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腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


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08-02. 地獄の入り口

 俺はリヴィに支えられてトボトボと馬車から降り、後は地面に転がされている。野営準備が終わったら灸、マッサージ、そして湿布の三点セットが待っている。


「明日の夕刻前にはカルヴィン伯爵の城に到着します」


 タガート隊長が、転がっている俺の前にかがみ込みながら言った。しかしこの男、全身甲冑を着ていながら、本当に音を立てない。どういう技なのか知りたい気もしたが、そもそも俺は鎧なんて一生着ることはできないだろうということで、その疑問は飲み下した。


「しかし、ウェラもリヴィも頼りになりますなぁ」

「リヴィは王国騎士に誘ってやってくれよ」

「試験については話したんですよ、ついさっき」

「で?」

「あっさりフラれましたよ。ウチは旅に出たいんやって」


 すごいな、リヴィ。王国騎士から誘われてそれを蹴るとか。まぁ、リヴィらしいか。そんな事を思っていると、タガート隊長は立ち上がりながらボソリと言った。


「私も子どもに会いたいですなぁ」

「生まれたばっかりだっけ?」

「ええ。実は生まれてから三日しか一緒に過ごせてないんですよ」

「そうなのか……」

「ええ。まぁ、仕事柄仕方ないところもありますし。私もそろそろ実働部隊から身を引く予定ですから、きっといい感じに落ち着くでしょう」

「大隊長に?」

「無事に帰れれば、ですが」


 そう言ってまた白い歯を見せて笑う。タガート隊長の向こう側では焚き火が大きな炎を上げていた。ウェラが力加減を誤ったらしい。王国騎士たちは最初こそ「うわっ」とか声を上げていたが、すぐに我に返って、しょげるウェラを励ましていた。子守もできるとか、すごいな王国騎士。


「訊いていいかい、タガート隊長」

「なんなりと」

「これから向かう先は地獄だ。できれば俺たちだけで先に――」

「ダメです」


 俺の言葉を拒絶するタガート隊長。


「王国騎士を(あなど)られては困りますなぁ、エリさん。なに、心配ありません、我々は誰一人死にませんから。我々には皆、守るべきものがある。死んでられるほど暇じゃないですからね」

「……やり遂げても、何も得られないんだぞ?」

「そもそも、名誉は他人(ひと)から与えられるものじゃありませんよ」


 タガート隊長は首を振る。


「自分たちの矜持(きょうじ)に従った行動ができたか否か。自分自身が自分を誇りに思うか否か。我々の価値判断の基準はそこにしかありません。そして我々六名は、今回の任務の裏の裏まで全てを承知した上で、今でも行動を共にしている。たとえあなたやタナさんが帰れと言っても、我々は帰りませんよ」

「……わかった」


 俺は転がったままそう言った。イマイチ格好がつかないが仕方がない。


「男同士の話は終わったかい?」


 タナさんとウェラが、俺のところへやってくる。ようやくのお灸タイムだ。タガート隊長は「良い夜ですな」と笑いながら、焚き火の方へ歩いていった。相変わらず音もなく。


「ああ……空を見てごらん、エリさん。地獄の入り口みたいじゃないか」


 タナさんは俺のシャツをまくりあげながら苦笑する。空には暗雲が満ちていて、星も月もあったもんじゃなかった。


「ウェラ、火を。今度は火加減間違えないでおくれよ」

「うん、今度はだいじょうぶ……と、思う」


 おいおい――途轍もない不安に襲われる俺である。灸に着火していく度に、俺は緊張した。それは見ていて分かるほどのものだったらしく、タナさんが豪快に笑っていた。ちくしょう、他人事(ひとごと)だと思って。


「俺の背中は無事か?」

「残念ながらキレイなもんさ」


 タナさんはそう言っているが、焚き火の逆光で、どんな表情をしているかはわからない。その隣にはウェラもいて、なんだかもじもじしていた。


「どうした?」


 俺が訊くと、ウェラは意を決したように口を開いた。


「あのね……。ハーフエルフって、何歳まで生きるの?」

「そうさねぇ」


 タナさんは少し考える。


「人間の三倍とも五倍とも言われているねぇ。正確なところはわからないらしいけど」

「……そっかぁ」


 ウェラは俯いている。その表情はすっかり影になっていて見えない。ウェラはぽそりと言った。


「みんな、先に死んじゃうんだね」

「そういうふうに出来ているのさ」


 タナさんが応えた。ウェラは俯いたまま言う。


「どうしてウェラは人間じゃないんだろう」


 その言葉を受けて、俺は訊く。


「それを嘆く意味はあるのかい、ウェラ」

「意味?」

「そう。ウェラはエルフと人間の間に生まれた。俺が魔女と悪魔の間にできた子であるようにね。だけど、それを嘆いた所で、何が変わるわけでもないよ」

「でも……寂しい」


 みんなウェラより先に死ぬ。それは必然だ。それを思って寂寞(せきばく)の思いに駆られるのも分かる。だが、なんと言えばいいかわからない。


「ウェラ」


 タナさんがウェラの肩に手を置いたのが見えた。


「パパとママは好きかい?」

「うん、大好き」

「だったらね、思い出をたくさん作ろう。寂しさに負けないくらいたくさんね」


 タナさんの静かな言葉。柔らかくて温かい声だった。


「残念だけど、エリさんもアタシも、どんなにがんばったってウェラより先に死ぬさ。でも、それが正しいのさ。それまでの間にウェラだって成長するだろう? その時までには、ウェラは一人で生きていけるようになっているはずさ。思い出がウェラを助けてくれるようになるのさ。だから、エリザの奴をやっつけたらさ、みんなでたくさん思い出を作ろう」

「でも、そのね……。思い出って、作れば作るほど……寂しくならない?」

「思い出はね……」


 タナさんは歌うように言った。


「不味い薬みたいなものさ。思い出したら苦くなる。でもね、飲み下せば苦さなんてすぐに忘れられる。そして心の調子も良くなるものなんだよ。だからね、思い出っていうのはね、寂しさという病気を癒すための薬なのさ」

「でもママ、ウェラは寂しくなりたくないよ!」

「寂しさはね、強さなのさ」


 諭すように、ゆっくりと。金色の炎を背負って、タナさんは囁く。


「寂しさを知っている人ほど、強くなれるんだ。それはかりそめの強さに過ぎないかもしれない。けどね、苦い薬を飲み下すための勇気の足しにはなるよ」

「パパとママみたいに、強くなる?」

「なれるよ」


 タナさんはゆっくりと肯定する。


「時間はたっぷりあるだろう? だからゆっくりとね」


 アタシたちみたいに大怪我する必要はないさ、と、タナさんは付け足した。


 ウェラがリヴィのところへ行くのを見届けてから、タナさんが俺のすぐ側に片膝をついた。


「さて、エリさん。マッサージの時間だよ」

「なぁ……タナさん」

「うん?」


 俺の背中を拭きながら、タナさんが応じてくる。


「月が綺麗だな」

「月?」


 タナさんはそう言うと、しばらく間を置いてから笑い出した。


「エリさん」

「ん?」

「あんたの月は、どんな月だい?」

「そりゃ、満月さ」

「奇遇だね」


 タナさんはクックックと喉で笑う。


「アタシのも、いつでも満月さ」


 まったく、(かな)わないな――俺は心の中で頭を掻いた。


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