悲しみのドナドナ
売られていく子牛の気分だ。
フェルベライトは姿をあっさり消した人外がいた場所を恨めしげに見る。姿を消しているだけでここにいる可能性は否めないからだ。
状況はいっぺんも改善されていない。
ご兄弟四人様が周りを囲んでいる。一番年長なのは茶色の髪の子供だ。とは言っても現在の自分の見た目と比較すると5歳前後だろう。
続いてもう少し小さい子が三人。年齢で言えば兄、妹、妹、弟、といったところだろうか。そろっていると兄妹感があるが、個別に見るとそう似ているわけでもない。
「僕たちとお茶しませんか?」
「ノワ様」
「アガット、おちゃするー」
「するー」
「しゅる?」
四人がアガットを見つめると彼はたじろいだように顔を引きつらせた。苦手と顔に書いてあるようでフェルベライトは意外に思った。人当たりの良さから子供も扱い慣れているのかと思えたのだが。
視線を彷徨わせ言葉を考えているようだが、思い浮かばなかったようだ。
諦めたようにため息をつく。フェルベライトとしてはアガットに諦められては手が出せない。
「侍女殿に頼んで来ますので、大人しくしていてくださいね」
せめて対応へのヒントをっ! そう思いを込めて見つめても首を横に振られるだけだった。
もの悲しいメロディが頭の中をぐるぐる巡る。見知らぬ子供と一緒にいるよりは知っている人と王宮内をうろうろする方がマシな気がする。
「私も行きますっ!」
「……うん、待ってなさい。今日は出歩くのが危険だから」
「危険ですか?」
「今日、そのままで歩くのは火薬庫に火を持って行くみたいなものです」
「そ、それは」
いつも城の中に連れて行かれるときはなぜか外見を誤認される魔法をかけられている。今はその魔法はかかっていない。素のままの顔だ。それが危険と言われるのはフェルベライトには理解できる。
仮の父親とそっくりの顔では騒動になるに違いない。
「わかりました。貸しにしておきます」
「それでいいですよ」
そうして、アガットは立ち去る。残されたのはフェルベライトと四人の子供だった。
改めて見れば仕立ての良い服を着ている。これは良い生まれの子供たちではないだろうか。今更ながら彼女は首をかしげた。
「それであなたは、誰ですか?」
「ノワにいさま。じぶんからなのるものとかあさまがいってましたわ」
「それは悪かったね」
決まり悪そうな顔で彼は言うと右手を胸にあてた。
「僕はノワ、城へようこそ。姫君」
「コロナリア・アネモネですわ。リアとよんでください。この子はブランダ・アネモネ。妹なの」
「なのー」
フェルベライトが目を瞬かせる。見間違いでなければ、ノワが差し出した手を押しのけて彼女は目の前に来た。
にこにこ笑っている顔は可愛らしい。妹と言われた子もよくわからないなりに笑顔だ。
姉のほうが濃い赤の髪、妹は薄紅色の髪。お揃いのように白いワンピースを着ている。
フェルベライトは服を引っ張られる感触に視線を向ければ最後の一人がもじもじしていた。意を決したように見上げて一言。
「べーる」
それは名前でいいのだろうか。
「弟はヴェールと言います。まだちゃんと言えないんですが、そこがかわいいんですの」
フェルベライトの困惑を感じたのかリアはそう補足する。
そして、どうやら名乗らなければならない状況らしい。名前はまだ公表されていないようだからそこから素性がばれる心配はない。
心配はないとは言うが、見た目でバレバレのはずだ。そう思うと口止めをどうしようかと思う。
「フェルベライトと言います」
「ふぇーる?」
ヴェールは舌っ足らずな口調で言い首をこてんとかしげる。なんだ、このカワイイ生き物は。フェルベライトは衝撃を受けた。身近に小さい子がいたことがないが可愛いという話は聞いたことがある。叔父バカ的な。あの時はバカにしてごめんなさい。先輩。
「フェイ、フェル、ライトあたりかな」
「……フェルで良いですよ」
フェルベライトははっと我に返る。可愛いとめでたい気持ちを抑えてノワに返答する。仮の父もめんどくさくなったのか時々フェルと呼ぶことがある。アッシュはそもそも人の名前を呼ぶ習慣がないのか呼ばない。二人いるのだからどちらに用事かわからなくて困るのだが改める気配はない。
「ミンおじさまと、その」
「わたくしたちのあたらしいねえさまですの?」
ノワが言葉を選んでいることを遮ってリアがずばり切り込む。兄の慌てた様子など全く意に介していない。
「いいえ。でも、言えません。知らされるまで名前も黙っていてください」
こればかりは自分の一存で言えるものでもない。フェルベライトははっきりと断った。
「ねえさまじゃないの?」
「ないの?」
「そっくりだよ?」
「ねー」
リアとブランダがこそこそと言い合っている。
「あとでちゃんと言っておくね」
ノワは困ったような顔で妹たちを見ている。ちゃんとお兄ちゃんをしているようだ。フェルベライトは微笑ましい気持ちで笑みをこぼした。
とたんにシンと静まりかえった。
ぽかんと口をあけたままの姉妹を見てフェルベライトは頭を抱えたくなった。この顔はやたらと整っていて、少し笑うだけで攻撃力が高い。それは彼女自身も仮の父親の顔で知っている。同じ顔だから。いつまでたっても彼の笑みになれない。心臓に悪い。それと同じ思いをさせている。
ちなみにアッシュは全く動じず、表情が硬いと駄目出しをするくらいだ。
ノワは頬を赤らめているし、ヴェールはきらきらした目で見上げてきた。
フェルベライトは絶望的な気持ちになる。何を言ったらいいのだろうか。誰か来てくださいと祈りにも似た思いで扉を見つめる。わずかな間を置いて戸を叩く音が聞こえて彼女は心底ほっとした。
「……というわけで改めてよろしくお願いしますです、はい」
しょげかえった顔で彼女は電話をしまってそう言った。想定を遙かに超えた長電話に飽きた彼は追加でNYチーズケーキを買っていた。ちびちび食べても半分以上減ったそれをつついていたフォークを彼女に向ける。
「見返りは?」
「便利道具を出せるのであります! 不確定未来から先取り出来る便利ポケットさえあれば……ポケットだけ取り上げるとかなしよ? 制御技術は人間には難しくて我々の専売特許! ご主人の人体改造を止めるためにやむなく設置しましたが役に立つ日が」
意気込んで売り込んでくるが、ほぼおかしい発言だ。彼女の真剣なまなざしが痛い。ポケットからは用途不明品が机に置かれていく。
「なにうなだれてるです?」
「なんかいろんなことがあほらしくなってきた。名前は?」
「マリカ。現地仕様では茉莉花、ジャスミンな方がよろしいですかね?」
「日本人を語るなら黒髪にしてからこい」
「ウィッグなので、購入ください」
「地毛はなんだ」
「ゴールド巻き毛だったんだけど、はがされたのですよ」
もう伸びないのにとぼやく。大きな赤いリボンがチャームポイントだったそうだ。
「ところでお名前は?」
思い出したかのようにマリカは尋ねる。
「大介」




