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1-1 取り戻された日常

 乱暴にかき混ぜたスクランブルエッグを皿に載せるとコウは手早く食卓に並べる。

 コウにしては珍しく料理の仕方が雑だった。

 原因は今日。正確には草木も眠る午前二時から立て続けに起きた出来事に起因する。

 悪夢を見た直後にビジター襲来の知らせを受け現場に直行。さっさと片付けようと自身の疑似マテリアルである身の丈のほどもある大剣を背から引き抜き、そのままアルマジロ型ビジター『バスカ』に思い切りたたきつけた時に予想外のことが起きた。

 元々、頑強な外皮をもつバスカだがコウの常識はずれの膂力による斬撃はいつもどおりにバスカを両断するはずだった。

 しかし現実は全くその逆で『インテグラ』はバスカの外皮に傷一つつけることができずにはじき返された。焦りつつも腰にユニット状に連結されている六剣で応戦。熱量によって斬撃能力を高めている『アグニート』は普段通りの力を発揮し、バスカを屠り去った。

 撤収が終わり、『インテグラ』の不調について恋人たるハヅキに聞いてみるとハヅキはこう返してくれた。

「以前、コウはこの子がまるで意思をもっているような反応をすると言っていたわね?」

 ハヅキは自分がつくったものに対しては親愛を込めた呼び方をする。

「ああ」

 女の指が慈しむように『インテグラ』の刀身を撫でながら少し黙考。

「多分、それだわ。この子はこの子の気が乗らない時には使い物にならなくなるのよ」

「はぁ?剣に意思が宿っているって?」

「元々、ルウラのマテリアルを強引に剣に鍛えなおして、強引に貴方に適応させて、強引に生まれたのがこの子。ルウラのファクターは移動に関するものだから……」

 ハヅキはコウをピシリと指差す。

「元になったルウラの意思、創造した私の意思、初めて武器として使ったあなたの意思。全てがこの子に流れ込んだ可能性が高い」

 コウはこめかみを指で押さえて整理する。

「要する『インテグラ』の気まぐれにつきあわされるってことか?」

「その例えも正確ではないわ。この子はいわば私とルウラの子供で、貴方が育ての親。そういう風に接した方がいい」

「何だよその色々と不味い例えは……」

「これが一番、正確な例えよ。そう考えればあなたもこの子との接し方がわかるでしょう」

 そう言うとコウはハヅキに『ハヅキとルウラの間の子供で、いつの間にか自分が育てることになってしまっていたよくわからない物体』を返された。

「まぁ、そういわれれば確かに色々とわかるけど……」

 しげしげと『インテグラ』を眺める。

 こいつは間違いなくじゃじゃ馬だ。

 後、グルメ。

 コウ自身、バスカを『喰らう』とかなり不味い味がするので極力、剣で仕留めるようにしている。きっと今回はそういったものがインテグラにも思うところを抱かせたのだろう。

 多分、好みの傾向は自分と同じだろう。

 神との戦いではかなりノリノリだったし。

 いや、単なる想像だけど。

 コウは溜息をついてインテグラの刀身を撫でた。何となく不機嫌そうな気が発せられているような……気のせいか。

『シッカリセワシロコノヤロー』

「うおわ!」

 危うくインテグラを取りこぼしそうになる。

 ……喋った?

 像然とハヅキに視線を移すと、ハヅキはケタケタと笑っていた。

 さっきのはハヅキの腹話術らしい。

「あっははは。この間、覚えたんだけど意外にうまくいくものね」

 悪戯っ子のように舌を出すハヅキの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「あーうー。デート・ドメスティック・バイオレンスだー」

「そいつは悪うございました!」

 コウはそういうとハヅキの頭から手を離す。

「それじゃあ、俺はそろそろ寝るわ。さすがに限界だ」

 すでに時計は四時を指している。眠い。

「あ、コウ」

 踵を返したコウにハヅキは呼びかける。

「うん?」

 顔だけこちらに向けたコウにハヅキはなおも言葉を続けようとし……。

「ううん。なんでもない。おやすみなさい」

 結局は本来の言葉を胸に沈めた。

 コウから見ればハヅキが何か溜めこんでいるのはわかったが、無理に聞き出すのもよくない。しかるべき時が来たら、自然とその話題になるだろう。

 目下の悩みは『インテグラ』だ。

 結局そのことで悶々としてろくに眠れやしなかった。

「おい、クソ親父」

 コウは父タダトの右腕を引っつかむ。

「痛いぞ。息子よ」

「だったら俺の皿にピーマンをうつしかえることをやめろ」

 コウが背中を向けた瞬間にタダトがおかれた皿に手を伸ばすのをコウは強化された感覚で感じ取ることができていた。

 タダトはしぶしぶと了承の顔を浮かべ、コウは手を離した。

「息子よ。一つ言いたいことがある」

「聞きたくな……」

「なんで毎日ピーマンを入れる!俺が嫌いだってわかってんだろうが!お前はそれほどに父のことが嫌いか!」

「朝っぱらからうるせぇんだよ!こないだピーマンのこと食うって言っただろうが!約束は守りましょうってのは世間の常識だ!なんで息子の俺が!父のあんたに!それを教えなきゃ駄目なんだよ!」

「やかましい!今日という今日は限界だ!思い知らせてやる!」

「はぁ?親父がどうやって俺に思い知らせるんだよ?」

 コウは父の言い分を鼻で笑う。

「一応、俺は人類最強らしいぜ?しかも家計!本日の献立!衣類に至るまで俺は我が家のことを支配している!しかも、ついこの間まであんたの唯一にして最大のアドバンテージであった稼ぎという項目も俺が超えた!今のあんたには何一つ俺より強いものはない!そんなごくつぶしに俺を思い知らせるなんて真似ができると思っているのか!」

 高らかに笑うコウの言っていることは本当だ。元々、家事をコウが一手に担っていた上に、正式に対神としての地位を前回の戦いで確立したコウの稼ぎは一介の高校生が持つには少し桁がおかしいのではないか?と、思えるほどにある。

「俺は……持っているッ!親父にないもの全てを……ッ!その俺が作ってやった飯を食えない……ッ!あげくに恫喝……ッ!駄目ッ!本当に駄目ッ!駄目親父……ッ!」

 コウの言い分にタダトは一向に余裕の姿勢を崩さない。

 そして口を開いて出た言葉はコウを硬直させた。

「ルウラちゃんにお前のエロ本の傾向をばらすぞ」

 コウの顔がみるみる青ざめた。

 そう言えば先日、胸が小さいことを気にしていたルウラにどうすれば大きくなるのかという相談を受けた。日ごろコウの恋人ハヅキの胸(巨乳)を見せつけられているルウラにとってはかなり重大な問題らしい。ただそんなことを言われてもコウにどうすることもできない。とりあえず、なんて無防備な女だ、と注意しつつ無難な言葉をかけてあの場はお開きとなった。あの時の見られていたというのか……。

「確かこの間、胸が小さいことを気にしているルウラちゃんに気にすることない、とかいうかっこいいこと言っていたよなぁ?あぁん?その癖にお前が持っている本の傾向はどういうものなのかな?それに……」

 タダトが優位を確信し、さらにたたみかける。

「『胸が小さいのは形が良くていい』なんてセリフも吐いていたよなぁ!」

「き、きたねぇぞ……」

「汚い?調子に乗る若者をいさめるのは年長者の役目。父であればなおさらだ」

「今時、ベッドの下に熟女SM本隠してる奴に言われたくねぇよ!」

「何でお前が知ってんだ!?」

 コウの切り返しに今度はタダトが焦り始めた。

「俺は我が家の支配者と言った!」

「うるせぇ!この巨乳好き!」

「黙れ。クソ親父!結構えぐいの持っていること知っているんだぞ!」

 親子はそのまま取っ組み合いを始めた。

「生意気なことを言うのはこの口か!夜な夜な巨乳をみてニヤニヤしているこの口か!」

「俺が親父のエロ本初めて見つけた時の気持ちがわかるか!このエロ親父!」

「スケベ!」

「エロ魔人!」

「おっぱい星人!」

「熟女好き!」

 最早、悪口ですらない単語を叫びながら部屋の床を取っ組み合いながらゴロゴロと二人で転がる。

「なんともまぁ、朝から元気なことだな」

 この場にそぐわない清らかな声が部屋に響き、二人は動きを止めた。男達が視線をあげると金髪の少女が桜色をした唇の端を釣り上げて二人を見下ろしていた。一度見たら忘れない程の美貌が今はひくひくと震えている。意思の強さを訴える碧の眼が今は軽蔑の色に支配されている。

 コウは今日の朝ごはんはルウラが一緒にするということをタダトとのいざこざで完全に失念していたことを後悔した。三人分の食事まで作っていたのに。

「「いつからいましたか?」」

 男たちは声をそろえて少女に問う。

「エロ本の傾向がどうのこうのといったくだりのあたりかな」

 二人は思った。終わった、と。




 親子は正座させられていた。座らされてもう三十分経過している。

三人分の朝ごはんは全てルウラの腹の中に行こうとしている。その間、ルウラは一言も発さなかった。

(おい!)

 コウがタダトの脇腹を突く。

(何とかしろよ!元はといえばあんたのせいだろうが!)

(無茶言うな。彼女を見てみろ)

 ルウラの表情に怒りは浮かんでいない。しかし、ハッキリと怒りの感情が伝わってくる。こうなった時の女は本当に怖い。親子は今までの経験からそれを悟っていた。

「さて」

 二人分の朝ごはんを平らげるとルウラは親子の前に立った。

「コウ。おいしかったぞ。ごちそうさま」

「へへぇ」

 コウの口から出る媚の声。

「二人とも反省しているか?別にこういう話題をしてはいけないということを言っているのではない。ただ、こういう話をするときにはしかるべき場と時がある」

 口調は尊大ではあるが、少しも嫌味を感じさせない涼やかな声が男達の耳朶を打つ。

「それをわからせるために正座をさせた。では二人とももういいぞ」

 あっさりと許しの声を出したルウラに二人の緊張が和らぐ。

「……いいのか?」

 運が悪い、の一言で済ますことのできる出来事ではあったが、あまりにばつが悪すぎる。

「ああ、私は神だぞ。許すということには慣れている。しかし、な……」

 ルウラはまだ正座しているコウの前にちょこんと座ると、満面の笑みでこういった。

「コウの趣味は忘れない。絶対に忘れない」

「…………ははっ」

 引きつった苦笑いを浮かべる以外の方法が浮かばなかった。

「ところで、コウ。ハヅキから伝言を預かっている」

「また新兵器?」

 コウは少々げんなりした顔を浮かべた。最近、連日新兵器のテストに付き合わされている。神を退けたとはいえ、未だに神の世界と融合が進んでいるこの世界の変容は誰にも止める術がない。

連日、前触れもなく突然に顕れる化物――ビジターの脅威は未だ世界を覆っている。日が経つにつれ襲来の頻度が上がっているということから、世界がいよいよ変わってしまうことが世界のみんな分かっている。だからこそ、対ビジターによる新兵器開発は急務だ。それが分かっているからコウも初めは自ら名乗り出ていたが、さすがにそろそろ自分のことにも時間を向けたい。最近、新兵器のテストに時間を獲られているお陰でトレーニングがおろそかになっている。ただでさえロウアーとかいう趣味の悪い天使に目をつけられているのだ。いつでも戦える体にしておきたい。

「いいや、ハヅキの妹……アイという少女だったか?その子の様子をしっかり見ておいてくれというものだ」

 コウは怪訝な顔を浮かべる。あの凶暴な幼馴染のことをしっかり見ておけとはどういうことだ?

「……わかった」

 ハヅキが理由を言わないということは単に杞憂である可能性が高いということなのだろう。とにかく恋人がそう言うのであればしっかりと見ておくことは頭にとどめておこう。

「おっと、私もこうしてはいられないな。では」

 颯爽とルウラが去り、親子は溜息をついた。ふとコウが時計を見やる。

「ヤバい。遅刻だ!」

 学校の門が閉まるまであと二十分。自転車の全力疾走で二十分。ここで最速タイムをたたき出す必要がある。コウはバタバタと準備を整えると部屋を飛び出した。タダトはそんなコウを悠々と見送りながら冷蔵庫にあった昨日の残り物を物色していた。


続きは一週間後に

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