1-6 新たな神
前回、入れ忘れたところがあるので途中の区切りがちょっと悪いです。
大雨が止んだばかりで地面はまだ濡れており、すぐ傍を通っている川は増水して猛々しい音を立てている。
対ビの訓練室ではスペースが無く、人目につくわけにも行かなかったのでこんなところに来てしまった。
クゥはこちらに手を振ってくるぐらいの余裕っぷりだが、コウは少しからだが硬い。
「ありゃあ、緊張しているっすね。リラックス、リラックス」
ニカッと笑うクゥにコウは硬い表情を保ったままだ。
コウからしてみればこの神はまだ信用できない。
あんな質問をされたのだから、当然といえた。
(いっその事……)
事故に見せかける。
脳裏に浮かんだ物騒な考えを引っ込める。
相手は神だ。
そもそも実力に開きがありすぎる。
全ての神から逃げ切ったその実力は推して測るべきだろう。
そんなコウを見てクゥは苦笑する。
「嫌われちゃったなぁ」
「いったん敵と定めたものに獣はなつかないものだよ」
ジロリ、とクゥの横にいたルウラがクゥを睨み付ける。
「何を考えてあんな質問をしたんだ?」
「ありゃ?聞いていたっすか」
「ハヅキから聞いた」
「先輩は人間になつかれているっすねぇ」
「はぐらかすな!」
「……現実的な問題っすよ」
クゥの言葉に今度はルウラが黙る。
「あの質問はあの子がどういったものであるのかを認識するものでもあったし、仮にあたしたちが殺し合いをした後の切実な問題でもあるっす」
「……私にもうそのつもりは無い」
「だとしても、それを気にかけない。いえ、目をそらす事とは別の問題っす。彼は神を殺す力を持っている。それだけで警戒するに値する。先輩……仮にあたしたちが戦うつもりが無くとも他の神はどうっすかね?他の神の行動如何によってはあたしだって絶対神を目指すかもしれない。それは先輩だってそうっす」
「それは……」
今、積極的に戦おうと思わないのは願いが無いからだ。
他を淘汰してまで戦おうと思えていないからだ。
もしそう思えるのであれば、どうなるかわからない。
「今の先輩のほうがあたしは好きっす。けど、確実に弱くなったっす。あたしの見立てでは先輩が優勝候補だったのに……今は見る影もないっすね」
返す言葉は放たれなかった。
言われている事、全てが正しかったからだ。
「ま、こっちに来て人間にあてられたからって事にしとくっす。早く回復しといてくれっす。過激派の連中がきたら逆に足手まといになりかねないっすからね」
「…………」
大きく伸びをして、広場の真ん中に歩みだすクゥを見ながら唇を噛む。
弱くなった。
確かにそうだ。
放課後になってまもなく、アイは岡崎、柴村、木村の好き勝手な言い分を教室でぼんやりと聞いていた。
「あいつ、この間は金髪の美女と歩いていたんだぜ!」
岡崎が吐き捨てる。
「ソースはどこだ?」
柴村は相変わらずの冷静さだ。話している内容自体はアホだが。
「本人はしらばっくれたが、メツが目撃している」
「ど、どうしよう。どうやって制裁しよう?」
木村はおどおどしながら物騒なことをつぶやいていた。
(アホらし……)
コウのことだからなんとなく耳に入れていたのだが、実際、コウのことでもなければ気にも留めなかっただろう。
どうして同世代の男はこうも子供なのか。
男は精神年齢が女よりも低いというのは覆せない事実だろう。
女は人間関係に対して常に気を張っていることが多いから、男よりも早く精神的に成熟してしまうのだろう、とアイは信じていた。
教室をぐるりと見回すと、友達同士で一緒に遊びに行く者、しばらく教室でしゃべっているつもりの者と日常に皆、疑問を持っていない。
エリコが死に、コウが教室に来る日もかなり減った。
別に自分が居なくなっても、気持ちを考えなければ、周りの生活に影響は無い。
幼少の頃、コウが言った言葉を思い出す。
これは言葉通りの意味だ。
誰かが居なくなっても日常は容赦なく続いていく。
あらゆる感情は時間が経つにつれ忘却されていく。
「それで生活がおかしくなるなら、依存しすぎ……」
溜息がでた。
自分はコウに依存しているのだろうか?
そうは考えたくない。
コウは敬愛する姉の恋人になっているのだ。
あの姉から何かを奪いたくない。
奪えるとも思えない。
自分の日本人とは思えないセミロングの銀髪をなでる。
どうやら祖母が外国の人である影響らしい。
アイは自分の銀髪が嫌いだった。
姉に似たその色は、どうあがいても自分は姉の劣化であるというコンプレックスをなおさらに強調した。
そのコンプレックスは未だに払拭されていない。
ひょっとしたら一生このままではないのかとも思う。
何でもできる姉と人並みの自分。
自分が欲しいと思うものを与えてくれた姉。
本当に欲しいものを奪っていった姉。
違う。
奪ったのではない。
コウを救えたのは姉だけだったという話だ。
人殺しであると自分を責め続けたコウを救ったのが姉だったというだけだ。
「随分、暗い顔しているね」
顔を上げるとメツが居た。
「一緒に帰ろう」
「うん」
メツには感謝している。
コウが居なくなって、気落ちすることが増えた自分にとって、この友人は救いだった。
女の子にも人気がある青年は、特に非の打ち所というものが無かった。
強いてあげるなら、体力が無いというところくらいだ。
「……昨日、ここに出たらしいよ」
メツが指を刺した先には昨日の豪雨を影響で未だに猛る川があり、その土手には球状にえぐれた地形が存在していた。
「その割りに綺麗だね」
アイは怪訝な顔をして周りを観察する。
最近になって、各地を荒らし回っている化け物、ビジターは現れれば、その巨躯を使って破壊活動を熱心に行う。
現れてすぐ暴れ回る理由は諸説あり、こちらの世界に飛ばされた際のショックで興奮状態にあるという説が一番有力だ。
例外はキューマーと呼ばれるゴリラのような体と虫のような頭をもつビジターだ。あのビジターは五月席の神が居なくなったことで現れなくなっているが、未だに最悪のビジターとして悪名が高い。
「う~ん。実際に見た人が居ないからね。異常を察知して対ビの人がこっちに到着したときにはもういなかったから」
予兆も何も無く現れるため、どうしても対策は後手に回ってしまう。
それに現れたビジターの全てが暴れているというわけでもなく、林でのんびりと日光浴をしている姿も何件か報告されている。最近、原生の生物がビジターのおかげで生存競争から敗退しつつあるという人も居る。世界が変わっていくことを身につまされる話だった。
「性急過ぎる変化だね」
「ゆっくりだったらいいってもんじゃないでしょ」
「それはそうだね。何しろコウたちが負ければ世界が終わる」
聞いた人は笑うだろうが、神や天使が持つ服従因子は本物だ。
抵抗する気力を根こそぎ奪う。
支配されることに快感すら覚えてしまう。
実際に体感した二人にしてみれば切実な問題だった。
「何かできないのかな?」
分岐路でアイはつぶやく。
その言葉にメツは首を振った。
何もできない。
コウも何かしてくれることを望まない。
むしろ何かしようとすれば、コウは絶対に納得しないだろう。
アイやメツが送っている日常はコウが守りたくてしょうがないものだからだ。
「……ごめん。湿っぽくなっちゃったね」
そう言うとアイはメツに別れを告げ、左の道を歩いて行った。
メツは右の川沿いの道を行った。
何気ない別れだった。
こんな些細な別れがもうできないことを両者は知らなかった。
模擬戦開始と同時にコウがしたことといえば、ハヅキから譲り受けた馬鹿でかい銃を撃つことだった。
開始直前に受け取ったお化け銃は、使わなくてもいいという前置きがあったが、コウは使用することにした。
遠距離に対しての手段がまるで無いのだ。
ダンクは距離に関しては意味が無かったし、ビジター相手には直接切りかかったほうが手っ取り早かったので、ある程度の有効性を見込める遠距離武器を手にしたのは今日が初めてだったのだ。
とはいっても、威力ばかりを追求した拳銃に命中精度は大して見込めない。試射もしていないのならなおさらだ。だからこそ、とにかく性能を把握する意味でもはじめるやることは決めていた。
轟音とともに吐き出された弾丸はクゥを照準していたにもかかわらず、明後日の方向に飛んでいき、予想以上の威力に面食らったコウは思った。
これは向いていない。
「な、なんてもんをいきなりぶっぱなすんすかぁ!」
あちらではそんな弾丸に狙いをつけられていたクゥが猛然と抗議していた。
「本気でやりたいって行ったのはそっちだろうが!」
「あたしはそっちがそんなもの使うなんて聞いてないっすよ!危ないじゃないっすかぁ!」
「はぁ!?」
思わずハヅキのほうに顔を向ける。
「コウ!前!」
「へ?」
衝撃。
体が空中に舞った。
よく神には吹き飛ばされるなぁ、と一瞬だけ呑気なことを考えて、危なげなく着地。ダメージを確認。
蹴りだ。
右肩を押すようにけられた。押すような打撃のためにダメージはほとんど無い。
「ちっちっちっち」
右足を突き出したままで、左手ひとさし指を左右に振り、クゥはコウにウィンク。
「だめっすよぉ。相手の言うことそのまま信じちゃあ」
「てめぇ……」
こめかみに青筋を立てながら、右手に握った銃を地面に置く。
これは駄目だ。あてにならない。ただのデッドウェイトだ。
彼女の先ほどの攻撃速度。
一瞬で距離をつめられ、気配すら感じなかった。
照準は合わさせてくれないだろう。
(最速の神の名は伊達ではないということか……)
背中のインテグラがじわり、と輝く。
それにコウは舌打ち。
(うまそうなのはわかってんだよ……)
相手の魂を喰らいたいという感情は剣も使い手も一致していた。
それを否定する。
これ以上、人間離れするものか。
アグニートをアタッチメントからはずし、鞘をパージ。
「その背中の大剣は使わないんっすか?」
「必要ねぇよ!」
踏み出す。
大地がえぐれ、コウのからだが加速した。
クゥに肉薄。
彼女は余裕の笑みを消さない。
「だぁりゃあああああああ!」
勢いのままに剣を振り下ろす。
空振り。
「遅い。遅い」
パン。
そんな音とともに体を掌で打たれ、体がまた宙を舞った。
「さすが浮ついた男。空を飛ぶことにかけては天下一品っすね」
へらへらと人をおちょくったような笑みをクゥは絶やさない。
「…………っ」
まるでダメージを与えてこないところに神の余裕を感じる。
こちらは本気で戦っている。
まるで届かない。
「う~ん。君、戦い方がへたくそっす」
「はぁ?」
「ファクターの戦闘っていうのはただの白兵戦とは違うんっすよ。いわば自己表現の場。個性と個性のぶつかりあいっす。もっとさらけ出していきましょ~よ」
「……個性の尊重って言葉は無責任とは違うんだぜ?」
「いいからさっさとその後ろの剣を使えって言っているんですよ。次は、本気で行きます」
クゥが笑みを消した。
「単なる暇つぶしでこの条件を出したのではありません。あなたがそれ相応の戦力を示さなければ、あたしは貴方方の味方をやめます。負ける戦いをするつもりはない」
その言葉にコウが示した行動は即断だった。
再度、突撃、今までと違うのは背に背負った『インテグラ』に手をかけていること、そしてアグニートを前面にガードするように構えていることだ。
「そうこなくっちゃあ!」
心底、楽しそうにクゥが笑う。
(なんで……)
再度、地面を蹴り、加速する。
「なんで、てめぇらそんなに戦いが好きなんだよ!」
その時、異変は起こった。
コウとクゥの間の空間がねじれた。
両者ともとっさにその場から離れる。
ねじれが終わり、そのねじれが起こった場所には人が居た。
外套で体つきをかくし、白く、なんの表情も刻印されていない仮面をつけた様は顔の情報が得られていないことも手伝って、なおさら不気味に見える。
「二月席!?」
クゥが絶叫した。
コウはその場から動けなかった。
1つだけはっきりと思ったことはあった。
こいつはここで殺さなきゃ駄目だ。
これからは三日以内に次々あげていきます。