3-3 第二ラウンド開始
ロウアーはダンクよりも粘着質なところありです。
だれも居ない草原を駆ける。
匂いの元をたどり、先ほどの場所からおよそ500メートル離れた開けた場所に出る。
「ロウアー!居るんだろうが!出てきやがれ!」
絶叫。
しばしの静寂。
その後、
「やれやれ、今回はもう出番なしかと思ったんだけどね」
ロウアーは姿を見せた。
気にくわない顔つきは相変わらずだ。
腰のアグニートを抜く。
頭に血が上りきったコウにロウアーは肩を竦める。
「それはどういうつもりかな?」
「テメェが何かしてんのはわかってんだよ!殺す!殺してやる!俺の日常を壊すものは殺してやる!」
確証なんてどこにもない。
ただの直感だ。
「やれやれ、呼びつけておいてそれか。彼に関して僕は無関係なんだけどね」
ロウアーは苦笑しつつ、頭をかく。
知ったことか。
こいつは生かしておくとロクなことにならない。
「降りかかる火の粉は払おうか」
腰にかけていた細身の剣を抜く。
「ファクターを使い切った君が僕に勝てるとでも?」
「やかましい!」
コウは突撃した。
何も考えていなかった。
八つ当たりじみた突撃。
ロウアーは半歩体をずらして、コウの突撃を回避。
「牛のようだな」
「黙れよ!」
ロウアーに肉薄。
目の前で急制動をかけ、アグニートを振り下ろす。
ロウアーはそれを平然と自分の剣で受け止める。
鍔迫り合い。
「『君の攻撃は絶対に僕には届かない』」
「耳障りなことを!」
力が拮抗している。
ロウアーの膂力が以前、戦ったときの比ではない。
「うっとうしいよ!」
ロウアーが剣をずらし、コウがバランスを崩した瞬間に蹴り上げる。
コウは地面を数度転がった後、すばやく跳ね起きる。
「本当……殺しがいがあるよ」
ロウアーの濁った目がコウを捕らえる。
悪寒。
「『僕は君に勝つ』」
動いたのはロウアー。
送れてコウが回避行動。
間に合わない!
「ぐっ」
左大腿部に剣が突き刺さり、そのまま貫通。
激痛に耐え切れず、足を折った瞬間にロウアーがコウの上半身を手のひらで押し、地面に転ばせる。
貫通した剣があるため、地面に縫いとめられる。
ロウアーは左足でコウの右手首を踏み抜く。
手首が折れ、アグニートを取りこぼす。
ロウアーはそのアグニートを左手ですばやく拾うと、右肩に突き刺し、そのまま貫通させる。
灼熱。
絶叫。
アグニートは熱剣。剣に帯びた熱を利用して対象を切り裂く。コウはその威力を自ら味わう。
左腕が死に、右腕はアグニートで固定された。
ファクターを使い切り、回復力が落ちているコウに反撃の手段は残されていない。
「……弱い」
ロウアーがはき捨てる。
激痛に耐え、ロウアーを見上げると、心底失望した表情を浮かべていた。
「弱すぎる。君が選ばれてしまったのは僥倖だけど、この弱さは罪だよ」
突き刺さったアグニートを捻る。
焼き爛れた傷口が開き、コウは溜まらず再度、絶叫する。
人肉の焼ける嫌な匂いが鼻につく。
「君にわかるか?君が育つまで君が死なないようにする僕の苦労が。君が育たないと殺せない僕の苦悩が。愛するものが傍にいる君にはわからないだろうね。愛するものに選ばれなかった僕の苦痛が」
捻る。捻る。捻る。
コウから声は返ってこない。
「……寝ちゃったかな?」
「なに言っているのか……わかんねぇんだよ……クソ野郎…………」
「しぶとさは一級品」
右足でコウの顎を蹴り上げる。
顎が砕けた。
コウの意識はそこで途絶えた。
「ほんと、脆い。殺すに値しない」
ロウアーは心底イラついていた。
この男は運命めいたものは何もないにもかかわらず、状況に介入する。
ルウラの初めての男だというだけで。
運命に選ばれた、といえば聞こえはいいが、この男がこうなっているのは道の石ころに躓いたぐらいにどうでもいい理由だ。
「アリス……何でこいつだった!何で僕じゃない!アリス!」
思いの丈を天に絶叫する。
天は答えない。
しかし、銃声が答えた。
鼻先を銃弾が掠める。
億劫に銃弾が飛んできた方向を見ると。ハヅキがいた。
コウの後を追いかけて来たらしく、肩で息をしている。手には拳銃。コウが向かった方向がたまたまハヅキの潜伏場所から近かったため辛うじて追いつくことができたのだ。
ロウアーは嗤う。
「今の、聞いていた?」
「私の恋人から離れろ!」
構えられた拳銃はロウアーにとって何の脅威でもない。
ルウラとクゥはあの後、気絶したメツと重症のサキの治療に回った。
自分が追いかけたのはこの天使を捕まえたかったからだ。
ロウアーはハヅキの言葉に従った。
突き刺さっている剣を全て抜いて、コウから数歩離れる。
「どうぞ」
ロウアーの言葉にハヅキは動かない。
「貴方のファクターは『口にした言葉を現実化させる』のね」
ハヅキの言葉にロウアーが低く嗤う。
「ご明察。僕の『言語実現』《ワード・アジャスター》はそういうものだよ。冷静だね。彼の通信機で聞いていたのかな?」
「私の胸のうちがわかるか?この腐れ天使。私はお前の脳天に弾丸をぶち込みたくてたまらない。今すぐここで死んで欲しいと思っている」
頭に血が上ったように見えるハヅキだが、自分はここで殺されないと確信があった。自分の存在はこの男にとってなくてはならないものだからだ。この男はどういうわけだかコウを鍛えたがっている。ここで自分が居なくなれば鍛えられる前にコウは死んでしまう確率が極めて高くなる。
「そういう計算づくな所、好きだね」
「黙れ。お前は私の質問に答えていればいいんだよ」
「君が聞きたいのは何故、コウを必要以上に特別扱いするのか、だろ?」
無言で肯定。
「答えはたった一つだ。この男はジョーカーなんだよ。神の戦争に対して言うならば十三番目になりうるといってもいい。ただし、他の神と在り方はかなり違うけどね」
黙考。
判断材料が少なすぎる。
「何故、コウ?」
「少し考えてみればわかるよ。今までのコウの行動を洗ってみればね。特に何故、彼がファクターに目覚めたのかを思い返してみなよ。あの白髪になっちゃった彼との共通点が見つかるはずだから」
命の危機に瀕した?
命に対しての渇望?
許せないという感情?
それもこれも使い古された覚醒条件だ。
まさに三文芝居。
「違う違う。もっと身近な共通点だよ。三文芝居を一気に面白くしてしまいそうな。最近の彼等にある共通点はもっと些細で趣味の悪いものだ」
ハヅキの目が驚愕に見開かれる。
「ルウラ?」
ハヅキの言葉にロウアーは拍手で答えた。
ルウラはコウがなぶり殺しにされかけたのを見ていた。
ルウラはメツが無力さに打ちのめされているのを見ていた。
ルウラに見られていた両者はファクターに目覚めた。
馬鹿らしくなる程度の共通点だ。
「ルウラ様は慈悲深い。『そう』想ってしまってもしょうがないかもね。彼女の位置は今がベストなんだよ。そういう風になっている」
「悪趣味な……!」
ハヅキの罵倒にロウアーが真摯な声で答える。
「どちらの世界にも頂点たる種族はあった。だからこそ覇権をかけずにはいられない。神も、天使も、人も、そのいずれもが争うことで今の世界を形作ってきたからだ。僕はそれを面白おかしく観察する義務がある」
次にロウアーの浮かべた笑いは自嘲だった。
「どこまで行っても逃れられないのさ。暁コウ。彼はそれを知る」
「逃れられないって……何から?」
「この世界から。彼は結局、世界を守ろうと動く」
「そうね」
「だから彼は僕の好敵手足り得るんだよ」
「質問に答えてくれてどうもありがとう。この先、ご健勝であられんことを」
銃をおろし、最大級の皮肉を返す。
この男はこれ以上、情報を話してはくれないだろう。
「僕はここらでお暇させていただこう。ああそう、最後に一つ。ハヅキさん。貴方が発見した事実はルウラ様に教えない方がいいよ」
調べでもしたのだろう。ロウアーが自分の名前を知っていることを一々、問いただしたりはしない。
「根拠は話してくれなさそうね」
ハヅキの言葉にロウアーは肯定の笑みを返す。
そして大きく跳躍し、姿を消した。
「くそったれ!」
ハヅキは毒づかずにはいられなかった。
最悪だ。
メツを戦いに引きずり込んだ。
ルウラのせいにはできない。
彼女がいなければとっくに彼は死んでいたのだ。
それでも、これからこういったケースは確実に増える。
この事実を彼女が知ればどう思うか。
今の自分に出来ることはコウの手当てだ。
戦いが終わり、結局メツもコウと同じ立場に立つことになった。
神に対抗しうる人間が一人増えたということで上は大喜びだったが、ここ数日のコウの様子を見れば手放しには喜べない。
コウは満身創痍であの戦いを終えた。
彼の日常は完膚なきまでに壊されようとしている。
体のほうは回復したが、その心中は推し量れるものではない。
「思ったよりも溜めこむ人っすね」
せんべいをポリポリとかじりつつ、クゥは呑気に感想を述べる。
「……何でお前はここにいる?」
専用の部屋は用意されているはずだ。だが基本的にゲームする時と寝るとき以外、ルウラの部屋に入り浸っている。しかもクゥの私物が徐々にルウラの部屋を侵食していた。
「私は先輩の監視下に置かれているほうが人間たちも安心するから、その体っす。あ、そこの柿ピーいいっすか?」
リクエストにルウラは机の中央に置かれた柿ピーを投げる。
「……本当か?荷物が入りきらなくなってきたからとかいう下らん理由ではないだろうな?」
「…………」
無言でスナック菓子をポリポリと食べる。
「応えろ!」
「先輩、そんな小さなことで怒っていたらこの先、身がもたないっすよ」
たいした余裕だ。
ルウラはため息をついて諦める。
「そういえば二月さんはどうなったっすか?」
「メツの家で世話になっているらしい。ご両親は海外に行っているらしいからな。部屋は有り余っているそうだ」
「そこはかとなく理不尽っす。私なんか人間に無理やりあてがわれた部屋で枕をぬらす日々なのに……」
「泣きたいのはこっちだ。私の枕を持っていっただろうが、お気に入りだったのに……」
戦いが終わった次の日にルウラの部屋に入り込んだクゥはルウラの持っていた枕に目を付けた。勿論、ルウラは渋ったものの、物凄いおねだり攻撃にあい、結局は折れた。今は後悔している。せっかくポイントためて交換してもらったのに……。
「で、お前はなにすることもなくここでクダを巻いているだけか?」
「先輩が言いつけてくれたらなんかしますよ」
「今すぐ出て行け」
「………………」
「聞こえなかったふりをするな!」
「え~と、そう言えばフェブラリー・サキって魔法少女みたいじゃないっすか?私のディセンバー・クゥってのも相当ですけど」
「あくまで話をそらそうとするか……。いいだろう。乗ってやる」
ルウラはクゥをこのまま放置することに決めた。
「それに関しては私も思っていたし、本人も気にしていたぞ」
「先輩みたいに和名に変えた方がいいすかねぇ。師走クゥ……。う~ん、なんか『しらす、喰う』みたいでカッコつかないっすね」
「私は元々の名前の方はカッコイイと思うぞ?」
「……先輩がそう言うなら」
「頬を染めるな」
「知らないんすか?こういうときはキマシタワーっていうんすよ」
「ドン引きだよ。こういうネタや芸風は人によっては敬遠するし、控え……」
そこまで言ってルウラが口元を押さえる。
「あれあれ?先輩はこういうのわかるんすか?」
「う、うるさい!」
手元にあった本をクゥに投げつけ、本はクゥの顔面に綺麗に叩きつけられた。
「私のせいじゃない!お前が置いて言った本が……」
「い、いひゃいっす……」
落ち着きを取り戻し、クゥに向き直る。
「悪かった。少し動揺した」
「少し……っすか。ああ、そう言えば大事なこと伝え忘れたっす」
「なんだ?」
「他の神様、こっちにもう来てるっすよ。四月席っす」
クゥはあっさりとそんな事実を告げた。
ルウラは戦慄した。
四月席。
その神に異名は1つしかない。
最強の神
そんな神がすでにこちらに来ているというのだ。
ある種、現時点では今作最大の被害者なんですけどね