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腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


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08-08. 悪魔との駆け引き

 俺はタナさんと手を重ね、身体を支え合いながら、一歩また一歩とエリザと悪魔に近付いていく。強烈な力場、圧倒的な奔流(ほんりゅう)。津波のようなそれに(おぼ)れながら、俺たちは進む。悪魔の放つ重い衝撃波。エリザの発する圧力も痛いほど。


「!」


 エリザの姿が悪魔に溶け込んでいく。


『我らが子よ、なぜ人間如きにそこまで肩入れをする』


 巨大な悪魔がエリザの声を発する。アンバランスに過ぎて頭の処理が追い付かない。


「エリさん、前に、行くよ」


 近付かない悪魔。巨大すぎて近付いてる実感がない。けれども、一歩、また一歩と進んでいる――それは事実だ。だが、どういうわけか、近付いている気配がない。


『なぜなのだ、我が子よ……』

「なぜも何も、ない! 俺はっ、人間だ!」


 俺が叫ぶと同時に、魔力の津波が俺たちを襲った。全身をくまなく殴打されるような感覚に、俺もタナさんも思わず呻く。だが、タナさんは左手を俺の腰に添えて、また前に押し進んでいく。


『悪魔の子――その事実を否定することで何を得られよう』

「だからなんだってんだ!」


 輝く力場が俺たちを阻む。だが突き出されたガルンシュバーグがそれを少しずつ砕いていく。俺一人では到底成し得ない。タナさんの力あってのものだ。


「人間だってな、悪魔になる。自分の内に、誰もが悪魔を飼っている。俺が悪魔の子だろうが、なんだろうが、それ以前に、俺は! 人間だ!」」

『あははははははははは!』


 悪魔の哄笑。それは広間を()()()()と満たす。


『罪は不可逆! 烙印(らくいん)は消えぬ! 我らは選ばれし者。ヴァルナティの力を受け継ぎし者、そして、大魔女の力を持つ者――。我らの力があれば、世界はより完全になる!』

「悪魔が生きやすい世の中なんて要らない」


 俺は言う。だが、エリザは諦めない。


『我も、殺伐たる世界を望むわけではない。選ばれし者による平穏な世界。完全にして罪なき世界を望む。そのために、我は無数の代償を捧げてきた』

「選ばれし者……その下にはさぞ多くの死者が蠢いていることだろうな」

『それが何だ。淘汰される運命にあるものを淘汰して何が悪いのか。力なき者、智慧(ちえ)なき者――元はと言えば、貴様らとて、そやつらのような低劣卑陋(ていれつひろう)なる者どもがいなければ、悪魔や魔女になどならずに済んだのであろう?』


 後半部は否定出来ない。だが、前半部には大反対だった。


「力あるやつの一存で、淘汰するべきされるべき、そんな考えには俺は反対だね。命の選別をする権利など、なんぴとにもない!」

『貴様のその言葉、それが人類の総意だとでも?』


 その問いは悪魔の声で放たれた。


「さぁ?」


 俺とタナさんの声が揃う。俺は言う。


「人類の総意、そんな大袈裟なものは知らない」


 そしてタナさんが続けた。


「アタシたちを動かすのはね、アタシたちの傲慢な正義さね!」

『それだけの罪を背負いながら、なお正義を(かた)るのか』

()()()()に言われたかないさね」


 タナさんは左手で俺を抱き寄せる。俺も右腕をタナさんの腰に回す。


「あんたは幾度でも蘇る。違うか」

『左様。人類が滅ぶまでは』


 眼窩の奥に絢爛(けんらん)たる白炎を(きら)めかせ、悪魔は答える。


『人類が自らの意思で我らを駆逐するまでは、我らは永遠なり。それは永久(とわ)に訪れぬ瞬間なれど』


 悪魔の声を聞きながら、俺たちはガルンシュバーグで結界を割り破っていく。だが、鉄砲水のような魔力が、俺たちの前進を(はば)む。タナさんは鋭い声で言い放つ。


「教会と手を組んでりゃ、そりゃ永遠にその時は来ないだろうさ」

『我は――』


 エリザの声が聞こえる。


()()。そして、()()。この汚穢(おわい)に満ちた世界を浄化し、より完全なる世界を生むために、我は世界に()()()()()。それはとりもなおさず、世界が我を今、必要としているからに他ならない。我は神に愛されし魔女――』

「魔女が神を語るとね、ろくなことになりゃしないさね!」

『これは我が運命にして、使命。我は全ての夢を実現する義務がある!』

「ならば言わせてもらうぞ、悪魔!」


 俺は左手でガルンシュバーグを支える。タナさんの右手と、その手を包む俺の左手が、呪いの剣を握り締めている。


「お前のそれを運命だというのなら! 今ここで俺たちがお前を討ち果たすのも運命! 神様の野郎の思惑だ!」

『神は我が父――永劫なる神性!』


 悪魔がエリザの声で咆哮する。光の矢が降り注いでくる。あんなものを避ける術なんて、どこにもない。


 バリッ――そんな音が俺の内側で響く。強風で大木が倒されるときのような音だ。俺たちに着弾しようとしていた光の矢は、俺たちを包んだ半透明の輝きで弾き返される。


『――!?』


 エリザの動揺が聞こえる。


「エリさん。抑えな。あんたの中の悪魔が――」

「違う」


 これは俺のものじゃない。俺の中の()()()が目を覚ましたなら、この忌々しい腰の痛みだってきっと雲散霧消するはずだ。だが、現実問題、腰は痛い。立っているのがやっとだ。


「タナさんの力だよ、これは」

「まさか……」


 タナさんは呻く。だが、俺は「間違いない」と繰り返す。


「なるほどね」


 頷いたタナさんは、俺の腰に回した手に力を込めた。


「全てに意味がある、そういうわけかい」

「……ということらしいな」


 俺たちは二人で突き進む。ガルンシュバーグの()()が、俺たちを護る。それは呪いの力で生かされている俺たちにとっては、まったく相応(ふさわ)しい鎧だった。


『なれば散れ! 我と我らが教会の権能にて、我は貴様らを罰しよう!』

「ヴァルナティがどうのとか!」


 そんなものは知らない!


 ガルンシュバーグがエリザと悪魔の結界を打ち破っていく。旱魃(かんばつ)(ひび)割れた地面のように、俺たちとエリザの間の空間が割れていく。不均等に、深々と、()()()()と詰まった魔力の世界が割れる。


「なぁ、タナさん。これは魔法?」


 俺はタナさんの方に顔を向ける。タナさんは逡巡の末に頷いた。


「……うん」

「でもさ、俺の手を通して出てるよな?」

「……ああ」

「なら、タナさんの魔法とは言えないよな?」

「詭弁さね」


 タナさんは俺を見て目を細めた。


「でも――」


 音を立てて空間が裂ける。名状も形容もできないエリザの嬌声に、溺れる。


「でも、大好きだよ」


 タナさんの囁き。それが空間を粉砕する。


 悪魔の放つ聖なる光は、俺たちの手にした呪いによって跳ね返される。


『そんなはずは……!』


 悪魔が太い腕を振り下ろす。床が砕け、空気が刃と化す。だが、それはエリザ自身が展開していた魔力の密度によって減衰する。ガルンシュバーグが悪魔の手首に深々と突き刺さる。まるで手応えのない一撃。しかし、悪魔は()()った。


『!?』


 そこに大きな間隙(すき)が出来る。俺たちは前に前にと進んでいく。タナさんの手が俺を前に進めてくれる。俺はタナさんの手を握る左手に、力を込める。


「ガルンシュバーグ! 気合と! 根性を! 見せろ!」


 怒鳴っていた。呪いの剣が、悪魔の胸に突き立っていた。俺たちは頷き合い、同時にそれを根本まで押し込む。悪魔の力場が蜘蛛の巣のように(ひび)割れる。強烈な衝撃波が俺たちを襲う。ガルンシュバーグの呪いの力でも、それらを完全には中和できない。


「くそっ、まだか!」


 キラキラと(きら)めく結界の欠片(かけら)が俺たちの周りに雪のように降り注ぐ。悪魔は――いや、違う。エリザは、絶叫していた。悪魔の(うち)にあるエリザが呪詛(じゅそ)を叫んでいる。


 その一方――。


『クククククッ! ハハハハハハハハハ!』


 悪魔が笑った。おかしくて仕方がない。そんな哄笑(こうしょう)を広間に響かせている。その眼窩の奥の白い炎がギラリと輝いた。


『よかろう! 我は十分に楽しんだ』

「え……?」


 俺とタナさんは剣を握り締めたまま顔を見合わせる。


『向こう百年黙っていろ――それが貴様らの望みであったな』

「……そうさ」


 タナさんの方が先に立ち直った。


「百年は黙っていておくれ」

『よかろう!』


 乱杭歯を見せながら、悪魔は咆哮する。


『我はその時を待とう。なれば、汝らが積み上げてきた対価の数々、全て貰おう』

「悪魔を太らせたくはないぞ!」


 俺は言う。タナさんも頷いた。が、悪魔は『否』と首を振る。


『これは、我が百年眠るための対価。……貴様らの言う()にはあたるまい』

「それで俺の()がチャラになっただなんて思ったりはしないぞ」

『はははは! それこそ好きにすれば良い。罪は己にて背負う心の(くさび)。それを如何(いか)に解釈しようが、我と我らの知ったことではない』


 白い悪魔は銀の翼を広げる。輝きが部屋を満たす。


『なれば――』

「待ちな」


 タナさんが光と化し始めた悪魔を止める。


「エリザは、あいつはどうする」

『あれは我らに対価を払い終えてはおらぬ。百年の暇つぶしに使わせてもらおう』

「まったく、悪魔的さね」

如何(いか)にも』


 悪魔はまた哄笑する。その度に広間が輝きに満ちていく。


「待て、カルヴィンはどうなった!」

『さぁな。自身で確かめるがよかろう』


 悪魔は消える。最後の光の欠片(かけら)がふわりと明滅した。


『さらばだ、()()()()よ』


 悪魔の輝きが消えた部屋は、暗闇に沈む。


「タナさん」

「見てごらん、エリさん」


 タナさんが指差したのは遠くに開いた巨大な硝子(ガラス)窓だ。そこから一閃、太陽の残滓(ざんし)が入り込んできた。その輝きが主のいなくなった豪奢な椅子と、俺たちの姿を照らしている。ガルンシュバーグは……タナさんが静かに鞘に戻した。もう金輪際、その刃を見ることはないだろう。


 その時――。


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