3-1 叩きつけられる悪性
今回、ルウラって本当に表立った仕事はあまりしてないなぁ
随分と遅い到着だ。
仮面をつけたサキは鼻を鳴らして眼前の男と対峙した。
十月席と十二月席は接触した頃か。
一緒に出るときに、責任を持って一対一で戦わせてくれるということは信じていいだろう。
「お久しぶりね」
「似合わねぇぞ。その仮面」
気持ちの区切りなのだろう。
初見では不気味だったが、優しい性質の彼女が殺し合いの場に出るには心理的な守りが必要だったのだ、と今では考えられる。
サキはコウの左腕に前回は見なかった武装がつけられているのを確認。鉄製の三角形が三つ。見ようによっては翼のようにも見えるそれは一見どういった武装なのか判断できないものだった。それに背後に大人が一人入れそうなほどのコンテナをかついでいる。過剰ともいえる武装。
いずれにせよ殺る気になってくれたのならば言うことはない。
「メツはまだ大丈夫なんだろうな?」
「一応、想い始めて十日経ったら……という時限式の呪いだから。私と彼は会って十日目。今日がそのタイムリミットよ」
その言葉を投げてもコウの表情に変化はない。
しっかりと殺す気になってくれてなによりだ。
「では……」
戦闘に写ろうとサキは一歩踏み出す。
「今から殺し合う前に一つ言っておくことがあるんだけどな」
コウの制止が入った。サキはそれに応じる。
「何?」
「殺しはな。確たる意思を持って行わなければならないんだよ。殺すなら殺すと決める。エゴで殺す。自分の為に殺す」
それはエリコと他の奪った命の違いだ。
「何を言っている?」
「俺の殺しのスタンスだ。お前は殺されたがりだからしっかりと教えてやろうと思ってよ。お前小説とか好きなんだって?」
メツに聞いたのだろう。サキは適当に当たりを付けるが一々、反応を返すことはしなかった。コウはそんなサキを無視して話し続ける。
「良く物語にあるよな?『奪った命を背負う』って奴。あれに関して俺は否定的でね。あれほど殺しを正当化させる言葉はない。ああいう言葉は殺した奴の為だけに用意された言葉だ。結局人は命を奪っても生きるしかないんだよ。背負う、背負わないなんて関係ない。生きている人間にあるのはどうしようもなく残酷で美しい世界だ。正当な殺しであれば糾弾されない。だが殺しは罪だと理性は叫ぶ。そして周りの連中は俺に大丈夫を押し付ける。だから背負うなんて言葉が生まれるわけだ。自分の罪をなるたけ前向きに見せるには非常に耳触りのいい言葉だ。俺はそんなことはしない」
大きく息を吸う。
「俺は背負わない!まっぴらだ!俺は俺が生き残りたいから殺す!背負いたくねぇものは喰わねぇ!俺はお前を殺さない!」
こいつは何を言っているのだ?
「ふざけているの?私を殺さなければメツは死ぬ」
「それに関しては対策済みだ。後は俺がお前を叩きのめしてやるだけ……といってもあんたも俺に殺されないと気が済まないんだろう?俺が殺さなければ何度も襲いかかってくるんだろう?」
余裕たっぷりに答えるコウ。しかしサキは表には出さないが焦りが生まれていた。対策済み?そんな都合よく物事は運ばない。呪いの力は誰よりもサキが分かっているのだ。是が非でも殺る気になってくれなければ困る。
「当然だ。私は私の納得がいくまでお前を追い続ける」
大体にして私を相手にして手加減をすると宣誓されたものだ。舐めてくれる。少しばかりは後悔させてやらなければならない。嗜虐的な感情がサキの胸に渦巻く。
「そう言うと思ったぜ。だからよ。手足捥いでで身動きとれなくしてやる。こっちにはルウラが居るんだ。達磨にしてでも生かしてやるよ。お前の呪いが何とかなるまでな」
ニタリ、とコウは邪悪に笑った。サキの背筋に悪寒。本気でそうするとこれ以上にないくらいに言外に示された。それくらいの暗闇をまとった笑みだ。
「恐怖したな?」
「なにをっ!」
「ところで二月席よ。あんたにプレゼントがあってね」
そう言うとコウは背負っていたコンテナを開閉部がサキを向くように下ろす。金属ロックを外し、中身をさらけ出す。
サキは絶句した。
目に入ったのは想い人であるメツだ。コンテナの中に鎮座させられ、口を半開きにしてよだれを垂れ流している。目は虚ろだ。
「メツ!」
慌てて服従因子を押し込める。戦闘態勢に入った神の傍にいたのだ。如何ほどの負担がメツに襲いかかったのか想像できない。下手をすれば精神が壊れている。
「怖いね。服従因子って奴はさ。なるほど。自信満々に人間に喧嘩を売ってくるだけのことはある」
コウはじっくりとメツを観察した。まだ生きている。大丈夫だ。親友の姿に心が痛むが表には出さない。
非常に徹しろ。
あの女に自分がどれだけ無茶なことを言っているのか思い知らせろ。
人間性なんて忘れろ。
思い出せ。
初めて人を殺したときのあのどす黒い感情を。
初めて人の命を味わった歓喜を。
今の自分はヒトゴロシのロクデナシ。
それが全てだ。
「お前!正気でやっているのか!」
「はぁ?殺し合いに正気もくそもねぇだろうが。大体、お前、何に喧嘩売ったか分かっているのか?」
「私はお前の敵だ!殺さなければならない!」
「いい答えだ。だが言っていることの本質を理解していない。俺はお前らの敵で、俺はお前たちの望みが一つでもかなうことが一番嫌いなんだよ!」
ゆっくりとした動作でアグニートに手をかけ、マウントから取り外し、続いて親指で鞘ボタンを押しこむ。炸裂ボルトが鞘を分解し、アグニートが赤熱する。
「さっさと構えろよ。最弱にして鉄壁。今まで自分の命なんかどうでもいいと想いながら戦ってきたんだろう?けど、もっとひどい目にあわされるかと思ってしまった。…………もう一度言うぜ?構えろ。俺に戦場で敵対しながらも命を預けた代償だ。こんなところで楽に終わらせてやると思うなよ!」
そう言うとコウは思い切り地面を蹴った。
自分の体が動き出さないように自制する。
自分が動けば傍らにいるクゥが全力で邪魔に入るだろう。
ルウラとクゥは以前に避難したところとまったく同じ場所で観戦していた。
「どうしてお前は私が介入することを拒んだ?」
「そりゃあ、あの子にある程度、力は持ってもらわないと」
クゥはごまかさなかった。
「恋人さんも、先輩も過保護すぎるっす。これから先、状況はどんどん悪くなる。複数の神を相手取ることになったとき、あの子がそれなりに力を振るうことが出来なければ意味がない。訓練みたいなものっす。命がけっすけどね」
「命がけにしても随分とリスキーではないか?」
コウがあっさり殺されれば、訓練にすらなりはしない。
「先輩たちがそういって保守的な考えばかりするから、あたしがこうやって脅迫じみた真似までしたんっすよ。先輩も恋人も揃いに揃ってあの子を戦場に突き落としているっす。そこにあたしが入っても大差はないっすよ」
耳に痛すぎる言葉だ。
「二月席は……難敵だぞ」
「いいえ、あの神がこのタイミングで出てきたのは幸運っすよ。あの子が現段階で唯一、一対一の戦いが真っ向から行える神といえば彼女しか居ないっす。相性はかなりいいっす。ファクター的にも、性格的にも。事実、今、勝負の流れをつかんでいるのはあの子っすよ」
「……タイミングがいい……か」
ルウラは少しそれに関しては考えていることがある。
今まで人間に対してタイミングがいいことが続いている。
そのおかげでバランスが取れているが、取れすぎているという感覚もある。
ルウラは戦場から1・2キロ離れた森林に潜んでいるであろうハヅキのほうに目を向ける。
今、スナイパーライフルで戦場を観察しているのだろう。
彼女は今、何を考えているのだろうか。
姿も見えない彼女はその実、一番、心苦しいのではないか。
それでも今、ルウラは何も出来ない。
状況がそれを許していない。
コウは右腕に鞘を装着したままのアグニートを、左腕に抜き身のアグニートを構え、肉薄した。対するサキは全力で後退する。
(思った通りだ!)
サキのファクターは半径一キロメートル無差別に発動する。
もし、ここで使おうものならばメツを巻き込むことになる。サキの恋心が本物であれば、ファクターを使用することはない。
相手の善性を信じ、自身の悪性を叩きつける。
サキの善意が一時の迷いであれば、メツは死ぬが、その分、自分は躊躇いなくサキを殺せる。
自身に吐き気がするような天秤。それでも今はこの分の悪すぎる賭けに乗るしかない。そして天秤は既に傾いた。後はこのまま傾き続けてくれることを祈るしかない。
「ふんっ!」
真剣で牽制し、鞘がついたままの剣を思い切りサキの脇腹に叩きつける。サキの体が吹き飛ぶ。肘と腕を使ってガードされたが、それでもダメージは与えられたはずだ。紫に変色したサキの腕を見てダメージを与えたことを確信。そして骨が折れていないことに驚愕。あたる直前に咄嗟に飛び、ダメージを減らしたらしい。鉄壁の名はファクターに頼り切っていたわけではないということか。
「あまり……舐めないでほしいな。暁コウ」
ゆらりと、幽鬼のように痣の浮かんだ腕を前に上げる。
(来るか……ッ!)
コウは一層、気を引き締める。全力が来る。その全力を折らなければ意味はない。
一度凝り固まった心を折るには、全力を否定しつくさなければならない。
「我が名は『望み叶え得ぬ者』!」
ガコン。
重々しいそんな音があたりに響く。サキの突き出した手に巨大な銅釘が顕現。そして背後に七本の銀の釘が顕現した。計七本。一見、骨だけになった翼が開いたようなその姿は見る者に禍々しいという感情を与えずにはいられない。
呪いの神。
そう形容するにふさわしい女がコウの目の前に立っている。
「私のファクター。『願望成呪』《ブルー・スポイル》は凶悪よ。一々、お願いするのはもうやめ。神様らしく『どうか殺させて下さい。お願いします』と、達磨にしてでも言わせてやる!」
サキの言葉とともに、背後の釘が意思を持ったように射出された。正面から銀の釘が三本、コウに殺到。初弾、顔面に来たものは首をひねって回避、次弾、体を回転させて回避、最後をアグニートで弾こうとし、背筋に悪寒。強引に体をひねり、地面に転がって釘を回避する。
上空から三本の釘が降り注ぐ。コウは抜き身のアグニートを銀釘へと投擲。剣は過たず、釘へと衝突を果たす軌道をとり、それでも釘に何の影響を及ぼさなかった。
剣は釘をすり抜けた。
確認しすぐにその場から離脱。離脱した途端、地中から釘がせり上がり、コウを串刺しにしようとしていたことを確認する。降り注いだ三本は地面に突き刺さることなく、そのまま地面に潜行した。
「いいカンをしているね」
舌打ち。
あの釘は実体を持たない。剣による防御は不可。地面に潜行されればどこから飛んでくるのかもわかりはしない。そして実体を持たないからといって攻撃能力がないと判断するのは愚かだ。あの銀釘には極大の呪いがかけられている。
視線の先に先程、投擲したアグニートが入る。既にぐずぐずに腐敗し、剣であったことを確認する方が難しい。あの釘に当たれば腐敗するのは我が身だ。殺してほしいのだから、死ぬほどにはならないだろうが、一撃でも当たればのっぴきならない状況に陥ることは容易に想像できた。
恐怖によりファクターを起動させそうになるが、踏みとどまる。ここで限られた三分を消費する訳にはいかない。節約して使う手もあるが、相手にプレッシャーを与えられない。
使うのと使わされるのは雲泥の差だ。
格上の相手を生け捕る。この難解な条件をクリアする為にはまだ手順が必要だ。
空中に舞っている銀釘は四本。うち三本は地中でこちらを貫こうとタイミングを見計らっている。
飛来する銀釘をかわしつつ、何度かわざと立ち止まり、地中からの攻撃を誘うがサキはその挑発に乗ってこない。
立ち止まっている余裕などない。時にフェイントを織り交ぜつつ必死に体を左右に振る。一向にサキは地中の銀釘を打ちだそうとはしない。目に見える四本のみをコウに打ち出し続けている。隙を伺い、何度もサキとの距離を詰めようとするが、そのたびに銀釘が襲来し、コウの行く手を阻む。
じわじわと焦りが生まれる。
未だ地中にある呪いの塊は猛烈なプレッシャーを持ってコウの精神を摩耗している。眼前の神は獲物を確実に追い詰める術に長けていた。地中からの攻撃から意識を切れば串刺し。かといって不要に飛び出せば同じ運命だ。
いつ来るかわからない極大の呪いに対して有効な手段はない。
しかし、このまま続けばいずれは飛翔する銀釘に捉えられる。
疲労は確実に溜まっていく。
左から銀釘が飛来。かわすが、下方への意識をそらしてしまう。咄嗟に地へ意識を向ける。空中にある銀釘はどれもすぐさまには襲ってこない。どれも大きく旋回している最中だ。
だからこそ、その隙は致命的だった。
脇腹に灼熱を感じた時にはもう遅い。
飛来してきたのは空中に滞空した、地中に潜行した、銀釘ではなく、サキ自身であり、コウにダメージを与えたのは手に保有していた銅の釘であった。
サキが手にした銅釘は実体があり、コウの右脇腹の皮一枚を引っかけていった。
猛烈な痛覚にコウは戦闘中にもかかわらず地面を転げ回った。
「カ、カハッ!……ガッ!」
叫び声は出ない。
出す余裕すら奪うほどの身体異常。
本来ならばダメージにもならない程度の裂傷が与えた苦痛は猛烈なものだった。
裂傷からじくじくと腐敗が始まり、コウの再生能力がそれを強引に治癒する。相反する二つの力が拮抗し、ついにはコウの治癒力が勝る。
「――――ッッッッッッハァッ!」
無茶苦茶だ。良くもファクターを出すことを我慢したものだ。
自分をほめることで、まだまだ絶望的ではないと精神を立て直す。
だが、また喰らえばまずい。かすった程度であの威力。しかも意図的にあの神はそうした。手を抜かれた。それでもまだ自分の体は立ちあがれる程の回復を果たしてはいない。
「随分と愉快な有様」
よだれをふき取る余裕もなく顔をあげると銅釘を撫でるサキがコウを見下ろしていた。
「私が思いきり手を抜いてこの様よ。人間。お前の意見なんか聞いちゃいないのよ」
しゃがみ込み、コウの顎を持ち上げる。強引に顔を向ける。
「随分と無口になったね」
コウの視界には余裕の笑みを浮かべるサキ。その背後に銀釘が戻る。
「本気で打ち込めば、貴方はとっくに死んでいた。貴方が転がりまわっている最中に何十回殺せたかもわからない。分かった?格の違いというものが」
「…………」
頑ななコウを見るサキの瞳に痛みの色。
「もういいでしょう?貴方がこんなに痛い目を見る必要はない。私は貴方たちの敵で、貴方の仕事は人類に敵対する私を退ける――殺すこと。私が死ねば全て解決する。貴方の親友も助かる。私もメツの親友である貴方をこれ以上痛めつけたいとは思わない。いいことだらけ。私の命で、貴方の命を救いなさい。さぁ――思う存分喰らいなさい」
無防備な胸をコウに差し出す。
コウはそれを見て俯いた。その動きを阻害しないくらいにサキの手の拘束は緩まっている。
コウは顔をあげる。
少し頬が膨らんでいる。
「ぺっ」
ピシャリ。
サキは頬に少し生ぬるい液体が付着したのを感じる。
つばを吐きかけられたのだとわかるにはかなりの時間を有した。
「バァーカ」
サキの顔が怒りに染まるのを確認し、尚も侮蔑の言葉を忘れない。
サキの内面が絶対零度の冷徹を帯びる。
「まだ痛めつけられないのね。いいわ。たっぷりと、ゆっくりと、時間をかけてあげる」
コウに背を向け、悠然と間合いを取る。
その間にコウは何とか立ち上がる。
わかっていたことだ。
あの神に実力で劣っている。
それでもあの神は自身を殺さない。
一応、コウはあの神にとっての希望なのだ。
だからファクターを出すのも我慢した。
コウはあの神を信用していた。
振り向いたサキは手をあげ、再度、銀釘を展開する。
「来いよ。弄られるのは趣味じゃないがな」
挑発。
思い知らせに来い。
俺が、絶対にお前に勝てないと。
「相変わらず口の減らない……」
サキが手を天に掲げ、振り下ろす。宙に浮いた七本の銀釘が膨大な呪いの力とともに打ち出された。コウの体はそれでもその場から動かなかった。動いたのは腕だ。
「飛べ!」
『ハミング・バード』
三つに分かれた三角形のパーツは基部で連結されており、対象を挟みこむことで動きを封じる。その三つに分かれたパーツが展開、続いて火薬が炸裂し、三又の嘴が射出される。射出された嘴は火を噴きながら飛翔した。
射出先にあったメツが入ったコンテナを鉄の嘴がつかみ、嘴の基部に固定されていたケーブルが巻き取られ、コンテナを一気にコウの元へ引き寄せた。
コウの正面にコンテナが飛来した。
丁度、コウに飛来する釘の軌道を遮るように。
メツだ。
あまりのことにサキは驚愕。それでも釘を制御し、全てを外させる。
身に染み込んだ技術がメツから釘をそらさせる。
咄嗟のことで意識がコウからそれた。
急いでコウを視界に収める。
もう遅い。
釘は全てあさっての方向だ。
コウは装着しなおした『ハミング・バード』をサキに向けていた。
射出。
サキと鋼鉄の嘴が激突。
何とか手に持った銅釘で完全に捕縛されることを防ぐ。それでも嘴の一つがサキの右腕の肉を接触と同時に抉りとり、一つの嘴は太ももに突き刺さった。最後の一つは脇腹に食い込んでいる。
まだ終わらない。
甲高い巻取り音。
コウの左腕に着いた発射口と嘴はワイヤーで連結されている。そのワイヤーが急速に巻きとられ、サキの体がコウの元へ吸い寄せられている。勿論コウは待っているわけもなく、距離を詰める。
『ハミング・バード』は本来、ビジター用の捕縛兵器だ。手元まで引き寄せる機能も付いている。近接戦に特化したコウが自身の領域に獲物を引き摺りこむための武装。
「だぁりゃあああああああああああああ!」
ワイヤーが完全に巻きとられ、再度左腕の発射口と嘴が連結。コウはサキを捕縛したまま、『ハミング・バード』が壊れる可能性を無視し、サキを挟みこんだまま全力で地面にたたきつける!
轟音。
地面がえぐれる。
地面にたたきつけた衝撃で嘴に挟まれていた肉が千切れ飛び、サキの体は解放され、数度バウンドし、地面に転がった。
転がった衝撃を利用し、立ちあがる。遅れて激痛。何とか倒れるのは耐えるが、冷静に自分の体を観察した結果、最悪の状態であるということが分かった。
鋼鉄の嘴は重要な血管を破壊していた。
出血多量。
意識は数分も持たない。
(……やってくれる!)
眼前でゆらりと立ち上がる男は信用していたのだ。
神の戦闘における練度を。
神のメツに対する想いを。
神の自身に対する希望を。
それら全てを勘案し、親友を危険にさらし、戦力をそぎ落とし、決定的な隙を作って見せた。
「ははは。ざまぁねぇぜ。余裕ぶっこいた結果がそれか」
コウが犬歯をのぞかせる。
「さぁ、そちらに制限時間ができた所で、ようやく同等の土俵だ。俺は三分間なら神だって超えられる。この三分、しのぎ切ればあんたの勝ちを認めてやるよ」
限られた三分をここで開放する。
自ら使う、確固たる勝利への咆哮。
背後にマウントされている身の丈もある大剣を抜き放つ。
「いくぜ『インテグラ』」
コウの声を受け、碧の剣は輝度を増す。
「我が名は『喰らう者!』」
正真正銘、この戦い最後の幕が開く。
弱体化しまくっているルウラは次の話でいじめられます