1-2 微妙な変化
今回は説明パート。予定より早いですがアップします。
コウは学校に到着した。冷静に考えれば遅刻するはずなどなかったのだ。既に自分の身体能力は人間のそれと比較にすることもくだらないほどに上昇している。その身体能力をフルに生かせば学校まで一足飛びだ。普通の天使が人間の五倍ほどの身体能力を誇るというのは聞いた話だが、今の自分はいったいどれくらいの位置にいるのだろうか?一回測定した時は八倍ほどだったらしいが……。
とにもかくにも今やコウが求める日常といって過言ではない学校に着いた。ここに帰ってこられたというだけでも命をかけたかいがあった。
「おはよう。コウ」
学校の階段を上っていると上からよく聞いた声が降ってきた。
「おはよう。アイ」
姉譲りの銀髪が肩でゆらゆら揺れる。
「随分と遅いお付きで」
「そう言う貴方は随分と棘のある口調で」
コウの物言いにアイは眼を瞬かせると、憎々しげな笑みを浮かべる。
「随分というようになったじゃない。大馬鹿野郎」
「ふん。いつまでもやられッぱなしの俺と思うなよ?」
「私がいついちゃもんをつけた!」
「いつもだろうが!」
ガルル、とうなるアイにコウは真っ向から立ち向かう。
「今日、あんた待ち合わせ場所に来なかっただろう!」
「遅刻するときは先に行けって言っただろうが!」
「そ、それはそうだけど……」
意外なことにアイはそこで追及をやめた。いつもだったらそんなこと問答無用で飛び蹴りがきてもおかしくないのだが……。
「コウと登校したかったんだよね?」
「ヒィ!」
いつの間にかアイの後ろに居たメツにアイは飛び上がった。
「やぁ。コウ」
「おっす」
さわやかな笑顔を浮かべるメツにコウは右手をあげてこたえる。
「どうだい?最近、忙しいみたいだけど」
「ちょっとメツ!今の何よ!私がこいつと登校したい?よくもまぁ、そんな冗談を言ってくれるわね!」
「今日は久々に暇だよ。三人でどこか行くか?」
「二人とも無視すんな!……って、今日暇なの?」
「ああ」
コウの言葉にアイは思案顔を浮かべる。遊びに行く場所を決めるのはいつもアイだ。
「……ショッピングモール!最近セールやってるからさ」
「セール?この間もやっていなかったか?」
「ほら、最近この町に住もうって人が多くなってきていてさ」
コウの疑問にメツが応じる。
「ただでさえ対ビジター研究室のお膝元だし、この間の神を倒したという実績があの施設にはある」
コウの脳裏にあの最悪の神の顔がちらついた。
人間を最後まで見下していたあの狂気の神の最後は今でも脳裏にこびり付いている。今でもあの勝利は皮一枚で引っかかることができたから、としか言えない。ルウラが協力してくれなければ、人間は為す術なく神に蹂躙されていただろう。
未だにコウの存在は世間に伏せることができているのもルウラのおかげだ。
ルウラの異能の力――ファクター。
ファクター名『流転世界』《ワールド・ムーバー》
神の一柱として数えられる彼女のファクターは移動するものを全て制御化に置くという強力極まりない能力だ。
「みんなが安全な街だと思うのも無理はないよ。だからこの町は結構、景気が良かったりするんだよね」
「なんか軍需景気みたいだな」
コウが皮肉の成分を多量に含んだ笑みを浮かべる。
「あの施設はあいつらからしてみれば格好のターゲットじゃねぇかよ」
あいつらというのは神や天使のことだ。世界が天界とゆるやかに融合し始め、神や天使は人間を支配しようと動き出している。
一番初めに顕れた神は十二神が十月席。
オクトバー・ルウラ。
今は神無月ルウラと名乗り、対ビジター施設で悠々自適に過ごしている。この神が人間に協力する気にならなければ世界はどうなっていたかわからない。
次にこの世界に顕現したのは五月席。
メイ・ダンク。
ルウラに偏執的な愛情をもったあの神はコウに多大なトラウマを植え付け、コウ達に敗北した。あの冗談としか思えない威力だった空間制御能力を突破できたのは一重にルウラのお陰だ。
「災害みたいな力をもった連中がこぞって突撃してくる可能性があるんだぜ?なのに何でこの町に来たがるのか理解不能だ」
「そう言っても顕れるのがいつかわからないんだしねぇ」
アイがため息交じりに応じる。
「十年後か二十年後か、はたまた明日なのか、この瞬間なのか。まだ一週間しかたっていないし、しかもビジターの被害は全国で増え続けている。神が来る危険性と日ごろの危険性を天秤にかければこの町が安全だって思う気持ちはわかるな。だってコウがさっき言ったみたいに相手は災害のようなものだもの。どこに災害が起こるかなんてわからないもの」
「災害って起こった時にはもう後の祭りなんだぜ?」
「こちらも災害の力で相殺できるだろ!」
ピシッとアイはコウの鼻先に人差し指を向ける。
「ま、全力は尽くすよ」
コウは肩をすくめた。
神を殺せる力をコウは持っている。
ファクター『喰らう』
固有の名前はまだなく、その文字の通りの力だ。発動中、コウの血は触れたものを喰うことができる。血を剣にまとわせて力を引き上げることもできるし、喰らった命を運動能力に転用できるためかなり応用が効くファクターだ。実際、神を殺せるのだからさぞ強力な力だと思われがち……いや事実、強力なのだが、制限を抱えていた。コウのファクター有効時間は三分間。全力で使おうが手を抜いて使おうが過不足なくきっかり三分。神と同じに災害と比喩してくれるのはありがたいが、三分間しか持続しない小ぶりの台風に巨大な台風をぶつければ飲み込まれるだけである。タイマンすれば結果は明らかだ。
「そう言えば、コウ」
メツが改まった声を出す。
「エリコさんのお墓に供える花用意しておいたけど……」
メツの言葉にコウは拳を握りしめた。
「……明日、明日は行って見せる。必ず」
コウは未だに自身が殺したとしているエリコの墓に行けないでいた。葬式は皆に隠れて出席はしていたが、隠れていたために香典をあげていたわけではない。だからせめて墓参りはしっかりしようと思っており、実行しようとしたのがつい二日前。自分の母親の墓参りと一緒に回ろうとしたが、コウの足はそれを拒絶した。意思とは裏腹に体は硬直し、エリコの墓を直視することを拒絶するかのように体は一向に前に進まなかった。
現実を体が拒絶しているかのようだ。
結局、その日はエリコの墓参りに行くことができなかった。
その場に居合わせていた父と友人、恋人はコウに何の言葉をかけてやることができなかったのだ。
「コウ……無理しなくてもいいんじゃないかな?」
「無理じゃない」
「そもそもあれはあの神が……」
「俺が殺した」
コウの言葉にメツは口を紡いだ。
アイは二人の間でおろおろすることしかできなかった。
学校終わりにショッピングモールに三人は遊びに出かけた。結構大きなショッピングモールで映画館やスポーツエリアまで完備しており、いたせりつくせりな施設だ。こうなるとアミューズメントパークといってもいいレベルだが、主体はあくまでショッピングモールらしい。
「二人とも!次、行くよ!」
やたらとハイテンションなアイの後ろにつき従いつつ、コウとメツは呆れた顔を浮かべた。
「あいつ、あんなに体力あったっけ?」
「さ、さぁ?」
既に通常の人間ではないコウはともかく、メツはへとへとになっていた。三人がいるエリアはスポーツエリアで、今興じているのは変則フットサルだ。場外なしでとにかく誰かがボールをゴールにいれれば入れた人が一点、誰が一番ゴールにいれた回数が多いか競うゲームで、手を使うのは厳禁。後、コウは良識のあるプレイをすること。
今のところコウがトップで次点がアイ、ドベはメツだ。
「……お前、そんなに体力なかったか?」
「いやいやいやいや、君達がおかしいんだって」
息も絶え絶えにメツは応じる。さすがに不憫だ。
「お~い、アイ。ちょっと休憩しようぜ」
「はぁ?なに言ってんのさ!」
十メートル先でアイは手をぶんぶんと振って抗議の意を示す。
「敵前逃亡は銃殺だぞ!」
「うるせ~。とにかく俺は休むからな~」
コウはそう言ってフットサルのフィールドを抜ける。
「ああ、いい所だったのに!」
肩で息をするメツのそばに走ってきたアイはメツの背中をバンバンと叩く。
「いたい!いたい!」
「だらしないぞメツ!そんなに体力なかったっけ?」
「君達がおかしいだけだから……」
そう言われてアイは少し考え込むようなしぐさ。
「どうしたの?」
「え?ああ、うん。そういえば、なんか体力は少しついたかなって。特に何かしているわけでもないのに」
アイはそう言うと「まぁ、いいか」と結論付けた。
そんなアイにメツは少しばかりの不安を感じた。
カンは効く方でもないし、これと云って理由がある訳でもない。
アイの体力増強も彼女自身、運動神経が悪いわけでもないため不自然とも言い切れない。
それでも何かしらの変化が確かにあるような気がしてならないのだ。
次回から本格的に話が動きます。続きは一週間以内。