08-09. 凱旋
「パパ! ママ!」
いつしか閉まっていた扉が、豪快に蹴破られる。哀れ、その扉の蝶番は外れ、扉の本体は音を立てて床に叩きつけられた。
「リヴィ! ウェラ!」
俺たちは振り返って、そして吹き出した。二人とも、ものの見事に全身煤けていたからだ。元の服の色も鎧の色も、もはやわからない。肌や髪さえ真っ黒だった。
「パパもママも、怪我しとらん? 大丈夫? エリザはどないした?」
「ははは、一度に訊きすぎさね。でも、アタシたちは大丈夫。エリさんもまだ立ってるしねぇ」
「なんとかな」
――というより、ウェラとリヴィが無事だったことの喜びが大きすぎて、俺は腰の痛みを忘れていた。
「エリザもしばきたおしたん?」
「がっちりお仕置きしてやったよ」
俺は「タナさんがね」と付け足すのを忘れない。タナさんは「まぁ、そうかねぇ?」と……否定してくれない。せめて「一緒にやった」とか言い直してほしかったな。
「それよりあんたたちの方がよっぽど一大事に見えるけどねぇ。真っ黒じゃないか」
「ちょっと髪が焦げてもうたけど、大丈夫や。ウチら、ずっと逃げ回ってただけやから」
「がんばったんは精霊さんたちやからな!」
「ねーちゃん、訛っとるで?」
「ふぇ?」
目を丸くしたウェラだったが、やがてケラケラと笑い始めた。
「すごくこわかったんだ」
笑いながら言うウェラ。
「だけど、精霊さんが助けてくれて、リヴィががんばってくれて、だから、ウェラもがんばろうって」
「良い子だな」
俺はウェラの頭に触れようとして――がっくりと膝を付いた。
ぐぎっという音とともに、猛烈な痛みが腰を中心に全身を駆け抜けたのだ。
「パパ!」
リヴィが支えてくれなければ、あわや黒曜石とキスするところだった。そうなれば前歯くらいは折れていたかもしれない。
「これは――ぎっくり腰、か……」
噂に聞いていたアレだ。それだけは常々回避するように気を付けていたのに。最後の最後で油断した。
「パパ、大丈夫? 怪我したんか? なぁ!?」
「だ、大丈夫……」
「ぎっくり腰かい」
タナさんの「ふむ……」という声が頭上から降ってくる。
「それ、魔女の一撃って言うんだ、別名ね」
「ええ?」
俺は頑張ってタナさんを見上げた。
「魔女は引退したんじゃなかったっけ?」
「えっ?」
タナさんは目を丸くする。そして、少し慌てて右手を振った。
「ち、違うよ! アタシ、何もしてないから! ほんとに!」
「ほんとかなぁ」
俺が言うと、タナさんは腕を組んでそっぽを向いてしまった。
「リヴィ、エリさん背負って。三人で凱旋と行こうじゃないさ」
「りょーかいや。黒ぅなるけどな、堪忍、堪忍な!」
ひょいとリヴィに背負われるおっさん。剣はタナさんが持ったままだし。ありとあらゆる語彙を尽くしても足りないくらいに格好が悪い。そのくせ、腰が痛くて脂汗がだらだらである。
「ちょっと待って、タナさん。三人って?」
「エリさん、あんたはそれで、凱旋って言えるのかねぇ?」
「刺さるね、相変わらず」
「アタシは、変わらないよ」
タナさんは少しトーンを落として、囁いた。俺は脂汗にまみれた顔で苦笑する。
「俺も、多分変われないだろうね」
「腰が痛いもんね」
ウェラが明るい声で笑っている。いや、それはあんまり……?
だが、タナさんも「でもそこそこ程度にはいい男なんだよ」とか言っている。そこそこって……。ええい、もうどうにでもしてくれよ、ほんとうに!
「なぁ、パパ」
「うん?」
「ウチ、カッコイイ所見せられんかったなぁ?」
「ん?」
ぽそりとした呟きは、タナさんたちには聞こえてないかもしれない。
「もっとこう、大活躍したかったんや」
「したじゃないか。リヴィとウェラのおかげで、一件落着。俺たちだけじゃ何もできなかった」
「ほんま?」
「ああ。間違いない」
「ほんなら、ウチ、パパとママの助けになれたん?」
「もちろん」
俺はひょいひょい歩くリヴィに背負われながら、うなず――こうとして失敗する。腰に響いた。
「パパ、なぁ」
最後の扉から外に出て、リヴィが空を見上げて呟いた。
「月が、綺麗やで」
これにてエリザを巡る旅は終わりを迎えました。
残るはエピローグ(2話)となります。




