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2-5 掛け金積上げ

クゥは今回というよりは、近作の女主人公のような立ち位置にいます。

 神が町に現れた次の日に行われた避難活動はあっさりと終わった。

 ルウラのファクターで市民の避難を無理やり終わらせた。詳しくは聞いていないが、どうやらトラックやバスに乗せて『移動』させたらしい。

 コウの住んでいる町自体が神サイドから提示された戦場から大きく離れているにもかかわらず行われた避難。上層部の責任逃れのために行われた通過儀礼のようなものだった為、ルウラは乗り気ではなかったが、事態がひっ迫していた為、やむを得ず行った。その強大な力はうすら寒いものを感じる。

「やむを得ず、で出来てしまう。……すごいね。神様は」

 コウの部屋。正面で座っているメツは力なく笑った。

「彼女も……そんな神か」

 両手で顔を覆い、悲嘆にくれる。現状は変わらない。

「そうだな」

 あれから三日たった。コウはルーチンワークで日常をこなし、気持ちに整理がついたであろうメツの訪問を待っていた。そして、彼は来た。

 あの神をどうするか。

 最早、その主導権はメツにあるとコウは規定していた。あの女とメツの方がよほど因果を持っている。

(何であんなに殺したかったのだろうな)

 去り際のサキのことを考える。どう考えてもあれはメツに気がある。きっと顔や声は関係ないのだろう。己の親友はそういうやつだ。あの神を許せなかった点は命を投げやりにしている所。それをエリコと同じ顔と声ですることも許せない感情を一層増幅させた。しかし、今は理由を聞いてしまっている。

「彼女は……優しいんだよ」

「……分かっている」

 想ってくれる人を殺したくない。だから死ぬ。でも自殺はできない。

 あの神は生きていたいのだ。

 コウは天井を仰いだ。

(一応、それでも殺そうと思えば殺せる)

 気が向かない。分かってしまった。あの神に怒りを抱くことが既にできない。

 それでも逃げられない。あの神は親友を巻き込んだ。

「コウ。何とかならない?」

 メツの問いの返答は『なる』だ。ただし……。

 歯を食いしばる。

 結局のところ自身が振るう手段は暴力で、しかも命懸け。成功した所で待っているものは悲惨な結末だ。

「何とかなるなら僕はなんだってする。君に頼むのは気が重い。けど僕には……力がない。君に頼るしかない」

 メツの無念そうな顔がコウの網膜に焼きつく。無力さを嘆くしかできないあまりに哀れな表情。

「おい。メツ」

 コウの問いかけにメツがのろのろと顔をあげる。

「お前。あの子のことが好きなのか?」

「当たり前だ」

「会って間もないぞ?」

「長ければいいってものでもないだろう?」

 その返答に迷いはない。

「……説得したいか?」

「ああ」

「命をかけることになる。説得が成功した所で呪いがある。メツのことを考えれば、俺はあの神を殺すのが妥当だろうな」

「そんなこと……!」

 メツが立ち上がった拍子に椅子が大きな音を立てて転がる。

「あんな優しい子が……幸せになることを望めない理屈があってたまるか!」

 メツの叫びを聞いて、この男の方が人類代表に向いているとコウは素直に思った。

「死んでも悔いはないと?」

「くどいよ。コウ。僕は死なない。彼女を不幸にしたくない。彼女を助けたい。命を賭けてでも!」

 メツはそういうがファクターの能力は本物だ。メツは死ぬ。今も危ないだろうが、あの神は一週間という期間を区切った。敵を信用するしかないが、一週間でどうにかなるということは考えづらい。

 あの神の呪いを解く手段を今は持たない。だが『未来』は分からない。

 都合よくあの神の呪いを解く方法が見つかるかもしれない。

「命をかけると言ったな?」

 コウの問いにメツは迷うことなく頷いた。

「掛け金が足りていない」

「何を質に入れればいい?」

 あきらめがない視線が交錯する。

「この件に関して、俺は力を振るうことしかできない」

 コウが獰猛に笑う。

「暴力をもって説得する。俺の親友が好いた女に暴虐の限りを尽くし、言いなりにさせる。お前のことを質に入れてでも言うことを聞かせる。そこまで質に入れてもまだ足りない。問題はその後だ。呪いを何とかしなければならない」

「どうやって?」

「お前の想いも質に入れる」

 コウの言葉にメツはつばを飲む。

「お前は死ぬ。だがお前が死んだらこの賭けは負けだ。あの神にはハッピーエンドをくれてやらなければならない。だから、お前のあの女が好きだという気持ちを無くさせる」

「どうやって?」

「ルウラに頼みこむ。お前のあの女に対する気持ちを別の誰かに『移動させる』ことができるはずだ。そこまでしてようやくこの賭けは成立する」

 ルウラにも嫌な思いをさせてしまう。あの神は人の感情をコントロールすることを良しとしない。

最悪の選択肢と悲惨な選択肢。

「どちらにせよ誰も幸福になれないな。特にお前の心はどっちの手段をとっても死んでしまう。だからお前が決めろ。己の心を殺す手段を」

「答えはとっくに出ている」

 即答だった。

「みんなで不幸になるか」

 目を閉じ、息を吐く。そして立ち上がる。

「それじゃあ、俺が言ったことを実現させるために女達に土下座しに行こうぜ」




 コウの提示した作戦はルウラとハヅキで検証した結果、一応、実現可能という結論に至った。

ルウラは土下座する二人の男を見下ろす

「私のファクターは本人の同意があれば生物の意思にも確かに干渉できる。しかし……」

 メツを見定め、問う。

「本当にいいんだな?」

「僕の気持ちの整理はついています。ただ貴方に頼ることしかできない」

「メツといったな。君は君の今ある好意を誰に向けさせる気だ?」

「それは……」

「考えてなかったのか……」

 メツの考えなしにルウラは溜息。

「仕方ないな。コウ、誰か適当な相手がいると踏んだ上でこんなことを提案したのか?」

「…………ええと」

(こやつら……)

 ある程度前向きな作戦を持って来たと思ったら、揃いも揃って考えなしか。

「仕方ないな。私でいいか?」

「おいおい。いいのかよ?」

「仕方あるまい。殆ど初対面の私なら、まぁ、適任だ」

 不幸なことに言い寄られることには慣れているし、二人の知り合いにするとそれはそれで問題だろう。

「お願いします」

「気は進まないがな」

 頭を下げるメツにルウラは苦笑して応える。

「このことを話して二月席を止められないのか?」

「無理だろうな。今まで無理だったんだ。あの神は希望を持つことをやめている。戦闘は免れない」

 ルウラの言葉をコウが否定。

「ローリスクハイリターンね。私は賛成できない」

「頼む」

 ルウラよりもハヅキが強敵だ。情に訴えればある程度何とかなりそうなルウラに比べて、ハヅキはしっかりと採算を考えている。

「あまりにも得るものが少なすぎる。私は確かに神を殺せとは言っていないけど、メツ君の命がかかっているなら話は別よ。あの神は殺した方がいい。死にたがっているのならば特に。それに、あまり実感はわかないだろうけど、私達が負ければ人類は神に対抗する道を無くすのよ」

 その言葉にコウは沈黙。正論だ。

「ハヅキさん!」

「貴方の想い一つに世界を天秤にかける?あの神に真正面で対抗できるのはコウだけ。コウにしたって三分間しか戦えない。いくらルウラはクゥさんの約束のおかげで手を出せない。その貴重な三分で相手を屈服させろって?貴方の願いをかなえる三分は、世界の命かもしれないのよ」

 怜悧な言葉の刃がメツの願いを斬る。

「命を奪うのと命を守るのとでは奪う方がはるかに簡単なのよ」

 メツの首がうなだれる。

「世界なんかしらねぇよ。俺はあいつらが気にくわねぇから戦ってんだ」

 コウが立ち上がってハヅキを睨む。

「何かしら?これから熱を吐いて私の説得しようとするなら徒労よ」

「そうかい。だったら全部台無しにしてやる。ルウラが殺したくないと言っているあの神飛行機を喰いちぎって、次に赤巻神の喉笛をかみちぎる。ルウラは悲嘆にくれるし、メツも絶望。俺はルウラの願いも親友の女を喰い散らかした最悪の人間で戦いに明け暮れてやる。それだけじゃないぞ。ハヅキの命令も聞かない。今まで行ったことが実際に実行できれば俺の戦い方が正しいという証明になるからな。現場においては臨機応変という言葉を都合よく使いまくってやる」

「コウッ!」

「選べ!俺がみんなを不幸にするか!みんなで頑張って不幸になるか!ハヅキが選べよ!」

「………………」

 人類の最大戦力である自身を人質に取った交渉だ。理屈も何もありはしない。だからこそ本当にそうなったらコウがどうするかわからない恐ろしさがある。何よりコウは本気で言っているし、実際にそうする。

 付き合いが長い分、わかってしまう。

「肝心な時に戦わない世界なんてくそくらえだ。責任ばかり俺達に押し付けやがって。命懸けの戦いくらい好きに戦わせろ。俺は人類最強なんだろ?」

 コウとハヅキの沈黙が部屋の空気を軋ませる。

「……コウと二人で話をさせて」

「ハヅキ……」

「お願い」

 短く答えたハヅキの言葉に頷き、ルウラはメツを連れて部屋を出ていく。

 部屋に残された二人は相変わらず無言だったが、沈黙を破ったのはハヅキの方だった。

「都合の悪いところを全部おっかぶる気?」

 ハヅキの言葉にコウが肩をすくめる。

「コウが言っている作戦が全てうまくいったとして、失敗する確率が五十パーセント」

「成功する確率は五十パーセントだ」

 見抜かれていたかと、コウは申し訳ない気持ちになる。

 そもそも、サキにかけられた呪いの詳細条件が分かっていないのだ。もし『一度でも好意を向けたことがある』が条件であれば結局、コウはサキを殺さなければならない。メツが何を願ってもコウは命の優先順位を変えることはない。

「割に合わなさすぎるわ。私はメツ君の気持ちよりコウの命の方が大事なの。戦力としても、恋人としても」

 ハヅキのハッキリとした言い様にコウはすがすがしさを覚えた。やはり彼女はこうでなければ。

「彼の目の前で彼女を殺す結果になったらどうするの?聞くのと見るのでは随分と話が違うわ」

「それでも、俺はやれる。適任だ」

「どうしてやれると言い切れる?」

「俺は自分の命が一番大事だとわかっているから」

 口ではきれいごとを並べているが、そこだけは変わらない絶対の不文律。

「俺が死ねばハヅキが悲しむ。死ぬような目に会えば体が勝手に動く。願いとか何もかもを淘汰して。追い詰められれば殺す」

 初めてファクターに目覚め、エリコを殺した時の情景がフラッシュバックする。

「だから俺が設定したデッドラインまでは偽善行為をやる。出来るときだけは全力を尽くすのは人として当然の行為だろ?」

「他人の為に命をかけるのは嫌いじゃなかった?」

「俺はあいつらの思い通りになるのが大っ嫌いなんだよ。死ぬほどな」

「相手はエリコさんにそっくりなのよ?」

「別人だ。少しイラつく位だ。問題ないね」

(そうか……)

 ハヅキはクゥが言っていたことが本当の意味で少し判った気がする。

 ファクターが矛盾している。

 メッキをつけたまま戦場に上がっている。

 殺す気はハラワタに溜まりきって入るくせに、ぎりぎりまでそれを良しとはしない。

 コウの言葉にハヅキはしばし黙考し、口を開いた。

「私の気持ちは無視?」

「ヒトゴロシでロクデナシだからな」

「確かにロクデナシだわ」

「ごめん。ハヅキには、苦労をかける。頼りにしすぎているっていうのも……悪いと思っている」

「そんなに私、頼りにされているの?」

 コウが頷くのを見てハヅキは息を吐いた。

「条件があるわ」

「言ってくれ」

「いざとなったら私があの神を撃ち殺す」

 微かにコウの目が見開かれるも、すぐに平常に戻る。

「ありがとう」

 ストレートな謝意に内心ドキリとしつつも席を立つ。部屋の中にあった厳重なセキュリティが施された扉の前に立ち、コードを入れる。中で何かが回転する音が響く。どうやらあの扉の内部は機械式の立体駐車場のような機構が盛り込まれているらしい。

 重々しい固定音が響き、扉が開く。

「『ハミング・バード』。コウの思い通りにするのにこれはうってつけでしょう?」

「……確かにこいつはご機嫌だ」




 行くあてがなく、何となく二人で食堂に来て、コーヒーを啜る。

「君はコウの親友らしいな」

「ええ。そういう貴方はコウの戦いの先生だとか」

「初めのうちだけだ」

 戦闘スタイルが違いすぎる。初めにファクターの説明をして以降はほったらかしにしている。

「コウのセンスは良いよ」

「彼、運動だけは出来ましたからね。小さいころから喧嘩も強かったです」

「結構な乱暴者だったのか?」

「いえ、それほどは。自分からするような人間ではないですし」

「だろうな」

「その癖、後になって馬鹿みたいに貧乏くじ引きに行くんですよね」

 二人して苦笑する。

「ごめんなさい」

 メツが唐突に謝りだすのをルウラは黙って受け止める。

「貴方には、負担をかけ過ぎてしまう」

「気にするな。人の願いをかなえるのも神の役目だ」

 優しい青年だ。好感が持てる。ルウラの口元が自然と緩む。

「僕には何もできない」

「君は人間だ。どうしようもない溝が君と私達の間に横たわっている。だからこそ私は今一度、君に問う。あの神は君にとって命をかけるほどの存在なのか?」

 神妙な顔でメツはルウラを真っすぐにみる。

 当然の問いだった。

 会って数日間の男女が互いに命をかける。しかも種族間の壁を越えて。それだけの存在になるのは神から見ても不自然なのだ。

「不自然に思われるのも仕方ないのかもしれない。恋といっても幼いのかもしれない。それでも僕にはあの娘しかいないと、そう感じています」

「錯覚だ」

「錯覚ですよ。人間は錯覚を糧にして生きている生き物ですから」

「随分と悲観的だな」

「では神よ。逆に問います。実感とはなんですか?私達の五感も各々で別の捉え方をするし、満足感も千差万別です。充足を得るための手法は人の数ほどもあり、それらはすべて人間の精神を充足させるという方向性を与えられているにもかかわらず、充足感は人によって違うし、悲劇と捉える人もいれば喜劇と捉える人もいます。そしてそれらはすべて錯覚の後に実感するものなのです」

「随分とさかしいことを言う」

「それでも私は自分の錯覚を信じます。電撃のようなものが走ったから、私はサキの為に命をかける」

「…………」

 沈黙するルウラにメツは冷や汗を流す。不味いことを言ってしまったか?

 心臓がやかましい。

 この問いは試験以外の何物でもない。どこまで言葉を積み上げても初対面の人間の為に命を張ることになるのはルウラだ。コウが敗北すれば負担は全てルウラに降りかかる。

 この応答によってはルウラが降りる可能性もある。

 メツは祈るような気持ちで眼前の神を見る。

「フッ」

「!」

「ハハハハハハハハハハハハ!よくもそんな言葉を投げるものだ!さすがにコウの親友というだけはある!なるほど。安っぽい恋の言葉を連ねるよりもよほど説得力というものがある。気にいったよ。高坂メツ」

 ぽかん、と口を開けるメツをしげしげと眺め、ルウラは意地の悪い笑みを浮かべる。

「さては私が降りるのではないかと勘繰ったな?」

「あ、いや……すいません」

「一度やると言ったんだ。神に二言はないぞ。神だからな。私のことは心配するな」

(話に聞いていたのと違うぞ。コウ……)

 天真爛漫で無邪気な性格。

 いや、彼から見れば十分にそうか。

「どうした?笑ったりして」

「いえ、貴方のような方と出会えてよかった。僕と彼も」

「そうか。そう言われると悪い気はしないな」

 微笑むルウラに対してメツの声に悲壮感が漂う。

「だからこそなおさら思います。貴方達がこれほどまでしてくれるのに、僕は……あまりに無力だ」

 俯いているため表情は見えないものの、机に置かれた拳が震えている。

「力が欲しい。状況を打破することができるだけの力が……」

 メツの苦悩に対して解決の術をルウラは提供できない。

 神といっても万能ではない。

 自らの無力に失望するしかない男を見、やりきれない感情が胸をしめる。

「君が戦うことをコウは良しとはしないよ」

「けど!」

「もうコウの居たかった日常は戻らない」

「…………」

「コウは命を危険にさらす日常に身を置くしかなくなっている。世界が融合を続けている今、それは避けられない。君はコウの居たかった日常の重要な人物だ。そんな君が戦場に立つようになってみろ。コウはどう思う?」

「それでも……僕は……」

 確かに戦力は欲しいが、今の主戦力をないがしろにしてまでメツを巻き込みたくはないし、何より彼のことは気にいった。ルウラ自身、彼に力を手に入れてほしいとは思わない、

「……戦うための力を持てば、いやでも不幸の一つや二つ経験してしまう。だからもう持ってしまっている者にまかせてくれ」

 慰めにもならない言葉をルウラ自身、何より空虚に感じていた。




 殺伐とした空気が漂う室内でクゥはそれでも特に不愉快さを感じなかった。

 場所は以前にゲームをしていた隠れ家。

 二月席に睨みつけられていたとしても、正直どうでもよかった。

 自分の神経の太さに笑えてくる。

 この神の気まぐれ1つで戦闘に発展しかねない。

 人間側には自分のファクターの1面しか説明していない。

 この神と戦闘になれば、まず間違いなく自分が勝つ。

 それをしないのは単に今の状況が気に入っているからだ。

「どうしてそんなに熱い視線を送ってくるんすか?貴方相手なら危ない関係に陥ってもやぶさかではないっすけど」

 投げやりに言葉を投げつける。

「どこまで仕組んだ?」

 サキにしてみれば、眼前の神が不安要素だった。

 あったときから何を考えているのかまるでわからない。

 今回の寝返りもそうだ。

 ロウアーが自分を探していることもこの神はなんだかんだと邪魔して回った。

仲間意識など元々、希薄だが最低限度の盟約くらいは守る義務があったはずだ。

状況を引っ掻き回すことを何故わざわざ選んだのかわからない。

「ん~、仕組んだってほどではないっす」

「あっさりと白状をする」

「種まきはすでに終わったっすから」

「仕組んだほどではないとは?」

「単に要因を振りまいただけっすよ。貴方がその束縛から解放されるように。これでも自由を愛する神っす。この戦いがどのような結果を招いても、貴方と貴方を解放するあの青年は、後腐れが残ってはならない。私の命名の元にそうせずにはいられない」

「貴方の命名?」

「さすがに教えないっすけどね。私はロウアーと違って悪い様にはしないつもりっすよ。面倒くさいことに囚われるのは少ない方がいいでしょう?」

 そう言ってほほ笑みかけるクゥの喉元に冷たい鉄の感触。空中に浮かんだ巨大な円柱。切っ先は尖っており、少しでも荷重をかければクゥの喉に突き刺さるほどの密着具合。

突然現れた巨大な釘はサキのマテリアルと見て取れた。

 元より殺伐としていた室内がさらにのっぴきならない状態へと推移した。

「あまり解った風に私を語るな」

「貴方こそ解った風に命を見るな」

 喋ったおかげで喉が動き、クゥの喉元から血が流れる。

「貴方がいくら絶望しようが、貴方は自分の命を他者に押し付ける。初めからそのつもりでこっちに来たのでしょう?」

「何故それがわかる?」

「貴方の戦いが虚ろすぎたから」

 血が流れることも構わずに話し続ける。サキも巨大な釘を動かそうともしない。

「貴方の命を奪う者は貴方の命を背負わなければならない。それは酷い束縛だ。貴方はそれを考えたのか」

「知ったことか。私は決めた。私の命を他者に押し付けると。無責任だということは分かっている。だが無責任という言葉はこの世界に溢れている。特定の限られた者の決断が大多数を不幸に導くこともあれば、私達のように強大な力を持った者が幸福を生むケースもあるだろう。私は理解を得ることはなかったが、それでも向こうの領土を支配していた間は不特定多数の生活を守ってきた自負がある。一つくらいの命を不幸にすることが何だ」

「貴方はおろかしいほどに神だ」

 一ではなく、全を見た視点を皮肉る。

「だから貴方は失敗する」

「何?」

「確信だ。あの男は貴方に安らかな死を与えない。あの男にとって殺し合いは生か死。殺伐としたもの。貴方は美しい終わりを求めているのだろうが、あの男に戦場で命を奪わせた結果もたらされるものは無残な死だ。あの男の命名は聞いたでしょう?『喰らう者』。人の悪意を持ち合わせた獣の戦場に貴方のような願いを持ち込むのはあまりにも危険だ。貴方は喉笛を喰いちぎられ、体中を牙によって引き裂かれ、原形をとどめないまま終わる。それが貴方の辿るはずだった結末だ」

 初戦でのあの鬼気迫る猛攻を思い返す。あの時、確かに恐怖を感じた。

「それでもあの男は辛うじて良い人間性を持ち合わせていた。だから私はあの男が一度頭を冷やし、そしてどういう解答を出すか見ることにした。貴方はもう命を捨てる気だったのだし、遅くなるか早くなるかの違いだ。私は、私の眼の届く範囲で不幸に囚われるものを身捨てない。だからあの場でああいう行動をとった。あの男に十分な思考時間を与える為に貴方の捜索も邪魔してやってやった。先輩にあの男がどういう状態なのかも聞き、貴方を殺す気であるというのも聞いた。思考時間は十分にくれてやった。もう私ができるのはここまでだ。それ以降の後悔など知ったことか。これでお前らは十分だろうと私の裁量で勝手に判断した。私は緻密に仕組んでなどいない。ただあの男に整理する時間を与えただけだ。後は両者で勝手に殺し合えばいい。……そう思っていた。貴方の顔を見るまでは」

「…………」

「貴方は余計な因果を引っ張ってきた。きっともうあの男は貴方に良い死を与えるだろう。それでも余計なものが付随しすぎる」

 サキはクゥの言葉を静かに受け止める。

「台無しだ。呪いの神よ」

 その言葉を受け、サキはマテリアルを消失させた。

「いい言葉だと思う。自由の神よ」

 色々なものを道連れにして私は死ぬ。

 台無し。

 これ以上に自身にぴったりな言葉があるだろうか?

「悪かったわ」

 そう言ってサキはクゥに握手を求める。

「…………っああ!ほんっとビビったっす!こういうのは性に合わないんだからやめてほしいっす!」

 そう言いつつクゥは握手に応じた。

 いやに二月が上機嫌だ。

「楽しみね。明日」

「うれしそうっすね」

「貴方は私のこと良くわかってくれたから」

「台無しってところ?」

「そう」

 サキは寝室に歩を進める。部屋を出ようとしたところで振りかえり、疑問を投げかける。

「貴方は私に殺されると思わなかったの?今の場面では戦闘に入ってもおかしくなかったと思うけど」

「見る目も自信があるんっす。この場でむやみに殺すような真似はしないでしょうし、貴方は私を仕留め切れるとも思っていないっす」

「そうね。貴方のファクターを私はわかっていない。以前、戦ったときに何故、貴方が私から逃げ切れたのかまるでわからないもの」

 そう言い残してサキは今度こそ部屋を出た。

「さて、明日はどうなるっすかね……」

 本当は二月席には幸せになってほしい。

 あの神が神になる羽目になったのは、自分が前の二月席を仕留め切れなかったからだ。

 二月席は知らないだろうが、彼女が神になる瞬間にクゥは居合わせていた。

 後の彼女がたどった経緯はもはやあちらの世界では誰もが知っていることだ。

「責任感じているんすよ……ホント」

 溜息。

 自由の神といわれつつも、自分が実のところ、色々なしがらみに捉えられているところに皮肉を感じずに入られない。




 壁に『インテグラ』を立てかけ、ベッドに腰かけて相対する。

「明日だぜ。損くじ引いちまったと笑うか?」

 微かにインテグラが明滅。

 本当に反応する所を見ると、意思を持っているというのは間違いないらしい。

「なんつーかさ。あの二月席のこと知らなきゃ喰って終わりだったんだろうけど、そうにもいかなくなっちまった」

 剣に語りかける様は端から見れば異様な光景だとコウは自嘲した。こんなところ他人に見られたら口を封じなくてはならない。

「実力はあちらが上だ」

 少し冷静に考えればあちらのデメリットのように思えていた身体能力がこちらよりもワンランク下のものになるというのはとりようによってはメリットに転じる。どんな力を持っていたとしても、仮にコウが実力ではあの神を圧倒していたとしても、身体能力はあちらが合わせてくるのだ。しかも、あの神はその状況に慣れている。

「分は悪い。新しい武装を回してもらったがそれでも足りない。最後はお前にかけるしかない」

 立ちあがって『インテグラ』の刀身を撫でる。

「お前は俺の最強の剣だ。頼んだぞ」

『インテグラ』が淡く光る。

 仕方ない奴。

 そう苦笑しているようにも思えた。


サキは……動かしづらいなぁ……

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