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花束を君に

作者: 泡沫

 やはり今日も駅前に女性が立っている。それ自体は別に大したことではないと思う。誰かと待ち合わせをしているのだろう、その女性はときおり不安そうに周りを見ては視線を足下に落としていた。それは僕にとってもう見慣れた光景だった。

 最初に彼女に気付いたのは、夏休みが終わり数週間経ったころの通学時だった。駅前の時計台の下、この季節の割に随分と厚着をした女性が立っていた。僕よりも4つ5つ上だろうか、色が白く、髪の長い、どこか儚げな印象だった。都会の無関心というものなのだろうか、道行く人は誰も彼女を気に留めることなく駅の中へ呑みこまれていった。僕は正直に彼女をきれいだと思った。美人だった。

 そして次の日もその次の日も同じ場所、同じ服装の彼女を見かけるようになった。授業の開始時刻は曜日によってまちまちだったが、何曜日であろうと女性は一人時計台の下に佇み、誰かを待っているようだった。僕は彼女のことを少し不気味に思う反面、やはり気になって仕方がなかった。日に日に考えることは駅前の女性のことばかり。誰を待っているのだろう、普段はなにをしているのだろう、実際に話をしてみたい。そう思い始めるまでさほど時間はかからなかった。


 そして今日、十一月も終盤に入り、例の女性の厚着も目立たなくなった頃、僕は思いきって話しかけてみることにした。

「あの、ここでなにをしているんですか?」

 遠慮がちに訪ねてみるものの、女性は自分が話しかけられていることに気づいていないようで、微動だにしなかった。

「ここで、なにをしてるんですか?」

 女性の真正面に回り込み、もう一度繰り返す。

「えっ。」

 話しかけられたことに相当びっくりしたようだ。女性の目に警戒の色が浮かぶ。

「な、なんですか?」

「あ、いや、いつもここにいるものだから、なにをやっているのかなと気になりまして。」

 とたんに女性は不安そうな顔をする。

「変、かな。」

「えっと、別に変とかは思いませんけど、誰か待ってるんですか。」

「そっか、じゃあ今日は待つのやめようかな。」

 女性はえーととかどうしようとかそんなことを呟くと、ふと何か思いついたように急に僕の顔をのぞき込んできた。微妙に会話が成立していないような気がしたが、それどころではなかった。

「ねえ、君今日暇でしょ。ちょっと付き合ってよ。」

 女性はそれまでの様子とは打って変わって明るい調子でそう言った。実際のところ授業があったのだが、急な展開と女性の豹変ぶりに頷くことしかできなかった。


「私の名前は由季。由季さんって呼んでいいよ。」

 女性は自分を由季だと名乗った。由季さんに連れられて僕はショッピングモールにいた。ここは県外からも客が訪れ、休日はカップルで溢れる、若者に人気の場所だ。由季さんは楽しそうにいろいろな店を回っては、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。

「夏希くん。どう、似合うかな。」

 様々なめがねをとっかえひっかえしている由季さんが鏡越しに話しかけてくる。

「なんていうか、頭悪い人が無理にインテリぶってるように見えます。」

 初めの印象とは違い、由季さんは活発で子供っぽかった。

「ひどいなあ。これでも学生の頃は頭良かったんだよ。」

 ちょっと拗ねた口調。それでいて媚びた感じはなかった。

「ほんとですかね。それ何年前の話なんですか。」

「あっ、さりげなく歳を探ろうとしたね。レディに失礼だよ。」

 由季が腰に手を当てて怒ったような表情を作る。

「そんなつもりはないんですけど、そう言われると気になりますね。由季さんの年齢。」

「教えないよ。さっ、もうこんな時間だしお昼でも食べよう。」

 さんざん試着しためがねを元に戻すと、由季さんは軽やかなステップで店の外に出た。


 由季さんが昼食の場所として選んだのはパスタの美味しいイタリアンでもお洒落な喫茶店でもなかった。

「こんな天気の良い日は外で食べるに限るよね。」

 先ほどのショッピングモールを出た後、そんなことをつぶやきながら由季さんが僕を連れていったのは、海に面した大きな公園だった。由季さんはベンチに座ると、公園の中央を指さした。

「私、タマゴサンドとイチゴサンド。あとコーヒー牛乳ね。」

 由季さんの指の先には移動式のサンッドイッチ屋があり、そこそこの人だかりができている。昼食はサンドイッチにするつもりらしい。

「はいはい、わかりましたよ。」

 鞄を由季さんの隣に降ろして、サンドイッチ屋に向かった。周りを見ると、男女のペアがベンチに座っているのが多く目に付いた。自分と由季さんはどのように見えるのだろうか。ふと僕はそんなことを考えて頬を緩ませていた。

 ベンチに戻ると由季さんは遠く、海の向こうを眺めていた。その顔はいつも駅前で見ていたものと同じ、どこか寂しさを感じさせる表情だった。

「おまたせしました。」

 僕は由季の表情に気付いていない風を装いながら、努めて明るく言った。

「ありがとう。ここのサンドイッチ、美味しいんだよ。夏希君は知ってた?」

 とたんに先ほどの表情は消え、今は年甲斐のない無邪気な子供のような顔をしていた。やはり気になるものの、僕はあまり深く考えないように自分に言い聞かせた。

「いえ、初めてですよ。由季さんはよく来るんですか?」

「え、まあ、前にね。よく来ていたかな。……そんなことよりほら、ここのタマゴサンド私のおすすめだから。」

 突然、目の前にタマゴサンドが差し出される。

「あーん、だよ。」

 由季さんはとても楽しそうだ。周りの目が気になるものの、嬉しさと恥ずかしさが同時に押し寄せて僕は固まってしまった。だけれども、次第に硬くなっていく由季さんの表情を見ると、逃げることはできないと覚悟を決めた。

「はいはい、あーん。」

 少し身を乗り出して、タマゴサンドをかじる。確かに美味しい。

「うん、なかなか美味しいですね。」

「今度は夏希君の番だよ。」

 由季さんがいたずらっぽい調子でこちらを見る。思わず目をそらしたくなった。

「じゃあ、しょうがないですね。はい、あーん。」

 由季さんの顔が近づいてくる。その瞬間、ふわっと漂ってきた甘い匂いにびっくりしてちょっと身を引いてしまう。由季さんの口は空振りをしてしまった。

 かちっ。

 由季の歯が合わさった音が響く。

「もう、夏希君のいじわる。」

「ごめんなさい。ちょっとびっくりしたものだから。」

 きっと顔が真っ赤になっているだろう。僕は由季さんと目が合わせられず、海の向こうに視線の逃げ場を探していた。

 

 

「良い景色だよね。」

 あまりに唐突で、それが僕に向けられた言葉なのか、それとも独り言なのかわからなかった。

「私ね、彼氏がいるんだ。二つ上で、背が高くてかっこいいんだよ。いっつもね、彼を待っていたの、駅前で。」

 たんたんと、人事のように由季さんは告げた。僕はかけるべき言葉が見つからず、黙って聞いていることしかできなかった。

「来ないってわかってるよ。どれくらいかは忘れちゃったけど、何日も何ヶ月も待っているんだから。異常だよね。」

 そこで由季さんは一拍置いた。

「でもね、心配になっちゃったの。連絡もつかないし、私のこと忘れちゃったのかなって。忘れていて欲しくないなって、そう思って私はあそこに居続けたの。ここら辺だって彼とよく来たデートコースなの。」

 変でしょ。と言って由季さんは笑った。もうそこには寂しそうな顔をした由季さんはいなかった。

「……少し散歩でもしましょうか。」

 僕にはこんなことを言うことしかできなかった。自分の無力さを痛感した。

「そうね。向こうの丘は見晴らしがいいの。行きましょう。」

 子供っぽいと思っていたけれど、実際はずっと大人な人なのかもしれない、と思った。


 眼下に海とビル群が広がっている。丘の上の見晴らしはとてもよかった。

「ちょっと疲れたな。そこに座ろうか。」

 由季さんはベンチに腰をおろして、広がる景色を眺めた。

「ほら、あそこが駅でしょ。それでさっきの公園がそこ。結構歩いたね。」

「そうですね。学校までさぼっちゃって、なにやってんですかね。」

「あはは、不良だ。学校さぼってナンパして、お姉さんとデートしてる。」

「ナンパなんかじゃありません。」

 照れなくていいのに。って由季さんなら言うだろうと思っていた。そうして僕をおちょくって遊ぶのだと。でもいつまでたっても反応がないからどうしたのだろうと由季さんを見た。由季さんの顔はこっちを向いていたものの僕を見てはいなかった。視線はその向こう、僕の後ろにくぎ付けになっていた。まるで信じられないものでも見るように驚いた表情で固まっていた。

「由季……さん。」

 由季さんは僕の呼びかけを無視して、すっと立ち上がるとふらふらと歩きだした。すれ違う。

「由季さん。」

 僕が振りかえるとそこに一人の男性がいた。背の高い、三十歳手前くらいだろうか。胸に花束を抱え、悲痛な面持ちで歩いている。ベンチのほうではなく公園の隅に向かって。由季はそのあとを追いかけていた。

「純一。」

 由季さんが叫んだ。それでも男性は反応しなかった。あの距離であれば誰だって気付くはずだ。それでも男性は足を止めることも振りかえることもなかった。見ていて痛々しいほどに危なっかしい足取りの由季さんはもう一度呼びかけ、男性の方に手をかけようとした。

「純一ってば。」

 すっ。

 僕は目の前で起きたことに唖然とした。由季さんの手は男性の肩を素通りして空を掻いたのだ。またしても声は聞こえていないようだ。由季さんは信じられないと言った顔で自分の手と男性を交互に見つめ、膝から崩れ落ちてしまった。

やがて、男性は大きなアーチ状のオブジェの前で足を止めた。アーチのちょうど真ん中からは鐘がさげられている。これは夏希も知っている、約束の鐘だ。カップルで鳴らすといつまでも一緒にいられるという観光地で度々見かけるあの類のものだ。男性は胸に抱えていた花束をそのアーチの下に置くと、涙を流しながら言った。

「由季。ちょうど一年前だな。お前が居なくなって寂しかった。なにもしてやれなかったけど。でもいつまでも引きずるのは由季も望んでないよな。俺、由季と同じくらい良い人見つけて幸せになるから。だから、ありがとう。」

 僕は由季さんを支えながら男性の言葉を聞いていた。由季さんにも聞こえているはずだ。横を見ると、由季さんは微笑んでいた。

「思い出した。私、死んじゃったんだった。それなのに、気づかずに、純一のこと、心配してて。でも良かった。純一が元気になってて。バカだな。私。」

 なにが起こっているのか僕には分からなかった。由季さんが死んでいる。でも、ここにいる女性は何なのだろう。

「あれっ。」

 誰かの驚いた声に顔を上げると、そこには男性が立っていた。なんだか恥ずかしそうだ。

「もしかして聞かれちゃったかな。」

 あはは、と笑って髪をかきむしる。人の良さそうな笑顔だ。

「すみません。」

「いや、なにも謝ることはないよ。でも危ない人だと思われちゃあかなわないからね。時間あったら少し話しを聞いてくれないかな。」

「構いませんよ。」

 男性はさっきまで僕たちのいたベンチに座る。僕の後ろを由季さんがじっかりとした足取りでついてくる。

「僕にはね、彼女がいたんだ。しっかり者に見えてちょっと抜けてる、かわいい彼女がね。ここもよく来たんだ。ウィンドウショッピングして、公園のベンチでサンドイッチ食べて、この丘で一緒に鐘を鳴らす。楽しかったよ。仕事で嫌なことがあってもね、彼女の顔を見るだけで忘れられた。僕のことを何でも知っていてね。本当に僕にはなくてはならない存在だったんだ。」

 そこで純一は一拍おいた。さっきまで流していた涙は見えなかった。大人は強いなと思った。こんな話をしているというのに。

「でもね、ちょうど一年前、彼女は交通事故で亡くなった。今日も丘まで行こうか、っていうときにね。待ち合わせは駅前でね。絶対に遅刻なんてしなかったんだけど、いつまでたっても来ないから心配してたらね。急に電話がかかってきてさ。病院から。……交通事故だって。急いで病院に行ったけどもう彼女は息を引き取っていた。」

 ふたりの間に沈黙が流れる。

「ごめんね。こんな話しに付き合わせちゃって。でもさ、あいつ俺のこと心配するだろうなって、そう思ってさ。そういえば、私がいないとダメなんだから。とかよく言われてたっけ。なんかこう、ここに来ないとダメなような気がしたんだよね。自分が元気な姿を見せてやらないと、あいつ安心できないだろうからさ。」

 そう言って男性はニッと笑った。

「なんて言えばいいのか、分かりませんけど。今頃安心してると思いますよ。彼女さん。」

「君にそう言ってもらえると嬉しいな。仕事を休んできた甲斐があったよ。それじゃ、この辺で。君も気をつけて帰るんだよ。」

「はい。お気をつけて。」

 純一は手を振ると丘を降りていった。後ろを振り返ると由季さんと目が合った。

「良い彼氏さんですね。」

「当たり前でしょ。」

 由季さんは腰に手をあててまるで自分の事を自慢するように言った。

「純一はちゃんと立ち直って、前進しようとしてる。ずっと忘れてたけれど、私は待っていたんじゃなくて、もう一度会って純一が私のこと引きずってないことを知りたかったのかも。あんまり待ちすぎて自分が何やってんだかわかんなくなっちゃったのね。でももう目的は果たした。だからもうここにはいられない。……夏希君ともお別れだね。」

「えっ。」

 僕は由季さんを掴もうとした。が、その手は何も掴めなかった。困惑するばかりの僕を由季さんが優しい目で見つめていた。

「ありがとう。」


 目の前に大きな海が広がっている。冬は終わり、ところどころに桜の花が見られるようになった。今日は由季さんと昼食を食べた公園に来ている。あの日から駅に行くたびに由季さんを探したけれど、結局見つけることはできなかった。

「なにぼーっとしてんですか。」

 隣に座っている少女が僕にサンドイッチを差し出す。年が明けてすぐ、僕は同じサークルの後輩と付き合い始めた。無邪気な性格に由季さんを重ねてしまった気がするのは自分では否定できない。

「ここのサンドイッチ、うまいんだよ。知ってたか?」

「知りませんでしたよ。それにしても珍しいですね。夏希さんはもう少しがっつりした物が好きだと思っていたんですけどね。」

「俺ってそんなイメージだったの?」

「ふふふ、冗談ですよ。」

 僕の彼女はよくこうして僕をからかう。

「こんなこと聞くのもなんですけど、初恋っていつでした?」

「うーん。半年くらい前かな。」

「え、それってもしかして私ですか。」

 自分でも遅すぎるとは思う。好きだとか恋だとかよく分からなかったのだ。

「残念ながら違うよ。もっともっと大人の人。」

 そう、大人の女性だった。強くて優しくてそれでいて弱い人だった。

「良かった。」

「なんでさ。」

「だって、初恋は実らないって言うじゃないですか。」

 


 


見直しとかあまりしてないので地の文の視点とかいろいろぐちゃぐちゃです。妥協の塊に仕上がっています。読んでいただいた方はありがとうございました。

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