08-06. 信じること
老人は白い炎を上げて燃えた。
哄笑を遺して、その身体は瞬く間に灰になる。タナさんはガルンシュバーグを抜きかける。だが、それをリヴィが止めた。
「ママ、こいつはエリザとはちゃうってことでええんやな?」
消えた老人と入れ替わるようにして俺達の前に現れたのは、上半身は不自然に腕が長い白蝋のような人間、下半身は人の何倍もの大きさのあるスズメバチの尾部のような、歪な姿だった。下半身の金と黒のコントラストが禍々しいことこの上ない。羽は無いが、どういうわけか人一人分ほどの高さに浮かんでいた。
鳴り止まないオルゴールの音が、一層強度を上げていく。
「悪魔化かよ……」
「油断したよ。間に合わなかった……!」
タナさんが唇を噛んでいる。リヴィが外套をはためかせながら前に出る。
「こいつはウチがなんとかする。ママとパパはエリザをしばいてきて」
「無茶言うなよ、こいつは――」
「ウェラもリヴィを助ける。リヴィのおねえちゃんだからね!」
「はいはい、ねーちゃんねーちゃん」
そう言いながらも、カルヴィンだったものの吐き出す光の槍を次々と弾き返していくリヴィ。ウェラはカードを手に、タイミングを伺っている。いつの間にか、この子も戦士の顔をするようになっていたことに気付く。
タナさんが叫ぶ。
「あんたたちを置いてなんて行けないよ!」
「心配せんでええ。いざとなれば逃げ回るだけや!」
リヴィの言葉に、タナさんは足を踏み出そうとする。が、俺はそれを止める。
「行くぞ、タナさん。ウェラもリヴィも立派に戦える」
「何言ってるんだい、二人は……大事な娘だよ」
「だからこそだ」
「エリさん……!」
タナさんは数秒間の逡巡を見せたが、やがて頷く。
「わかったよ、エリさん」
タナさんは短剣で何かを弾く。リヴィに被弾が増えてきた。あの鎧がなければ危なかったであろう被弾もある。外套もだいぶダメージを負っている。
「リヴィ、ウェラ、絶対に死ぬんじゃないよ」
「もちろん、や!」
リヴィはハチの悪魔から降り注ぐ光の槍をかろうじて躱し、一発を悪魔に向けて弾き返す。命中には至らなかったが、そこに大きな間隙が生まれた。
「タナさん、抜けるぞ」
「……わかった」
「ほな、行くで!」
リヴィがバランスを失ったハチの悪魔に斬りかかる。ハチの悪魔はその両手を振り回して、リヴィを打ち倒そうとする。間一髪、そこにウェラが呼び出した火の精霊の火炎が炸裂する。
『――!?』
俺たちはハチの悪魔の下を滑るようにしてくぐり抜ける。腰はタナさんのおかげでギリギリ無事だ。走れはしないが、普通程度には歩ける。
「この戦いが終わったらな、ウチは自由気ままな旅に出るんや!」
リヴィの怒声が聞こえる。悪魔の咆哮が俺たちから遠ざかる。
「精霊さんっ!」
ウェラの声がオルゴールの爆音を引き裂く。
「おともだち全部呼んで! カード全部あげるからぁっ!」
『承知!』
俺たちの前にも青や緑の巨人が姿を見せた。ハチの悪魔は巨大だったが、精霊たちもまた強烈だった。
「パパ、ママ、はやく! いまのうち!」
ウェラの声が俺たちに届く。もしかすると風の精霊の技かもしれない。
俺たちは階段を駆け上がる。後ろを振り返る余裕はない。一刻も早く片付けなければ、リヴィたちが危ない。
「アタシ、迷ってる」
タナさんが俺の手を引きながら言う。
「本当にこれでいいのか、迷ってる」
「俺は迷ってない」
俺はハッキリと言い切った。
「俺たちは俺たちの戦いをすればいい」
「ははっ!」
タナさんはまた前を向いて走り出す。俺の剣を左手に。俺の手を右手でつかまえて。




