07-04. 勇者
眠気に抗う俺の前に、兜を脱いだタガート隊長が座る。金属の甲冑を着ているのに、音もなく、だ。どういう技術なのか皆目見当もつかない。
「あんたがベレム砦とかいうから、思い出してしまって眠れない」
「それは失礼しました。しかし――」
「俺の騎士団は将軍以下二万人が文字通り全滅。王国軍もその倍近い被害があったと聞いている」
「まさに地獄絵図でしたな。戦いを指揮していたハイラッド公爵すら討ち死に。攻め入ってきたたった一人の少年によってね」
「ああ」
その少年というのは――俺だ。王国を離反したはずの将軍たちに梯子を外され、俺たちはベレム砦で孤立無援となったのだ。地獄のような正面決戦に引きずり出された俺は、半ば以上自棄になって単騎夜襲をかけた。
「私はハイラッド公爵の直率兵でありながら、公爵を守れなかった。あの悪魔のような少年騎士を前に、剣すら抜けなかった」
「悪魔、か」
俺は首を振る。
「敵討ちを?」
「それは私の正義ではない」
「主君の敵討ちは正義では?」
「昔の話です」
タガートはわざとらしく肩を竦めた。
「それに今の私の主は国王陛下ですよ、殿下」
「ならばなお、俺のことは」
「まさか。血のエライアソンが生きているはずがありますまい」
「しかし」
「ハイラッド公爵は、あの血のエライアソンと刺し違えられたのですよ、エリさん」
公爵の名誉――それが俺を護っているのか。
「あんたは、それでいいのか?」
「公爵閣下の遺言を聞いたのは私ですよ、エリさん。閣下は、あの若者にチャンスをやれ、とおっしゃいましたな。そして私の名誉のために、私は悪魔を討ち果たしたことにせよ、と」
「そんなことが……」
急速に喉が渇いてくる。道理で消息不明の噂と、討伐されたという記録とが混在しているわけだ。俺に対する追手が一つもかかっていなかったことも、そういう事情なら頷ける。当時の王国で二番目の権威を誇ったハイラッド公爵がそうしろというのなら、誰もが従う他にない。
「いずれにせよ、過去の話です。私もあの後、あなたがたった一人で生き延びられるとは思っておりませんでした。もしその腰が無事だったら、手合わせ願ったかもしれませんがね」
「たとえ腰が無事でも、王国騎士には勝てやしないよ」
俺はあっさりと白旗を上げる。勝負するだけ時間の無駄だ。タガート隊長は笑う。
「しかし、負けもしないでしょう? あなたと私では背負ってるものが違いすぎる。ウェラやリヴィ、そしてタナさん」
「タナさんたちが俺を背負ってくれてるんだよ」
「ははは! 物理的にはそうでしょうな!」
「うん……」
否定できない。唸る俺に、タガート隊長は朗々と言った。
「リヴィたちから伸びる糸は、全てあなたに結びついている。だからこそ、皆が皆、安心して動き回れる」
「それはなにかい、俺は目印みたいなものだと?」
「タナさんたちにとっては、灯台なんですよ、あなたは」
「そんな大層なものかなぁ?」
「我々もまだ付き合いは浅いですが、リヴィやウェラを見ていればわかります。子どもは素直ですな」
「あの子たちはとびっきりな」
くっついて眠っている二人の娘を見ながら言う。タガート隊長の表情も柔らかい。もしかしたら子どもがいたりするのだろうか。
「父親冥利ですなぁ」
「それは否定しない」
俺は残っていた干し肉を軽く炙って口に入れた。
「エリザ、か」
「女公爵エリザ・レヴァティン。なかなかの魔女でしょうなぁ」
まるで他人事のように言うタガート隊長。この男は動揺なんてするのだろうか。
「怖くはないのか?」
「怖いですよ?」
即答である。それには俺が面食らった。
「天下の王国騎士が?」
「立場上、怖いなんて言えませんけどね。ですが、それが我々の偽らざる気持ちです」
「そうなのか」
「我々とて人間です。ティナ、ジョルジオのように、身分差を乗り越えて十年越しの交際で結婚に漕ぎ着けた者もいれば、私のように先々月子どもが生まれたような者もいる。そんな立場で、命を賭けた戦いに赴く。怖くないはずがありますか」
「……そうだな」
「背負うものが多くなればなるほど、死ぬのが怖くなる。愛する者ができてしまうと、人はどんどん臆病になる」
タガート隊長の口調は少し重たい。
「我々王国騎士は、それらを、そして国家の安寧を背負っているからこそ、強くあれる。ですが、これはあなた方も同じでしょう。剣の腕が即ち強さではないのですよ」
「はは」
思わず笑いが漏れる。
「あれだけこの手で殺してきた俺が、いまさらねぇ」
「過去は変えられませんよ、殿下。あなたの起こした戦のために苦しんだ国民とて数十万ではききますまい。家族を失った者も大勢いる。それは事実ですよ。変えられません」
「わかってる」
「だからこそ、エリザ女公爵を止めようというのでしょう?」
「贖罪のつもりなんかじゃない」
「ええ」
曖昧な相槌。タガート隊長の浅黒い肌に刻まれる影が深い。
「俺は、これから生まれる被害者を減らしたい。こんな過去を持つ男がそんな事を言うのは……傲慢だろうか」
「いいえ」
タガート隊長はゆっくり、音もなく立ち上がる。
「少なくとも私には、あなたは勇者に見えますよ」
「勇者……か」
俺は小さくなってきた焚き火に視線を戻して、呟いた。




