07-10. 震え
それから一週間、俺たちはひたすら西に向かって進み続けた。幸いにして街道は整備されていて、馬車から伝わる振動も、そこそこに良心的だった。タナさんの灸と湿布とマッサージの力で、腰痛もどうにかごまかせた。
途中途中、散発的な襲撃はあったものの、そのほとんどが六人もの王国騎士の姿を目にした瞬間に逃げ出した。王国騎士とはいえ一人ならまだ人海戦術でどうにかなったかも知れないが、国家有数の手練が六人、完璧な布陣で待ち構えているのだ。盗賊や傭兵が、仮に五十人いたとしても、圧倒的に不利なことは自明の理だった。
タナさんは王国騎士たち一人一人に、労いの言葉を忘れなかった。おかげで、王国騎士たちは今や完全にタナさんの味方だった。俺はといえば「腰痛の人」的な認識しかされていないに違いない。格好いい所一つもなしである。
俺の仕事はといえば、「よし、それでいこう」と言うことだけだった。基本的に王国騎士もタナさんも間違えないので、承認以外の選択肢がないのだ。これもまた、なんか居場所がない。
「あんたはリーダーなんだから、偉そうに突っ立てればいいのさ。偉そうにね」
タナさんは俺の左腕に右腕を絡めつつ言う。最近、タナさんはよく腕を組んでくれる。最初こそ、リヴィはいちいち「にひひっ」と笑っていたが、最近はすっかり慣れてしまったようだ。ウェラは「パパとママは仲良しさんだよねー」などと言っている。王国騎士たちは何も言わなかった。
「で、エリさん。こいつらどうするのさ」
「そうだなぁ」
久しぶりに頭を使う時間がやってきた。俺の目の前には武器を没収された男が三人。全員、王国騎士やリヴィたちにボコボコにされていて、見るも無残な姿だった。他にも十名以上いたのだが、そいつらは仲間を見捨てて逃げていった。王国騎士たちも俺の意を汲んで、また、ウェラやリヴィに配慮して、鞘あるいは素手で襲撃者を撃退していた。もっとも、この前のように魔導師のような連中が出てきたら、殺す気で戦わなければならなかっただろうが。
「ま、ほっとこう。仲間に合流するなりなんなりすればいい」
「パパ、こいつら、人を襲うのを生業にしてる奴らやで?」
リヴィが不満げに言う。そこでフォローに入ったのが、タガート隊長だ。
「こいつらの血は、俺たちの剣を汚すに足りるか、リヴィ」
「そないなこと言われると、うーん……」
リヴィは腕を組む。そこですかさずタガート隊長は言う。
「なら、リヴィ。お前が首を刎ねろ」
「ええっ!?」
リヴィが目を丸くする。日暮れの空の色が、リヴィの青い瞳に映って揺れている。俺の隣に立つタナさんの表情は、少し鋭い。ウェラはオロオロしていた。
「その躊躇いの気持ち、大事にしろ、リヴィ」
タガート隊長はそう言ってリヴィの頭に手を置いた。リヴィは何か言おうとしたが、言えずに終わったようだ。
「というわけで、エリさん」
タガート隊長は俺を振り返る。俺が頷くと、王国騎士たちが包囲を解く。が、そいつらは逃げなかった。一人が譫言のように言う。
「魔女を殺さないと、俺たちが殺される……!」
やっぱりね。
「魔女に死を!」
一人が立ち上がって、俺たち――正確にはタナさん――に向かって突っ込んでくる。しかし、それはリヴィが阻止した。鞘に収めたままの剣を、そいつの顔面にフルスイングしたのだ。
「これは痛い」
鼻血を噴出しながらもんどり打って転がっていくそいつに、少し同情する。その時、タナさんが鋭い声で警告を発した。
「エリさん、魔力だ! 全員、離れな!」
タガート隊長がリヴィを突き飛ばし、他の騎士がウェラをかばう。俺はタナさんに見事に足をかけられて引き倒されている。
直後、男たちが爆発した。言いようのないグロテスクな光景が広がったが、俺はウェラとリヴィには見せたくないな――くらいの感想しか持てなかった。
「まだ魔力は薄まってない! 本命くるよ!」
タナさんが伏せながら怒鳴った。空間の熱量が一気に高まる。
「なんだこれ!」
「口開けて耳塞いで目を閉じな!」
タナさんが一息で指示を出した。騎士たちの方をうかがう余力はない。俺は黙ってタナさんの指示に従った。
直後、猛烈な爆発が俺たちを襲った。前後左右上下からの叩きつけるような爆炎だ。温度も非常に高い。爆音に耳をやられ、衝撃に体幹をやられ、閃光に目をやられた。
爆発自体は一瞬だったが、しばらく俺たちは起き上がれなかった。王国騎士たちも然り。
「ひどい不意討ちだよ、まったく」
その中でも最初に起き上がったタナさんが吐き捨てた。俺もタナさんの手を借りて立ち上がり、周囲の状況を確認する。王国騎士たちはマントがボロボロになっていたが、全員が全身甲冑を着ていたこともあって無事な様子だった。リヴィやウェラも、彼らにかばわれたおかげで、若干煤けている以外には問題はなさそうだった。
「危ない所でした」
タガート隊長がタナさんに礼を言いに来る。
「なに、アタシにはこのくらいしかできないからねぇ。それよりあんたたちは大丈夫なのかい?」
「マントと甲冑、少し修繕が必要ですな」
そう言って白い歯を見せて笑うタガート隊長である。つくづく頼れる男だ。
「もっとも、このくらいやられていた方が、今後色々と都合が良い。それに、修繕費は王家持ちですからな」
王国騎士たちは後方に待機させていたそれぞれの馬に跨る。馬たちは爆発に驚きはしたものの、特に被害は出ていなかった。俺たちはいつもどおり馬車に乗り込んだ。御者も馬車に隠れていて無事だった。
俺は隣に座っているタナさんにぶちぶちと言う。
「ごろつきをけしかけたと思ったら、そいつらを吹き飛ばすとか、いったいどういう神経してるんだ」
「最初からああやるのが目的だったのさ。エリザは生前から人の命をなんとも思っちゃいなかったみたいだしねぇ」
タナさんは未だ呆然としているウェラとリヴィを見遣りながら答えた。
「リヴィ、あんた真っ青だよ」
「ウチ、怖くなってきてしもた。人間をあんな簡単に殺せる奴がエリザってことやん?」
「そうだな」
俺が先に頷いた。
「あ、で、でも、逃げたいとか、そういうんとはちゃうで? けどな、今までなんとなく持ってたモヤモヤしたもんがな、こう、今ので一気に恐怖ってものに変わって、それで――」
「怖いってのは悪いことじゃないぞ、リヴィ。問題は、その怖さを飼いならせるかどうか、だ」
「怖さを飼いならす?」
「そうだ。俺だって、タガート隊長だって、他の王国騎士もな、今だって正直怖いんだよ。何が来るか、何が起きるかわからない。誰かが死ぬかもしれない。誰も守れないかもしれない。そういう不安や恐怖を持ちながら、それと上手いこと向き合って前に進んでいるんだ」
「パパも怖いの?」
ウェラが少しぼんやりとした表情で訊いてくる。
「そりゃね。エリザってやつがどんだけこの世に執着してるのか知らないが、とんでもない化け物なのは間違いないだろ。クァドラやドミニア以上に。だから、怖い。というより、タナさんやウェラたちが傷つくんじゃないか、もしかしたら死んでしまうんじゃないか――そういう不安はすごく大きいんだよ、ウェラ」
「ウェラは誰も傷付いてほしくないよ」
「みんなそう思ってる。なぜなら、みんな大切な何かを抱えているからだよ」
俺の言葉に、ウェラは頷いた。リヴィはガナートの剣を少し抜いた。刀身に自分の顔を映しているのだろう。
「ウチ、恐怖で役に立たんようになってまうかもしれん」
リヴィはぼそぼそとそう言った。




