07-11. 生きろという言葉
俺はリヴィのその思いつめた顔から目を逸らさず、呼びかける。
「リヴィ」
しかし……タナさんの声と重なってしまった。俺は肩を竦めてタナさんに発言権を譲った。
「恐怖を乗り越えても、エリさんは身動き一つままならないじゃないさ。万が一足が竦んじまったとしても、戦えない事を恥じちゃいけないよ、リヴィ。そういう時はね、一番守りたいものを強く思うんだよ、何よりも強くね」
「それで……それで、大丈夫やろか?」
「アタシは大丈夫だと思ってる」
タナさんは静かに言う。その言葉には相当な重みがあった。
「恐怖を知ったあんたにならね、リヴィ。アタシたちは安心して背中を任せられるよ」
「ほ、ほんま? ウチ、めちゃめちゃ不安やねんけど……」
「アタシだって不安だよ、リヴィ。不安を撃退する必要はないよ。恐怖と同じ。気まぐれなこいつらと、どう付き合うかだけを考えりゃ良いのさ」
「わ、わかった」
リヴィはそう言って、剣を鞘に戻す。そして目を閉じた。そんなリヴィにウェラが寄り添うようにして座っている。ウェラは大人びた表情で俺たちを見ていた。
「精霊さんがね――」
ウェラはふと遠くを見るような目をした。
「魔女を止めろって。エリザを止めろって」
「精霊が?」
「うん」
ウェラは静かに肯定する。
「さもなくば、この国は再び戦争で満ちるだろうって」
再び――。胸の奥に痛みを覚える。二十年前に王国全土に内戦状態を引き起こしたのは、誰あろう、この俺だ。将軍たちに担ぎ上げられ、自分の出自に絶望し、兄たちに失望し、同時に激しく嫉妬し、そして、国中を荒らしたのだ。何も得るもののない、ただの内戦だ。目的すらよくわからないまま、将軍たちによって俺は神輿に乗せられ、そして、結果としてエリザに勝るとも劣らない数の被害者を生み出した。
悪魔の子――今となっては、まさにな、と思う。悪魔の所業以外の何物でもない。
あの中で俺も本当は死ぬべきだったし、死ぬはずだった。しかし、ハイラッド公爵のおかげで、俺は生き延びてしまった。
「償い、なのかな」
思わずそう呟いた俺の肩に、タナさんは軽く頭を乗せた。
「あんたは、生かされたんだ。生きろと言われたんだ」
「罪人として、か」
「そうさ。だからこそ、アタシたちはエリザを討たなきゃならない」
タナさんは静かに言う。
「エリザが戦争を企むのならそうだろうさ。あんたの兄たちに王位継承権をちらつかせて、エリザ自身の力を見せつければ、そんなのは容易いことさね」
「もうすでに見せつけてる感はあるな」
疫病に飢饉――それだけでも十分だ。すでに何万と死んでいるし、人々は魔女狩りに熱狂した挙げ句に相互に疑心暗鬼になっている。まったく灰色の世界だ。
五十年前まではエリザが内戦を主導し、二十年前には俺が。そして次は再びエリザが――事を起こそうとしている。それを許すわけにはいかなかった。誰あろう、俺だからこそ、そう言える。
だが、俺にできることといえば――。
「パパ」
リヴィが目を開ける。
「ウチ、頑張るわ。頑張って、パパもママも、もちろんウェラも護ったるさかいな」
「無理するなとは言わない。だが――」
俺は答える。そして、幾分か力を込めて言い放つ。
「生きろ」――と。
リヴィは俺をその青い瞳で見つめ、頷く。
「ウチは、その言葉、恨まんで。縛られもせんよ。せやけど、生きる。パパがウチに生きろ言うたからやない。ウチが生きたいと思うたからや。何がいようが、何が起きようが、ウチは絶対に生きる」
「ウェラはおねえちゃんだから、しっかりリヴィを護るよ」
「おおきにな」
リヴィはウェラの頭をポンポンと叩く。ウェラは「幼女扱いするなー」とか喚いた。それを見て、俺とタナさんは思わず笑う。俺も少しは緊張していたのかもしれない。それが少し楽になった気がした。
どうしたら、俺はこの子たちを護れるのか。タナさんを護れるのか。
自分の身さえ護れないこの身で、何を言っているのか――俺の中の悪魔が嗤う。
「エリさん、一つ言わせてもらっていいかい?」
「ん?」
「あんたには、何の力もないさ」
刺さる。結構刺さる。いきなりそれを言われると――。
「だけどね、あんたにしかできないこともある」
「それは?」
「何回も言ってるだろ?」
「タナさんの力になる?」
「そうさ。それでいい。この物語、主人公は誰だったっけ?」
タナさんは微笑んでいた。俺は「やれやれ」と頭を掻いた。
「あんたがいなければ、この物語は成立しやしないんだ。そしてアタシはこの物語を楽しんでる。決して歌われることのない物語。如何にもアタシらにぴったりだろう?」
「でも、俺だって役に立ちたいのさ」
「今のあんたを、アタシは全面的に肯定するよ。たとえ剣を振るえもしない剣士だったとしても、過去に何を抱えていても――悪魔の子であるとしても、ね」
タナさんは言う。
「エリさんはね、ただアタシたちを信じてくれればいい。あんたが物語の主人公。だから、必ず、その時は来る」
「……ありがとうな、タナさん」
俺は役に立たない長剣を眺めながら、声を絞り出した。




