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腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


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08-07. ガルンシュバーグ

 階段を上がりきった先の扉。その先の廊下。その更に奥の扉。タナさんは何かに引っ張られるようにして進んでいく。俺はタナさんがいなければ前に進めもしない。タナさんにも焦る気持ちがあるのが伝わってくる。だが、タナさんは、俺の手を離そうとはしなかった。


「行くよ、エリさん」


 巨大な観音開きの扉を前に、タナさんは俺を振り返る。俺は「ああ」と頷いた。


 それを待っていたかのように、扉が重たい擦過音(さっかおん)と共に開いていく。


 その巨大な広間の最奥部の椅子に、白いドレスを纏った若い女性が座っていた。この世ならざる美しい金髪に真紅の瞳。その(たたず)まいは、まるで玉座に在る女王であるかのようだった。彼女がエリザ女公爵。そしてあれがおそらくは、在りし日の姿なのだろう。なるほど、異様なまでに蠱惑(こわく)的だ。


 俺はタナさんの左手にある長剣をちらりと確認してから、タナさんの前に出た。


「悪いが、さっさと決着をつけさせてもらうぞ、魔女エリザ」

『我は――』


 エリザはゆっくりと立ち上がる。その声は若い娘のものだ。


『貴様と争うのは本意ではない』

御託(ごたく)はもうたくさんだ。一刻も早く、お前をあの世に送り返したい」

『ははははは!』


 笑う魔女。


『ヴァルナティの子にして、悪魔の顕現者(けんげんしゃ)――血のエライアソン。我は貴様の行為(おこない)、その全てを知っている』

「だからどうした。それを過去のことと片付けるつもりは毛頭ない」


 俺が言うと、タナさんがすぐ隣に並んだ。視線が合う。エリザは朗々と語る。


『貴様の起こした戦は、されど、(いわ)れなき差別が発端であろう。ヴァルナティの子の再来と呼ばれた貴様がそのまま生きられたのならば、貴様の(うち)に在った悪魔は、目覚めることはなかっただろう』

「その仮定に意味はあるのか」

『どうだ、悪魔の子、そして我らが子、エライアソン。世界の半分の魂――それで過去、いや、玄黄天地森羅万象(ありとあらゆるもの)を変えられる。我の(よみがえ)りよりも遥かに重い対価ではあるが、それも可能なのだ』

「だから?」


 俺はタナさんの右手を握り直す。タナさんも握り返してくる。


「俺の罪は俺のものだ。過去を変えるだのなんだの、とんでもない話だ。俺はどうにかこうにか生かされてきた。どういうわけか死ななかった。そして今がある。過去の罪は重い。後悔は鋭く深い。けどな、エリザ。俺は現在(いま)を捨てる気は一切ない!」

「死が二人を分かつまで――」


 タナさんが言う。


「アタシはこの人とずっと一緒。たとえ死んでも、行く先は地獄。すぐに会える」

『ははは! 死んでいったい何になる? それよりも生きて我の助けとなれ。そうすれば、我はより完全になる』

「はん!」


 タナさんが鼻で笑う。


「それはあんたが不完全だということの自白ってことでいいのかい?」

「タナさん、時間がない」


 俺が言うのと同時に、エリザが「交渉決裂、か」と、両手を広げた。


『なれば、貴様の(うち)なる悪魔を呼び起こせ! 我と貴様の裡に眠る悪魔。どちらが世界の覇者に相応(ふさわ)し――』

「いやだね」


 俺はタナさんから剣を取り返そうとしたが、タナさんに手の甲を叩かれた。


「これは、あんたが抜くべきものじゃない」


 タナさんは右手で短剣を抜いた。そしてくるりと回して前に出る。


「タナさん、何をするつもりだ」

「アタシはね、やっぱり魔女なのさ」

「どういう――」

「魔女を殺せるのは、魔女。アタシは()()()()()に戻る。エリさん、後は――」


 タナさんは駆け出した。「冗談じゃない」と後を追おうとするも、身動きが出来ない。足が動かない。


「タナさん!」


 床から足を引き剥がす。魔法か何かの、得体のしれない力だ。一瞬で詰められるはずの距離が、今の俺には途轍(とてつ)もなく遠い。


 タナさんの全身を何かが殴打していた。衝撃波が青く抜けている。


「タナさん!」

「エリさん、来るな!」


 タナさんはエリザに短剣で斬りつける。だが、何かの力場でことごとく弾かれている。


「エリさん、アタシがなんとかするから、さが――」

「いやだね!」


 俺はようやくタナさんの隣に並んだ。タナさんの左手にある長剣に手をのばす。


「それを、俺に」


 一撃で片を付ける。俺は柄に手をかける。


『その(つるぎ)は我のものなり。返してもらう』

「いいともさ」


 タナさんは短剣を投げ捨て、俺の手を払い除けて、ガルンシュバーグを抜いた。剣から放たれた叫び声のようなものが、幾重にも反響する。幾重、いや、そんな生ぬるいものじゃない。空間全体を絶叫と狂笑が満たしている。


『それは我と我が悪魔の契約の剣。さぁ、我が(もと)へ!』


 エリザの背後に、あの白い悪魔が現れた。上半身しか見えていないが、それでも圧倒的に巨大だった。手の拘束具はなく、目に刺さっていた剣や槍もない。眼窩は暗く、白い炎が燃えている。猿轡(さるぐつわ)もない。


「おまえ、最初からエリザの……!」

『ゆえに悪魔よ』


 それが全く抑揚のない声で応じてきた。


 俺は舌打ちする。


 タナさんはエリザに向かって剣先を向ける。


 俺は剣を握るタナさんの手を握った。


「エリさん?」

「これは、俺が抜いたことにはならないんじゃないか?」

「ははっ」


 タナさんは笑う。


「それはとんだ詭弁(きべん)さね」

「かな?」

「でも、嫌いじゃない」

「だろ?」


 耐えろよ、俺の身体。一撃でいい……!


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