08-04. 永遠の炎
火の精霊がいなければ、俺たちはこの真っ暗な城の中で途方に暮れていたかもしれない。念のためにランタンは持ってきていたが、それだけではこの圧力のある暗闇に心を捻り折られていたかもしれない。
「ウ、ウチ、正直震えが止まらん」
「心配するな。俺も腰が痛い」
「アタシは肩がねぇ」
「ウェラは……ええっと、ええっと……」
そんな会話をしている内に、火の精霊は周囲の燭台という燭台に火を点けていた。なんとも便利である。おかげで俺たちは、この無駄に広い構造物に臆せずに済む。揺らぐ影は俺たち自身のものだ。何も恐れる必要はない。
「さて」
火の精霊が消える。万が一狂化させられると厄介だから、この巨大な扉の前で一度引っ込めたという次第だ。
「リヴィ、震えは止まったか?」
「む、む、武者震いや! そう、こ、ここ、これは武者震いやで!」
リヴィはゴクリと唾を飲む。
「リヴィ、とりあえず剣を抜け。何が起きるかわからない」
「りっ、了解や」
リヴィはガナートに託された剣を抜き放つ。淡く輝くその魔法剣は、今となってはリヴィの立派な相棒だ。
扉が音もなく勝手に開きはじめる。待っていたぞ――ということか。
部屋の中は輝きに満ちていた。王宮ですら見たことのない巨大なシャンデリアが、仄かに揺れては影を生んでいる。そして床の上では無数の赤い蝋燭が、ゆらゆらと足掻くようにして、光を吐き出している。
「ここは……ダンスホールだな」
埃の気配すらない黒曜石の床は、まるで濡れたように輝いている。そして俺たちの足音が一拍遅れて反響してくる。
「嫌だねぇ」
タナさんが首を振る。
「あの蝋燭たちの配置。その全てに意味があるんだよ」
「そうなのか」
「これはね、いわば呪いの形だよ。永遠に消えない蝋燭の炎さ」
「永遠に消えない?」
俺とウェラが同時に訊いた。タナさんは頷く。
「人の脂で作った呪いの蝋燭さ、これは」
「人の脂……」
リヴィがかすれた声で繰り返す。タナさんは静かな声で続ける。
「昔、アタシに魔法の何たるかを教えてくれた魔女がいてね」
その魔女は、人の命を蘇らせる研究をしていた――と、タナさんは言う。
「その時に、こんな?」
「そうだね。アタシがその事実を知ったのは……ってこんな話は今はどうでもいいさね。とにかくここは――いや、多分この城そのものが牢獄。魂を留め置くための巨大な装置なのさ」
なんともおぞましい。俺はリヴィの肩に手を置いた。リヴィは「だい、だいじょうぶや」とか言っているが、大丈夫な顔色ではない。
俺はリヴィの前に出て、ダンスホールの最奥部、巨大な階段に向かって声を張った。
「カルヴィン伯爵。客が来たというのに、歓迎の一つもないのか」
わん、と、俺の声が反響する。シャンデリアの輝きが増す。蝋燭の炎が全く不規則に揺れ始める。刃のような光が床に壁に映り跳ね、俺たち自身の影が俺たちを幾重にも取り囲む。
そして、音が鳴る。同じ音色でいくつもの音程が重なりあって、ダンスホールの壁や床や天井で跳ね返り、踊る。その金属的な音色は――。
「オルゴール?」
タナさんがやや疑問形で口にする。俺は「だな」と同意する。
だが、こんな大きな音を出せるオルゴールに遭遇したのは、二十数年前の王城が最後だ。延々と音楽を流し続けることの出来る巨大な金属の円盤。それが撥条仕掛けで動いている、はずだ。たしかこれは恐ろしく高度な技術で作られているとかで、当然恐ろしく高価なものだったはずだ。王城で聞いた記憶によれば、オルゴールを一台買うくらいなら、楽団一つと十年契約したほうが安い、らしい。
そもそも、タナさんがなぜ「オルゴール」という単語を知っていたのかも不思議なくらいだ。過去の魔女たちとのやり取りの中で知ったのだろうか。
程なくして、その音の反響で頭がくらくらしてきた。ウェラがその小さな手で、俺の右手を強く握ってくる。
「怖いよ、パパ」
「大丈夫だ」
根拠なんかないが、多分大丈夫。その時、奥の階段の中央辺りに、人影が現れた。
『歓迎が遅れて申し訳ない』
年老いた男の声のようにも聞こえたが、そこには一切の感情がなく、そのうえ、ひどく歪んでいた。




