告白は突然に
初短編小説になります。
拙いところも多々あると思いますが、最後まで読んでいただければ幸いです。
それは突然のことだった。
「あなたのことが好きです」
誰もいなくなった教室で、不意にそう告げられた。
私に告白してきたのは笠原幸さん。
茶色がかった綺麗な長髪と整った顔立ちは、すれ違う者がみな思わず振り返ってしまうほどの美しさであり、明るく親しみやすい性格から男女問わずに人気が高い、いわゆるクラスのアイドルである。
対する私は名を高木優子という。
どこにでもいる目立たない存在であり、笠原さんとは比ぶべくもない地味な人間だ。
何かのドッキリ企画だろうかと思い辺りを見渡してみるものの、他人の気配は全く感じられなかった。
そして何より、
(震えている…)
短い告白の後、彼女はうつむきながらその体を震わせていた。
これが演技ならアカデミー賞ものだろう。
何はともあれ、このまま黙っていても仕方ないので
話をしてみることにした。
「笠原さん」
「は、はい」
名前を呼んだだけなのに、返答の声はかわいそうなくらい震えていた。
「その、どうして私なんかを?」
思いついた質問の言葉はひどく曖昧なものだった。
それも仕方ないだろう。
こんな美少女にいきなり告白されたのだ。
私だって頭が上手く働かず、まともに思考できないくらい動揺しているのだ。
ただ、幸いなことにこちらの意図は伝わったらしく、笠原さんはその問いに答えてくれた。
「あなたに助けられた時、気付いたら好きになっていました」
私が笠原さんを助けた?
そんなことがあっただろうか…
「その様子だと、覚えてないみたいですね」
少しがっかりした様子の笠原さん。
「うん。その、ごめんなさい」
その姿を見たら思わず謝らざるをえなかった。
「そんな、謝らないで下さい」
笠原さんはそう言ってくれたが、思い出さないままでは申し訳ない。
ただ自分の力では無理そうなので、いっそ笠原さんに聞いてみることにした。
「よければどんなことだったのか教えてくれる?」
笠原さんはコクリと頷き、その時のことについて語りだした。
「入学して間もなかったある日、帰宅途中にノートを机の中に忘れていることに気付いた私が教室に戻ると、私の机に数人の女の子たちが群がっているのが見えました。何してるんだろうと思ってよく見てみると、女の子たちは一人とその他に別れて言い合いをしていることがわかったんです。そして内容が気になって耳をすませてみると…」
『こんなことして恥ずかしくないの!』
『あなたには関係ないでしょ!』
『関係あるかどうかは問題じゃない。あなたたちがやったことは人として間違っている』
「…と、そんな内容でした。一人の方の女の子に強く叱責された他の子たちは逃げるようにその場を去って行きました。その子たちに見つからないように一旦はその場を離れましたが、残った子のことが気になって戻ってくると、その子が一生懸命私の机を拭いてくれてるのが目に入ったんです」
…思い出した。
あの時、たまたま教室に戻ったらとある集団が笑いながら誰かの机に落書きをしていた。
見ると、書かれていたのがあまりにも酷いことだったので、その子たちに対して思わずキレてしまったのだ。
あれは笠原さんの机だったのか。
「あの時の高木さん、毅然としていてとても格好よく見えました。本当はすぐにお礼を言うべきだったんですが、見とれてしまっているうちにその機を逃してしまって…改めて、あの時はありがとうございました」
深々と頭を下げて礼を言う笠原さん。
「笠原さん、頭を上げて。私はしたいことをしただけだから」
実際、陰でこそこそと汚いことをする奴が嫌いだから思わずやってしまったことだ。
その机の持ち主のためを思ってやったことではない。
「それでも嬉しかったことには変わりないです。今でこそたくさん友達がいるけど、当時はなかなか友達ができずに心細かった時期だったんです。もし高木さんがあの人たちを止めてくれず、落書きされた内容を見ていたら…私、ショックで立ち直れなかったかもしれません」
そこまで深刻なことだったのか。
正直、彼女の気持ちは私にはよくわからない。
友人がいないわけではないが、仮にいなかったとしても、私は心細く思ったりはしない。
机に落書きするような陰湿なイジメをされたら、犯人を探しだしてガツンとやってやればいいだけだし。
「それからというもの、気付けばあなたのことを考えていました。初めは遠くから見ているだけで満足だったんです。でも、時が経つにつれ思いが募って…最近では、想いを胸に秘めておくのが辛くなっていました。それで今日、思いきって告白することにしたんです」
笠原さんはそこまで言って言葉を止めた。
そこまで想われていたとは驚きだ。
私にとっては言われるまで思い出せない程度のことだが、笠原さんにとって本当に重大なことだったのだろう。
そう、狂おしいくらい誰かを好きになってしまう程に。
「だから、もう一度言います。あなたが好きです。私と付き合って下さい!」
頬を赤く染め、拳を握り締め、体を震わせながら振り絞った声で思いの丈を私へと伝えてくれた。
生まれてから12年と数ヶ月、告白されたのは今回が初めてだ。
しかも相手は同姓、こんなことは想定したこともなかった。
改めて笠原さんを見てみる。
同姓である私ですら見とれてしまうほどの見目麗しい姿。
性格も悪くなさそうだし、何よりその一生懸命な姿には心惹かれるものがある。
だが、それだけでオーケーしてしまってもいいのだろうか?
彼女の気持ちは生半可な気持ちで応えていいものではない、それだけは確かだ。
「…」
「…」
しばし、沈黙が場を支配する。
「笠原さん」
熟考のすえ、私は結論を出した。
「ごめんなさい、あなたとは付き合えない」
彼女に対して残酷な結論を。
「あ…」
ガタッ
それを聞いた笠原さんは、落胆のせいか体勢を崩して尻餅をつき、その際に近くの机にぶつかった。
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄り、手を差し出した。
「ありがとうございます。でも、ちょっと力が抜けちゃっただけですから心配いりません」
彼女は私の手を取って立ち上がった。
「結果は残念でしたけど、想いを伝えることができてよかったです」
よかった、彼女はそう言った。
泣きながら、震える声でそう言った。
「みっともないですね、こんな、涙なんか流して」
袖でゴシゴシと涙を拭う笠原さん。
「これ、使って」
私はハンカチを差し出した。
「ありがとう、ございます」
詰まりながらも律儀にお礼を言い、ハンカチを取ろうとした笠原さんの手をとった。
「断じて、断じてみっともなくなんてない。そこまで想ってくれて本当に嬉しいよ」
彼女の手を握り締め、目を見つめながらそう伝えた。
「私はあなたのことをよく知らない。もちろん、クラスメイトだからあなたが人気者だとか、すごく綺麗だとか、その程度の知識はあるけどね。でもそれだけでは、特別な関係になろうと決める要素として弱すぎる」
さらに続ける。
「ただ、これからあなたを知っていけばどうなるかわからない。事実、今日たったこれだけ話しただけなのにあなたに好意を抱くようになったんだもの。だから、時間を貰えないかな?あなたを知るための時間を」
これが彼女の気持ちを利用したずるい提案なのはわかっている。
だがここで断って、それで終わりにはしたくない。
それが偽らざる私の気持ちなのだ。
そんな後ろめたさもあったが、
「はい、喜んで!」
笠原さんの嬉しそうな顔を見たら、何処かに飛んで行ってしまった。
「チャンスを下さってありがとうございます。でも覚悟しておいて下さいね。絶対に私を好きにさせてみせますから!」
ウインクをしながら力こぶを作るポーズをする笠原さんを見て、彼女の虜になる時はそう遠くなさそうだと思ったのだった。