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ものすごく筆が進むよ!

 目が覚める。

 ぼやけた視界が次第に鮮明に。

 茶色い板張りの天井。

「私……」

 二月席の神は体を起こす。

「あ、起きた?」

 声の方を見やると、人の良さそうな笑顔を浮かべる黒髪の青年。

 年の頃は暁コウと同じくらいか。

 自身の異変を確かめる。

 いくつかの打撲と打ち身くらいだが、少し動くのは控えたほうがいいレベル。

「……貴方は?」

 未だに意識がはっきりしない。

「ひどいな。頑張って君をここまで運んだのに」

 そう言いつつも青年は二月席を寝かしつけ、布団をかけなおす。

「まだしっかりと暖を取った方がいい。川に流されていたんだから。意識もまだはっきりしていないみたいだ」

 そう言われてようやく思い出す。

 そうだ。私は戦闘の余波で川に転落して流された。

 抵抗することはできなかった。他の神と違って自分は非力だ。ああいうのは酷く苦手。体の方は頑丈だからとりあえず、服従因子を制限して平和ボケした人間が自分のことを拾ってくれたら、もう少しくらいは生きようと思ったんだ。あれで終わるのは半分くらい不本意だけど、半分くらい本意だし。

 我ながらひどい投げやりっぷりだ。

 すると、河原に引っかかっていた私をこの青年が助けてくれたんだった。

 しかもこの青年ときたら、病院に連れて行かないよう頼んだら本当にそうしてくれた上にここまでの看病をしてくれたのだ。

「ありがとう。メツさん」

「思い出してくれて何より。ところで君は?」

「私の名前はフェ……」

 言いかけて逡巡。さすがに現地の人間の言葉に合わせたほうがいいか。ロウアーがオクトバーの名字が中々に優秀だ、と言っていたしそれに倣うことにしよう。幸い、自分の名前はここではそれほど変わった方ではない。

「如月サキ」

 名前を聞いた瞬間、心なしかメツが遠くを見るような、さみしそうな眼をするのをサキは見逃さなかった。

「あの……」

「ああ、いや、ごめん。君が知り合いにすごく似ているから……」

 メツは口にして後悔した。それでも止まらない。

「似ている……から……」

次に目から出たのは涙だ。

 続いて嗚咽。

 サキは一瞬戸惑ったが、メツを慰める為にしばらく手を頭の上に置いた。

 しばらくそうして、ようやくメツが泣きやむ。

「ごめん。いきなり泣いたりして」

 目尻をぬぐいながら、謝罪するメツにサキは首を横に振る。

「悲しい時は、素直に感情を表現した方が楽だから」

 自嘲。

 それができていたらまた私は違っていたのだろう。

「優しいね」

 優しくなんかない。優しいのはそちらの方だ。

 私はただ演じているだけだ。

 最善と思える選択を。

「ええと……何か温かいものがほしいかな?」

 暗い表情を見せてしまい、それを気遣うメツが会話の展開を試みる。

 丁度、喉も乾いていたのでサキは頂くことにした。

「ほらこれ。ホットチョコレート。少し自信があるんだ」

 差し出されたマグカップを両手で受け取る。わざわざポットを使って持ってくる所に優しさを感じる。

 黒々とした飲み物をしげしげと眺める。

 これは何?

「あれ?もしかして初めて?」

 メツの言葉にこくこくと頷く。

「それはもったいない。すごくおいしいよ」

 メツに進められるがままにちびりと口をつける。

「……おいしい」

「でしょ?僕の親友のお墨付きだから」

「その人もこういうの上手なの?」

「飲食全般に関しては僕なんかよりよっぽどね。ただこれだけは僕の方が美味い。躍起になって練習したから」

「なんでそんなに練習を?」

「だって悔しいからさ。出会ったのは小学校、五年生のころなんだけど、とにかく生意気な奴でさ」

 初見で優しい人間だという印象を誰もがもつであろうメツという人間から「生意気」という言葉が出たことを意外に思いつつ、話を聞く。

「僕たちがやれマメ四駆だ、やれガキモンだといっていた時に彼はそんなことに一切の興味を向けることなく生活の知恵だの、家事だのに興味を向けていた」

「随分な変人」

「そうなんだよ。で、小さい子供ってのは残酷だからもちろん孤立するんだけど誰も彼に敵意を向けることはなかった。何でだと思う?」

「人付き合いが上手だとか?」

「いいや、無愛想だったよ。ただ子供たちの間では彼は英雄だったんだよ。孤立というよりは孤高、だったと言った方がいいかもしれない。とにかく運動ができたし、カブトムシだって難なく取ってきて見せた。運動会で種目に出れば必ず一位を獲ってきたし、上級生にいじめられた子がいれば状況にもよるけどなんだかんだで懲らしめに行くことだってある。その癖、誰も寄せ付けない雰囲気が彼にはあった。その孤高でミステリアスな雰囲気がいい方向に作用した。いや作用させる力が彼にはあったんだろうね」

「随分と褒めるのね」

「親友だからね」

 照れくさそうにメツ笑う。

「それに対して僕といえば学力は一位だったけど、それ以外、特に取り柄のない奴でさ。英雄視されていた彼に嫉妬にも似た感情を抱いていた。学力、ツバメのような低空飛行している癖にってさ。特に接点はなかった。僕は彼が嫌いだったし、彼は彼で自分から誰かに話しかけるような人でもなかったから。接点があったのは調理実習の時だ」

「調理実習?」

「うん。彼と班が一緒になったんだ。僕の班はハンバーグを作った。ついでに飲み物はホットチョコレートだ。彼がつくったハンバーグは絶品だったよ。あの時点でレストランに並べてもおかしくないくらいのレベルだった。ただ時間が制限されていたからホットチョコレートは僕がつくった。分量は完璧で文句なし。実際みんなもおいしいと言ってくれたよ。ただ……彼は違う反応をした」

「どんな?」

 すこし食い入るように先を促す。

「飲んだ時に酷くつまらなさそうな顔をしたんだ」

「それだけ?」

「そう、それだけ。それに無性に腹が立ってさ。喰いついたよ。そうすると彼はホットチョコレートをもう一杯入れた。そして僕に差し出した。明らかに僕の入れたものより遥かにうまかった。彼がしたことはたったのそれだけだ。だから、くやしかった。たまらなくね。絶対に何か言わせてやると入れては彼の所に持っていったものだよ。彼は持っていったら必ず飲んでくれた。三回目でやっと感想を言ってくれた」

「なんて?」

「不味くはないけど退屈だって。自分のことばっか考えてるいからこんな味しかしないんだってさ。意味がわからなかった。十回目で彼はもう一度、僕にホット・チョコレートを入れてくれた。相変わらず美味しかったよ。いや以前のものよりも。理由を尋ねたら『俺がお前のこと前より気に入ったから』だって。十一回目でようやく美味しいと言ってくれた」

「どうして?」

「僕が飲んでくれる人のこと考えて入れたから。彼はクラスメート全員の味の好みを覚えていて、彼が僕に飲ませたものもそういうように入れたホットチョコだった。だから僕も彼好みのものにした。スタートはそこから」

「すごい」

 サキは素直に感嘆の意を伝える。羨ましい。

「それから気があってさ。今では一番の友達だよ」

「いいな。友達」

「サキさんだって大切な人はいるでしょう?」

 メツの言葉にサキは首を横に振る。

「いない」

 私を想ってくれる人は皆、死んだ。

「それは思い込みだよ」

「私が死んでも……」

 今まで疎まれてきた。自分の領民にすら。いっそのこと他の神が占領してくれれば、と。この身に宿るは呪いの力。私のファクターを喋りかけて死んでしまった自領民の遺族の眼差しは未だに忘れられない。いつもギリギリの戦いに、他の神の華々しい戦いに比べればあまりに毒々しい戦い。その癖、その強力なファクターは勝って当然という勝手なイメージを私に押し付ける。

 いっそのこと私を殺せる誰かが現れてくれればいいのに――。

 そう想い続けて、ついに現れた彼は、私の最後の希望だ。

「誰も悲しまない」

 自嘲の笑みを浮かべた時、右頬に鋭い痛み。

 取りこぼしたマグカップがフローリングに黒色の液体をまき散らせる。

 ぶたれたのだ、とわかったのはうたれた頬を押さえてからだった。

 そしてぶった本人の方を見ると、

「あ、あわわわ」

 ぶった方がパニック寸前になってた。

「ご、ごめん。つい……」

 あたふたしながら謝罪の言葉を口にするメツ。ぽかんと口を半開きにしながらそんなメツを眺めるサキ。

「……ホントにごめんなさい」

 頭を下げるメツを、眼をぱちくりしながら数秒見つめてようやくサキは言葉を発した。

「あーはい、ええと、そうですね。はい。許します」

 こみ上げる笑いを何とかこらえる。ぶたれたのだから、ここではそれに続くテンプレがあるはずだ。その者が考える倫理観を相手に投げつけ、そして馬鹿なことを言った者が何かしらの反応を返す。

 少なくとも私が良く読む恋愛小説はそうだった。

 しかし、なぜか許しを乞うたのは相手で、許しを与えたのは自分。

 奇妙だ。

「ほんとに?」

 上目がちに見つめてくるメツに対して可愛らしい表情をするなぁ、と間の抜けた感想を抱きつつ首肯する。

「まぁ、ぶたれても仕方ないかなって」

 ああいうことを言えば痛い目見るのはテンプレ展開だろう。実際にやられるとは思わなかったけど。

「……けど、やっぱりメツさんにぶたれたのはびっくりしたかな」

 そう、びっくりだ。見た感じそんなことしなさそうなのに。

「うん、僕もびっくり」

 こぼれたホットチョコレートの後始末をしつつ、苦笑いするメツにサキはクスリ、と笑った。

「じゃあ、やっぱり許さない」

「ええ!」

 本当にいい反応をする。

「ホットチョコレートをもう一杯くださいな。それで許してあげる」

 悪戯をした後のように笑いかけ、メツにねだる。

「それくらいならいくらでも喜んで」

 サキの言葉にメツは背を向けて、リクエストされたものを入れ始める。

 しばらく、その背中をサキは眺めた。優男の風体だが、あの背中が私をここまで運んだのだ。あの川からここまでは結構な距離があっただろう。あの温かさは今でもこの身に残っている。

「ごめんね」

 口から出る謝罪の言葉。

「もう言わない」

「うん」

 非常に安らいだ返答が返ってきた。

 自分でもなぜこんな事を言っているのかわからなかった。

 私は死ぬために戦ったのに。

 ずきり、と胸が痛んだ。




 目を覚ます。

 硬い地面の上で寝ていたようで、体のあちこちが痛い。

 体を起こすことが精一杯だ。

 どうやら林の中らしく、周囲は木に覆われていた。

「ぐっ……」

 体を起こすと左腕に握られている感触があった。

 がに股でうつぶせに倒れたポニーテール。

「おい。クゥ」

「…………」

「おい!紙飛行機!」

「だぁれが紙飛行機だ!」

 ガバッと体を起こし、クゥが吼えた。

「良かった。生きていたか」

「ええ、生きていたっす。生きていたっすよ!命の恩人に向かってなんて呼び方っすか。この馬鹿……」

 仰向けになりながらやけくそ気味につぶやく。

「あ、うん。……そうだな。悪かったよ。ありがとう」

 コウが深々と頭を下げると、クゥは顔を赤くした。

「いや、そう畏まられると逆に……」

 なんだろう?この既視感。

「素直に礼を言えるということも一種の才能っすね」

 照れ笑いを浮かべながらコウの謝意を受け取る。

「ハヅキとルウラは?」

「離脱済みっす」

「二月席は?」

「わからないっす。死んではいないと思うっすけど」

 多分、一緒に川に転落したのだと思う。

 あの神は虚弱体質だから、転落と同時に気でも失っているのだろう。

 でなければ、自分たちが生きている説明にならない。

「……くそ。通信機は流されちまった。ここはどこだ?」

 足に力を入れようとするが、痛みで立てない。

 ファクターによる再生があまり働いていないことを見ると、時間切れからまだ一時間も経っていないようだ。

 自分のファクターは使い切ると一時間は恒常的に働いていたものまで性能が落ちる。

「う~ん。困ったっすね。あたしもしばらくは動けそうにないっす。お互い呪いに当てられたっすね」

 体がしびれて上手く動かない。どういった類の呪いかはわからないが、この程度で済んだのなら僥倖だ。

「平気なのか?」

 コウが心配するように覗き込む。

「ほっときゃ治るっすよ。一応、あたしも神っす。回復に一日割く程度っすね」

 クゥの言葉にほっとする。

「……君はいい子っすね」

「はぁ?」

 何を言い出すんだこいつは、命の恩人を心配するのは当然だ。

「あたし、わざと二月席が生き残るようにしたんっすよ」

 一瞬でコウの意識が切り替わった。

 腰のアグニートに手をかける。

 無意識の行動だった。

 その一連の動作をクゥは見ていた。

 それでも見ていない振りをした。

 ここでコウが行動に移れば同盟は破棄だ。

 それくらいの問題だ。

「……ファクター使いは命名に縛られる」

 コウの手が止まる。

「あたしと一番相性が悪いのは戦闘面では先輩っすけど、命名で相性が悪いといったら二月席っすね。あたしがあの子のことを助けてあげたいと思ってしまうのはどうしようもないことなんっすよ」

「…………」

「あの子はね。本当は神になる必要なんかどこにも無い子だったんっす。あたしも先輩もなろうと思って神になったつもりは無かったっすけど、彼女に関しては神になることを押し付けられたんっす」

「どういうことだ?」

「教えたら、助けてくれるっすか?」

「いいや」

 エリコと同じ顔をした神を逃す気は毛頭無かった。

 あの神は死にたがっている。

 直感だが、間違いない。

 馬鹿にしている。

 何もかもを。

 何よりもエリコを。

 主観での八つ当たりに近い感情だったが、こればかりはどうしようもなかった。

「じゃあ、駄目っす」

「あいつは敵だ。エリコの顔をして、戦いに出てきて、俺からいろいろなものを奪い取る敵だ」

「助けようとは思わない?」

「俺の力はそういうものじゃない」

 誰かを助ける力にしては血生臭すぎる。

「そうやって自分の枠を狭めているからあたしは君のことを認めてないんっすよ」

「…………」

「もし、貴方が十月席の力を借りて二月席を倒すというのなら、あたしは貴方たちの敵になります」

「……脅迫するのか」

「ええ、人間だけの力で、二月席を何とかしてください。神の力を借りずにね」

「お前!」

「助けろ、といわないだけまだ優しいでしょう?十月席の力におんぶに抱っこされている陣営にあたしが安心して加わるわけ無いでしょう?人間の可能性を見せてください」

 最悪だ。

 コウはそれでも目の前の神に手をかけることはなかった。

「名前が似たもの同士、仲良くするっす」

 ニィ、と口を歪めてクゥがコウを挑発する。

「……くそったれ。次から次に条件付け足しやがって」

「そりゃあ、あたしは君らのお仲間っすからね。お願い事位していいじゃないっすか。つーか、これは模擬戦の代わりと考えてくれっす」

「代わりにしちゃ難易度高すぎだ」

 コウは仰向けに寝転がった。

 とにかく今は体が回復しないと何もできやしない。

 一時間後、男と女はルウラに回収された。




 人通りがあまり無い工事現場付近でアイの前に立ったのは黒髪の青年だった。

 理性的な顔つきをした青年は人のよさそうな笑みを浮かべ、アイに語りかける。

「君が神原アイさん」

「あなたは……」

 全身の毛穴から冷や汗が流れる。

 自然と奥歯がカチカチとなった。

 彼女を支配しているものは恐怖だった。

 今すぐ膝を折ってしまいたい。

 服従してしまいたい。

 そうできればどれだけ楽か。

「落ち着いて。とって喰いやしないから」

「ロウアー」

 自分で発した言葉が遠く聞こえる。

 自分たちの学校を荒らしつくした神に仕える天使。

 全校生徒が自身に眠る服従因子で屈服したあの状況を作り出した元凶。

「うん。そう。よく見ているね」

 できのいい生徒を褒めるようにロウアーがアイに接する。

 目的は?

 ハヅキの妹という立場が彼をここに呼んだのだろうか?

 コウの弱み足りえるからだろうか?

「いや、君がどんな子なのか興味があってね」

「…………」

 それでもアイの体の震えはとまらない。

 なんとか足を一歩だけ後ろに退いたが、それが限界だった。

「いいね。君はすごい反応をしている」

 言っている意味がわからない。

「ハヅキさんの妹だから、もしかすると、と思って接触してみて正解だったよ。君も舞台に上がる一人の登場人物というわけだ」

「……なにを、言って……」

「僕、服従因子を働かせているんだけどさ。君は膝を折っていない。普通なら泡吹いて気絶しているところなのに」

 そういわれてハヅキはハッとした様にロウアーを見る。

「抵抗力がついたのかな?お姉さんよりも出来は悪そうだけど……」

 風切音とともにアイの平手が放たれたが、ロウアーは手首をつかんで受け止める。

「こっちの意味では有望株かな?」

「な、何、言ってんのよ」

 どうして自分から手を出したのか意味がわからなかった。反射じみていたとも言っていい。笑えてくる。今後に及んで自分の体を動かしたのは姉へのコンプレックスだったのだ。

 ロウアーはアイの手首を開放すると、にっこりと笑いかける。どうやら殺されることは無いらしい。

「どうして……わざわざ……」

「別に。単なる興味。君に少し可能性のようなものがあったからね。もしかすると君。人類で初めて自力でファクターを使えるようになるかもしれない」

 ファクター。

 あまり詳しいことは聞いていないが、超能力のようなものとだけの認識はある。

 人類で初めて自力?

 コウは?

「不思議そうな顔しているね。そう。暁コウが居るのにね。どうして僕はわざわざそんなこと言ったのでしょうか?」

「……わかるわけ無いでしょ。私は蚊帳の外なのに」

 アイの少々ぶっきらぼうな言葉にロウアーは口笛を吹く。

「いいね。その態度。こんな状況でも強気で居られるっていうのは大事なことだよ。それでは回答はハヅキさんに聞くといい」

 そう言うとロウアー背を見せて去っていった。

 アイはロウアーが消えるまで動くことが出来なかった。

「くそっ!」

 苛立ちとともに工事の日程を知らせる看板を殴りつけたアイの拳は看板を貫通した。

 最近になって自分の体に異変が起きていた。

 体力が上がったこともそうだが、なにより力がつきすぎているように感じる。

 スーパーマンのようだ。

 ひょっとすると、コウの助けになれるのではないかと思っていた。

 それでも、あの時に感じた恐怖は払拭されていない。

 ロウアーが居なくなったところで自分の情けなさに泣きたくなった。

 あまりに無力だ。

 状況に介入することなんか出来ない。

「コウ。お姉ちゃん……」

 身を抱いて助けを呼ぶようにつぶやいた。



「ざっけんな!」

 コウを怖いと思った。コウがハヅキに怒声を浴びせることがまず予想外。そして、その怒号を発した後のコウの烈火のごとき怒り。ダンクの時とはまるで違う怒り。自分の大事なところを土足で踏みにじられた者のみが見せる反応。二月席に、いや、神に対する怒りは行き場を失い暴発した形だ。

 拾われて次の日にはもう回復していたコウはハヅキとルウラを交えた作戦会議を開いていた。

「貴方にあの神が殺せて?アレは私がしとめます。私のスナイパーライフルの射程は1500メートル。十分狙えるわ」

 ハヅキの言葉にコウは奥歯をかみしめる。

「明らかにミスキャストだろうが」

「それでもコウをあてにするよりはずっとマシ」

 しばらくの間、二人の視線が空中で火花を散らす。

「あいつはエリコのことをバカにして…………ッ!」

大気が怒りで軋む。コウ自身、今ある怒りを完全にもてあましており、舌打ちすると部屋を出ていった。

「あれでいいのか?」

 最後まで沈黙を守っていたルウラがハヅキに問う。

「いいのよ。あれで。ああでも言わなきゃコウは駄目になる」

 ハヅキはわざとコウを二月席から離すことを伝えた。

 ミスキャスト?

 言われなくてもわかっている。

 あの神に真正面から対抗しうるのはこの場ではコウ以外にいない。

 呪いがあの神の力であれば、ただの弾丸はあの神には届かないだろう。

 だが今のコウは駄目だ。

 怒りのままに力を振るい、命を奪う。それは後に必ず決定的な崩壊を招く。命を奪うことを罪と規定するならば、それは確たる意思を持った強奪行為でなくてはならない。それをコウは幼少の時に経験したはずだ。

 衝動で人の命を奪い、残ったのは極大の後悔。

 世界の崩壊を嫌がおうにも認識させられ、周りの全てが敵に見えてしまう絶望。

 ダンクの時は殺さなければ殺される、という側面が強かった。

 確かにエリコの仇という思考もコウにはあった。しかし、冷たい言い方になるが、自分の命を天秤にかけた時、コウにとっては仇を取ることに執着する程の存在ではなかった。許せないという感情は義憤から来るものだし、目まぐるしく変わった状況はコウにエリコがトラウマとなっていたこともを認識させることはなった。

 今、コウは怒りのままに殺すために戦おうとしている。

 自身のトラウマを抉った神を殺したいという欲求を満たそうとしている。

 二月席のことはハヅキも後の報告で知った。コウにとってトラウマを抉る相手だと言うのは存分に伝わってきた。でなければコウの戦闘中の反応に説明がつかない。

「久しぶりね。ああなったコウを見たのは」

「昔にもあったのか?」

「ええ、私に対してああなったわ」

 ルウラは絶句した。神への怒りにたものをハヅキに向けたと言うのか。

「といっても、もう十二年前よ。コウが人殺しをしたことでちょっとね」

「……コウが人殺し?」

 初耳だ。

「母親が殺された時に半狂乱状態でその犯人を刺殺したの。それからのコウは本当に暗くってさ。みんな色々とやった。その中で私がドでかいクレイモア地雷を踏んづけちゃったの」

「……大丈夫だったのか?」

 あの様子を見る限り、無事では済まされなかったように見えるが。

「ん~、それからしばらく口きいてくれなかったかな。なんだかんだで自分のこと大事に思ってくれる人には手をあげないから」

「そうか」

「それにコウは前向きな人間だから、最後は大丈夫になると思うよ」

 それを聞いて神の口は半円を描いた。

それを聞ければ上等だ。

ルウラは足を扉へ向ける。

「どこへ?」

「コウと散歩に行く」

「頼みます。カミサマ」

 ハヅキはにこやかに手を振ってルウラを見送る。

 ルウラが通路に出てまず向かったのは訓練所だ。

 大体、コウの行動が読めるようになってきた。

 冷静に見えるが、コウはかなり短気な人間だ。今頃、訓練でストレスを発散させているところだろう。そんなことで発散できる訳もないが。

(さて……コウとはどこにいこうかな?)

 思案しながら通路をずんずんと進む。何人かが挨拶をし、ルウラもそれに応える。ファーストコンタクトから随分と馴染んだものだ。ダンクを倒したことがかなりの信頼感を築いたのだろう。

 あの男のことを想うと未だに胸が痛む。何かが一つ噛み合えばわかりあえたはずなのだ。例え幻想だったとしてもそう想わずにはいられない。

 裏切っておいて何をいまさら。

 ルウラは自嘲した。

 本当ならば今頃、世界は神にひれ伏していた。

 事実、神に敵意を向けられる人間は存在しない。敵意を向ければ最後には発狂に至る。コウやハヅキのようなイレギュラーも神が本気を出せば容易に潰せていただろう。

 全ての計算を狂わせたのはルウラ自身の行動だ。

 ルウラの裏切りが今の状況を決定づけた。

 戦力は拮抗し、人間は神に対抗する切り札を得、切り札は五月席を真っ二つに叩き折った。そして、未だ世の中は人の世が続いている。

 自分が裏切らなければ別の可能性もあっただろう。ただ、それは人間の可能性を無くした閉じた世界だ。それはどうしても正しいと思えない。

 あらゆる命には可能性があり、可能性は大きな世の流れを作る。

 流れを司るルウラにとってこれが無くなるのは絶対に拒否すべきこと。

 裏切りもならば、と実行した。

 神が人間を支配するのは非常に自然な行為だ。

それでもルウラはそれを良し、とはしていない。

(本当のイレギュラーはコウやハヅキではなく私なのかもな)

 全てのきっかけは私だった。

 コウ、ハヅキと組んだことで古株であった神、ダンクを倒すことに成功し、今は二月席が特殊な神であることが幸いし、対抗することができている。

 まったくもって幸いだ。

 後はコウをなんとかしてやるだけ……。

(…………ん?)

 ここで違和感。

 いくらなんでも人間に対して都合が良すぎないか?

 強力な神と戦力が拮抗するなんてこと事態が奇跡だ。

(まさかな)

 仕組まれていたとしたら、仕組んだものはどれだけ高位の存在か。それにこんな推測は妄想の域だ。考えるだけ詮無きことだと、ルウラは思考をコウのことに絞る。

「ルウラさん」

 背後からのハスキーボイスに反応して振り向くと見知った顔がいた。

 一度見ただけだが間違いない。一度コウのオペレーターをしていた女性だ。あの時は私のことを恐れる反応をしていたが……。

「なにか?」

 出来るだけ柔らかく微笑みを持って相対する。この辺りは神として領地を治めていたころに努めて行っていたため、慣れたものだ。実際はたから見ても様になっている。数瞬、オペレーターは見とれると、はっとしたように首を横に軽く振る。

「お久しぶりですね。以前は……その……」

「気にするな。あの時点であの反応は自然だ。貴方から話しかけてくれたということは私とあなたはお近づきになれるということかな?」

 この会話の流れで、わざわざ以前の話を持ってくるのは敵意か謝意かの二つに絞られる。前者ということはあり得ないだろう。

 その言葉にオペレーターは首を縦に振る。

「ええ、そうです。謝罪をしたくて。あのときはごめんなさい」

「確かに受け取った」

 鷹揚に頷く様もしっかりとしたもので、オペレーターはこんな言葉を口にした。

「ルウラさんって女の子にもてませんか?」

「女の子に……?」

 しばし黙考。

 そういやクゥには懐かれている気はするが、あれは違うだろう。それにもてる、もてないの話を呑気にできるほど情緒豊かな生活もしていなかった。

「いや、そんなことはない……と思う」

「もったいないですねぇ。少し手を入れればそっちの方に大人気に出来るかもしれないのに」

「あまり嬉しくないな。どちらかといえば男にもてたほうがいい」

 ルウラの言葉にオペレーターはしばし、驚いたように目を見張ると、悪戯っぽく笑った。

「あれあれ?もしかして神様もそちらの方に興味ありとか?」

 その言葉にルウラの顔が耳まで真っ赤になる。

「あ~ちがうぞ。その、今のは言葉のアヤというやつだ。売り言葉に買い言葉とも言うな。大体、私はおかしなことは言っていない。女にもてたところでどこに生産性があるんだ。異性と交わってこそ……」

「ストップ!ストップ!どこまでぶっとんじゃってるの!」

 オペレーターの制止の声に我に返る。

「え、あ、すまない」

 照れくさくなって、俯きつつ謝罪する。

 堂々としている癖に、次の瞬間にはこれだ。そんなルウラにオペレーターは自身のフェチズムを刺激され、悶えた。

 俯いたルウラの両肩をがしっと掴み、自分よりも頭一つ分小さいルウラと目線を合わせる。

「今度!私の部屋に来なさい!」

「は?」

 あまりの鬼気迫った表情にルウラは一歩引いてしまった。

(この私が人間相手に引いた?)

 少なくない衝撃と、オペレーターの気に当てられ、つい体を抱きしめる。

(しかも戦慄しただと?)

 それはどう考えても身の危険を感じた女の本能です。

「いい?」

「はい」

 しまった、と思った時にはもう遅かった。迫力に流されてつい返事をしてしまった。次にはもうオペレーターは駈け出して廊下の端にいた。

「まて!今のは……」

「楽しみにしているから!」

 とてもいい笑顔を残してオペレーターは廊下を曲がり視界から消えた。

「ああ、くそ。人間って奴は本当に面白いな」

 口で憎まれ口をたたきつつ、眼の前にあるドアを引く。

 銃撃訓練に使われる地下訓練所に続く階段がルウラを出迎えた。

コウを引っ張り上げる為にルウラは地下へと歩を進める。


ほとんど書きあがって後はエピローグだけなのでこれからはどんどん連投していきます。

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