、知らなくても生きていけるし。などと開き直られては言えることもない。
「ああ、もう、やだぁ」
もう人ではないと知っていたけれど、それを理解してはいなかった。途方に暮れそうになるが、助けになる人も魔物もいそうにない。
人の感覚が主では魔物に共感は薄いし、しかし、魔物の体では人ではない。
頭を抱えるしかない。
「……ネコ?」
がさがさと言う音はするが、人は見えない。そもそもそこに音のしそうなモノは何もなかった。
フェルベライトは目を見開いてそこを凝視した。
最初に見えたのは手だった。何かが軋む音が聞こえたかと思うとあたりに濃い草の匂いが立ちこめる。
そして、見える景色が一変する。
フェルベライトは草むらの中に座り込んでいた。
「……ええと、お嬢さん、どうかした?」
明るい金髪の男はフェルベライトにも見覚えがあった。よく旧城の入り口に立っている男だ。仮の父親の友人らしく、時々親しく話をしていたことを覚えている。最初見たときはアッシュにミンに普通の友人がいるのっ!?と言って無言で殴られたことも思い出す。
それぐらい、人とあまり深くは関わらないようにしているように見えたのだ。
「なんで、見えるの?」
「……ネコの鳴き声が聞こえて、うちの寮のネコかと。俺の目、魔法が見えにくいらしい」
隠蔽魔法も偽装も見破るとしたらそれは大したものだ。フェルベライトは突然の事態に現実逃避したくなった。
さっさと森に帰っておけばよかったのだ。
「保護者を呼んでくるから待ってるか、一緒に来るか、どっちがいい?」
「別の保護者を待つ」
アッシュがこの事態に気がつかないはずはない。フェルベライトの返答に面白がるように彼は笑う。
「そ。じゃ、俺もさぼろっかな」
あっさりと言って彼はフェルベライトの隣に座った。
「一人で大丈夫ですっ!」
「当てになる保護者じゃないからね。あとで恐いことになるのは、俺だし?」
当てにならないというのは実績があるため、フェルベライトは反論しがたかった。彼らだって仕事ややるべきコトはあるし、フェルベライトにかまってばかりもいられない。
さっさと帰るべきだったと後悔してももう遅い。
「わかりました」
「ん?」
「保護者のところへ連れてってください」
諦めたように言うフェルベライトをちょっと意外そうに見やると彼は立ち上がった。
「もう少し頑固かと思ったけど、違ったね」
その言葉にフェルベライトは口を曲げた。しかし、立ち上がると服についた草を払う。
男はそれを見届けると先に歩き出した。それにいつの間にか抱き上げられることになれていたなとフェルベライトは思う。
少し早い足取りについて行きながら、それなりに気を遣われていたのだなと彼女は思う。
「お兄さんはなんて名前です?」
「カイレン。おまえの名前は知りたくない」
それから黙って歩け。そう続ける彼は少し面倒くさそうに見えた。返事代わりにフェルベライトは鳴いた。
「にゃあ」
「ふぎゃーっ」
人間の言葉とするならばこのやろーっと言ったところだろうか。機嫌の悪いネコがどこかにいるらしい。
カイレンは庭の巡回に出たことを少し後悔していた。寮のネコが最近どこかに行ってはつやつやになって帰ってくる。どこかで可愛がられているのは間違いない。
おかげで寮の倉庫のネズミが増えた。どこで餌付けされているのか確かめておかないと食糧事情が悪化する。
庭にでているらしいと噂で聞いていたが、その姿はどこにも見えない。
彼としても本気で探すつもりはないのだから、適当に異常がないか確認して帰るつもりだった。
「みゃ、みゃぁう」
泣き出しそうな頼りない鳴き声にカイレンは足を止める。旧城そばの森としか言われない場所に近い。あまり良い雰囲気はしないので人も獣も寄りつかない。軍馬ですら忌避するその場所だが、カイレンにはさっぱり通じない。
鈍感と言われるが、こればかりは仕方がない。魔力や魔法の感知度低い。この国の人間のように常時魔法にさらされているのは例外的だ。閉鎖的なこの国でそれを自覚してる人物はほとんどいない。
「……ネコ?」
生け垣のその奥にいた子猫は子供だった。将来はさぞかし美人になるであろう顔立ちに記憶がある。
紹介される前にあったら怒られるだろうか。彼が考えたのはそんなことだった。




